2024年6月 8日 (土)

本369…かすかな棘

かすかな棘…レイ・ブラッドベリ著

何の変哲もない五月の夕暮れ、すぐに29歳になる新婚のジョナサン・ヒューズは、通勤電車の中で別の時から来た運命と出逢う。年輩の男が持っていた新聞は18年後の物でそこにあった小さな記事…主婦が銃殺され、姿を消した夫を手配…動揺するヒューズに、年輩の男が何かを押し付け次の車両へ。ヒューズの名刺だった。あの男は自分?! 男を追いかけ再び顔を合わせると、泣きながら男が語る。仕事(会計士)が段々順調に行かなくなり、子供が生まれるがすぐ死ぬ、愛人ができて別れる、妻が思っていた程ではなくなり疎ましくなってくる、そして…昨日彼女を殺し逃げていると。どこでどう狂っていったのか今の内に直してちゃんとした人生をと。

最寄り駅で二人はぎこちなく降り、ヒューズの妻の迎え車で家に。夕食が済み、愛らしい妻はハミングしながら洗い物。彼女を憎むようになるって? いつか殺すって? 男が帰る時間となり玄関先まで見送ると、まだ自分が信用できないからと新聞紙に包んだ物をヒューズに渡し、男は夜風の中に消えて行く。妻が客間の入り口から声を掛ける「そんなとこに立っていて、風を入れないで」。包みを開くと小さなリボルバーが。「ドアを閉めて」。彼の顔は冷たくなり、目を閉じた。彼女の声。あの声には、ほんのかすかながら、棘が感じられなかったか。ゆっくりと向きを変えたが、バランスを崩し、肩がドアをかすった次の瞬間、風に押され、ドアは鼻先で激しく閉まった。バーン!

 

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2024年5月26日 (日)

本368…生涯に一度の夜

生涯に一度の夜…レイ・ブラッドベリ著

春の夜の散歩。周りの物音や景色から切り離された様な丘。腰を下ろして星を見上げる。

人生には一夜だけ思い出に永遠に残る様な夜がある筈…天気・光・月・時刻等の条件、夜の丘と暖かい草、列車や町との距離のバランスの取れた瞬間に現れる夜。

現代的な妻と離婚したトマスは、仕事で車を使いニューヨークに向かうが、何もかも、誰もからも数千マイル離れて、それは過去からの逃避行…

途中で車を降りたトマスは草原で一人の若い女性と巡り会うが、二人で無言のまま丘を登り夢か現かの一夜を過ごす。二人は眠り、月は傾き、朝が来た。ここが丘から丘へと続き、越えても越えても決して街へ行き着かない世界でなくて残念。

車に戻ったトマスは振り返らずに車上の人となる。

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2024年5月12日 (日)

本367…二十四羽の黒ツグミ

二十四羽の黒ツグミ…アガサ・クリスティー著

或るレストランでポワロは友人と食事し、常連客の老人ガスコインの話に興味を持つ。老人は決まって水曜と土曜に現れ同じメニューを注文するが、前週は月曜日に来て嫌いな筈のメニュー(黒ツグミのパイ)を食し、帰宅後階段から転げ落ち首を折って死亡。老人のポケットにはその16日夜9時半に受け取った手紙が。

ポワロが調査を始めると、数日前に老人の双子の兄弟も死亡していた。ガスコイン事件の容疑者は、画家であった老人のモデル、その画商、双子の兄弟、劇場支配人の老人の甥。モデルと画商にはアリバイがあり、兄弟はその前に死亡、甥もその死亡時間は劇場に。

黒ツグミを食べると歯が黒く着色するのだが、老人の歯は染まっていなかった。手紙の宛て名はタイプライター(甥の物)で打たれたもので、日付が変更(15日→16日)されていた。甥は変装も怠りなく演じたのだが、単純に自分の好きなメニューで食事をしてしまったのだ。

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2024年4月15日 (月)

映画171…暗殺の森

暗殺の森…1970年(伊)

原作 A・モラヴィア「孤独な青年」、監督 ベルナルド・ベルトルッチ、出演 ジャン₌ルイ・トランティニャン、ドミニク・サンダ、ステファニア・サンドレッリ…

マルチェロ(トランティニャン)には、13歳の時男色家のリーノに弄ばれ、彼の銃で射殺したトラウマがある。父は精神病院に居り、母は情人に麻薬漬けでいい様にされていた。

哲学講師マルチェロは、全盲でファシズムに傾倒する友人イタロに組織への伝手を頼む。ファシストになったのも、中流で俗物のジュリア(サンドレッリ)と結婚するのも、「普通」になりたい為。組織の暗殺者マンガニェロに母の情人を殺させ、ジュリアとパリに新婚旅行。ジュリアは15歳から親の友人と6年も関係を持っていたと告白するが、マルチェロは動じない。組織から嘗ての恩師クアドリを抹殺する事になったと銃を渡される。クアドリ宅を訪れ、若い妻アンナ(サンダ)に出会い互いに惹かれる。クアドリにファシストになったと告げるが、クアドリは彼が主義・思想を持っていないことを見抜く。

クアドリが別荘に行くことになり、アンナは遅れて行く筈が一緒だった。森の中でクアドリは複数人に刺殺され、アンナは銃殺される。マンガニェロは、土壇場で救いを求めてきたアンナを恐怖で動けず見殺しにしたマルチェロに失望する。

ムッソリーニが退陣した数年後、イタロと歩いていた路地裏で少年を口説いているリーノを見つけ、リーノとイタロを指差しファシストだと叫ぶ。リーノは逃げ、イタロは群衆に飲まれていく。一人になったマルチェロは、裸の少年の傍に座り彼をじっと見詰める。

映像が美しいと評判の作品。

 

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2024年3月20日 (水)

本366…ルークラフト氏の事件

ルークラフト氏の事件…W・ベサント&J・ライス著

ルークラフトは貧しく、数々の仕事を渡り歩き、やがて旅回りの一座に加わる(大食漢で食事に不自由がなかった)。座長の娘と恋仲になるが、座長に金を作って戻って来いと放り出される。

ロンドンでどうあがいても役者の仕事に就けず飢え死にしそうな頃、老紳士に拾われ屋敷で多くの能書き後晩餐にありつく。老人はルークラフトの旺盛な食べっぷりに感嘆し、彼の食欲を買うと言い契約させる。その日からルークラフトは食事をしても味が判らなくなり、老人が多量の食事と飲酒をするに合わせ、吐きそうな満腹感と泥酔に因るやらかしに悩まされる。食味だけでなく、色や物の美しさも識別出来なくなり、同情する能力さえ失い、悲惨で絶望的な毎日に次第に体は衰弱し、死までも遠からず(老人にとって何人もの前任者がいた)。1度は一座に帰り演じるも、してもいない泥酔の失敗で屈辱感と共にロンドンに戻り再び引き籠る。4か月が経ち、ある朝起きると、幻覚妄想状態が無く気分が落ち着いて食事が出来そうな自分に気付く…老人が突然死(脳卒中)したのだ。ルークラフトは食欲を買った老人の鯨飲馬食の苦しみを、一種の精神的感応によって引き受けさせられたのだった…50年前の話で、心身共に復活出来たルークラフトは、あれ以後座長の娘と添い遂げる。

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2024年2月23日 (金)

本365…いともありふれた殺人

いともありふれた殺人…P・D・ジェイムズ著

古いアパートの鍵を不動産屋から借りる初老の男ゲイブリエル。16年前のあの時の部屋。

ゲイブリエルは、34歳の人妻と19歳の少年の逢引きを毎週夜向かいのビル(勤める会社)から覗き見していた。7週間後、女は殺され少年が捕まるが、ゲイブリエルは彼が訪ねて来た時部屋に入れず帰った事で、少年の無実を知っていた。必要となったら少年の為に出頭しようとし裁判も追うが、自分が毎週夜に会社に内緒で上司のポルノを読み耽っていた後ろめたさと保身の為最後まで名乗り出ず、少年は死刑に。

あの夜…胸を高鳴らせつつ、少年の合図のノックをしてゲイブリエルは女の部屋に入り込み、素早く千枚通しを彼女の喉に。その後レイプ…

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2024年2月 9日 (金)

本364…胸像たちの晩餐

胸像たちの晩餐…ガストン・ルルー著

いつもの席で船乗り達が奇談怪談をしあうが、老錬の船長ミシェルがやっと重い腰を上げ自分が片腕になったおぞましい経緯を話し始める。

別荘に滞在していたミシェルは、或る空き家の筈の隣家でパーティーの様なものが行われていることに気付く。騒がしいのに妙な機械音のみで客達の姿は見えず、1人の美女に気を引かれるが、次に見かけたのは1年後だった。そこの主人がかつての友人ジェラール大佐と知り、訪ねようとするが美しい夫人に追い返される。その夜ミシェルは強引にパーティーに押し掛け…

客船の難破で12人の男(1人は医者)と1人の美女が止む無く筏生活を始めるが、1週間後には皆餓死寸前となり、了解のもと次々に片腕片足と…

四肢の無いいざり達。彼等は漂流中に食した味が忘れられず、生還後も1年に1度可能な限りに晩餐会を開いていたのだ。

パーティーの夜、ミシェルは彼らに襲われ、クロロフォルムを嗅がされ片腕を…

 

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2024年1月21日 (日)

本363…特別料理

特別料理…スタンリイ・エリン著

コステインは上司ラフラーに味が判ると見込まれ、隠れ家的レストランのスビローズへ伴われる。客は常連のみでほぼ会員制。メニューは無く皆同一の日替わりメニューを食する。どれも味は絶品だが、皆不定期に出される「特別料理」目当てで通う。

或る日待ちに待った「特別料理」が提供され、アミルスタン羊を食材にしたもので、えも言われぬ極上の味を堪能。その一方で、その日10年もの常連の姿が無く残念だろうにと思いやる。美食に因り2人共少しずつ肉が付き始める。

店のウェイターが暴漢に絡まれていたところを2人が助けたことで、ウェイターからシェフに招かれても絶対厨房に入らぬよう忠告される。上司がずっと店の厨房見学を希望して断られ続けていたものだが、或る時、シェフの許しが出て我慢できず上司が厨房へ…

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2024年1月 5日 (金)

本362…まだすべてを忘れたわけではない

まだすべてを忘れたわけではない…W・ウォーカー著

コネチカット州の小さな町。あるパーティーで酒に酔った15歳のジェニーが森の中でレイプされ、トラウマに悩む事を恐れた母親が事件直後に記憶消去の最新治療を受けさせる。それは同時に犯人に繋がる記憶をも消し去った。その後ジェニーが自殺を図ったことで、町の精神科医アランが改めて記憶の痕跡を辿ると、閉鎖的な町と家族の深層、事件の真相が顕れてくる。

親の影響で自己肯定感が低く妻に頭が上がらぬジェニーの父親トム、養父と関係を持つ過去が有りトムの上司ボブと奔放な不倫を続ける母シャーロット。同じパーティーでドラッグを買おうとし、あわや疑われる立場になったアランの息子ジェイソン。息子を守ろうと知り得た情報で駆け引きをするアラン。彼の元患者で唯一救えなかった境界性パーソナリティー障害のグレンが今回の犯人。

グレンは人の話を引き出す事に長けており、過去にアランも自身のトラウマ(小柄だった12歳の時に、17歳の少年にレイプされ背中に消えないひっかき傷を印されたが、親にレイプを隠されトラウマとなる)を漏らしてしまっていた。グレンはその後もアランに執着し続けたが、代わりにジェイソンに狙いを付けた事(アランの事件をなぞったものだが、行き違いでジェニーを襲う)に気付いたアランは、グレンを訪れ自殺に追い込む…アランの事件とジェニーのとでは性別も年齢も違い、自分を取り込もうとした試みに永遠に失敗したのだと。

ジェニーは記憶を取り戻し、両親もそれぞれの傷と向き合う。

 

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2023年12月 9日 (土)

本361…オリジナル・サイコ

オリジナル・サイコ…ハロルド・シェクター著

R・ブロックの原作をヒッチコックが映画化した「サイコ」、「羊たちの沈黙」、「悪魔のいけにえ」等に影響を与えた事件で、心理ノンフィクション。

1957年、ウィスコンシン州プレインフィールドに住んでいた独身のおとなしい小男、エド・ゲインの犯罪。中年婦人の惨殺、死体の解体、墓荒らし、ネクロフィリア、カニバリズム(本人否定)。

母への愛と憎しみ…有能な(?)彼女を敬う事のみ教育され、母の死まで女性との接触の仕方を知らず、その死後ひたすら孤独に陥ったゲインの妄執は、母親を誘拐し損壊し殺すことだった。

捕らわれてからずっと州立の精神病院で過ごし、幾多の鑑定を経るも外に出る事は無かった。

1984年、癌で他界。78歳。

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