2025年6月 8日 (日)

本383…技巧的生活

技巧的生活…吉行淳之介著

毎日一緒に暮らしている女房の心理、絶えず知ろうと努めている恋人の心理さえ、本当に解ることが無い。相手の心理が解ったと言うのは幸福な妄想である。その了解不能の壁の存在を、そして孤独な人間の内部を描く事で、真実に迫れるとする。

男を商品として、無機物の如く見ようとする酒場の女性の、極めて技巧的な生活と意識が描かれる。プロローグの青年と少女の霧の中の恋愛の情景…甘い夢は砕かれ、御伽噺の少女は女になる。それでも、技巧的・不自然な人工的生活をする酒場の女達も、その嘘の上に夢や執念を持っている。

主人公の少女の恋が破れ、手遅れで無理な堕胎をしたトラウマに因る妊娠恐怖と性への嫌悪があり想像妊娠に陥る。それが、彼女をして拒否的な技巧生活を取らしめる。

現代人は他者との了解不能の中に孤独に生きるしかなく、それがそのまま一般の疎外の姿である。自分を守り、生きて行くためには技巧的に暮らす以外にない、と。

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2025年5月 4日 (日)

映画176…執炎

執炎…1964(日)

原作・加茂菖子、監督・藤原惟繕、出演・浅丘ルリ子、伊丹十三…

日本海の山陰の浜辺で一人の女が命を絶った…その七回忌から始まる。

浜の男である拓治(伊丹)がきよの(浅丘)に初めて会ったのは、彼等が13歳と11歳。拓治が水産学校を卒業し、再会したのが20歳と18歳。きよのは山の一角にある平家集落の娘だった。拓治が3年の兵役を終え、二人は因習を超えて結婚。そして拓治に赤紙が届き、戦争で生活が中断したり、彼の佐世保での傷病(右足損傷)生活、その後、二人きりで村外れの山小屋に暮らし、きよのが献身的に尽くして、やがて回復していく。束の間の平和な日々…

きよのの親友である泰子の夫の戦死に因り、きよのの拓治への独占欲が激しくなる。そして、拓治が再招集され、愛蔵の能面を着けて舞うきよのの姿は執念の叫びであった。きよのは凍てつく道にお百度を踏むが、思い詰めた疲労が重なり、倒れて昏睡するようになる。

終戦の年の6月、拓治は南の海で散華。暫くして目覚めたきよのは、仏壇の写真と遺骨を見て悟り、夜をあてどなく彷徨う。その後、黒髪を切り仏壇に供え…拓治の命を奪った海に、静かに身を沈める…

…愛に生き愛に死んだ一人の女を通し、人間の精神の美しさを表したとされる文芸作。

 

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2025年4月 6日 (日)

映画175…ヒドゥン・チャイルド

ヒドゥン・チャイルド…2013(スウェーデン・ドイツ)

監督・ペール・ハネフィヨルド、出演・クラウディア・ガリ、リチャード・ウルフセーテル…

作家エリカは出産し、見舞いに来た両親が帰り道に事故死。両親の自宅を整理中、異父兄だという男が現れる。フランス(過激派リーダーで服役中)から母親を知ったと。突然でエリカは追い返すが、男はホテルで殺害される。血液検査で兄妹と判明。男は元海兵隊員で身内はおらず天涯孤独だった。

母の遺品から日記やアルバム、ナチスの鉄十字勲章が見つかり、何故か娘達と親しまなかった母の過去を調べ始める。戦時中の母を知る人物達を特定していく。メダルの鑑定を頼んだ男の家に、フランスの孫が物取りに押し入るが男は死んでいて彼が逮捕され、その後逃亡。

戦時中…ノルウェーのハンスという男が母達の村に来て、母と愛し合い彼女は妊娠する。母達の仲間の一人アクセルが戦地から帰郷。アクセルは収容所に囚われ、ハンスは看守だった。アクセルはハンスが祖国の裏切り者でナチスに協力していたと、残虐な男だと仲間に言い、嫉妬もあって森でハンスを一方的に殺す。皆に口止めし、母にはハンスが彼女を捨てて逃げたと告げる。母は出産後、ドイツの穢れた血が混じっているとされ我が子と引き離された。

…収容所で拷問に耐えきれず、祖国を裏切り密告者になったのはアクセルだった。収容所でのアクセルの秘密をハンスは知っていた。仲間を次々に殺したのは、皆が少しづつ口を割り始めたから。メダルはアクセルの物だったが、ハンスが用心に持っていたものだった。アクセルを訪れたエリカは真相に気付き、アクセルに殺されそうになるが、彼は通報で駆け付けた警察に逮捕される。両親の事故死も仕掛けられたもの。

 

 

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2025年3月17日 (月)

本382…ローマ劇場毒殺事件

ローマ劇場毒殺事件…エラリー・クイーン著

観劇中の衆人環視の前で、男(フィールド)が毒殺される。ローマ帽が失くなっていた。毒物は四エチール鉛(ガソリンを精製する)。彼は悪徳弁護士な上、ギャンブル等のため裏で恐喝をしていた。

共同経営の弁護士だった実直なモーガンが疑われる。モーガンには過去に愛する恋人がいたが結婚できず、今も恋人とその子供に対し秘密裏に援助していた。フィールドの執事と言うか手下のマイクルズは前科があり、それをネタにいい様に使われていた。

ローマ帽は、強請のタネの書類は何処に。心証や状況では犯人を割り出されているのだが、証拠不足で事件が停滞する。そんな折、エラリーは以前から決まっていた旅行に出る。息子不在で寂しがる父リチャードに、旅先のエラリーからの電報が届く。それは一つの暗示であった。何故少し揺さ振って(強請って)みないのか、と。

リチャードはマイクルズの手紙(新たな脅迫文を書かせたもの)を使って、ある男を誘き出す。同じように毒殺しようとするのでは? 強請のタネの書類に近付くのでは? 現れたのは主演俳優の男バリー。ひた隠しにしていたが、彼にはニグロの血が混じっていたのだ。社交界の花と結婚するには不都合な真実だった…

クイーンデビュー作で、国名シリーズの最初の作品。

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2025年3月 6日 (木)

映画174…シェルター 狂気の秘密

シェルター 狂気の秘密(2008・カナダ)

監督・メラニー・オア、出演・キャスリン・クインラン(ビー)、ハンナ・ロックナー(ビクトリア)、イングリッド・カヴェラルス(ダーリーン)

顔に痣のある女ダーリーンと娘ビクトリアが、田舎町のシェルターに辿り着く。そこは虐待を受けた女性達を匿う施設。一戸建ての農場で一人暮らしの中年女性ビーは、二人を優しく迎える。「理由は聞かない、いつ出て行くかも自由。但し、滞在費は要らないが作業を手伝う事、依存性のある薬物や酒・煙草は禁止。納屋には近づくな」と。

過ごす内、奇妙に感じたダーリーンは納屋へ。そこには多数のカバンが有り、その奥にマディという女が拘束されていた。マディはビーは異常だから逃げるようにと言う。酒と煙草を見つかったダーリーンは、ビーに叩かれ部屋に閉じ込められる。弱く、酒に逃げる様なダメな母親。それを知ったビクトリアはナイフを枕の下に。ダーリーンが助けを求めようと農場を出て走り出すと、追って来たビーの車に撥ねられマディと入れ替えに納屋に監禁される。ビーはビクトリアに母親は逃げたと告げる。

マディの夫が侵入し、ビーはショットガンで撃ち殺し、男の斧がビーの太ももに。ビーを助けに来ないビクトリア。言う事を聞かないのは母親が生きているからと納屋に殺しに行き、斧を振り上げた時、ビクトリアが隠し持っていたナイフでビーの背中を刺す。「ママの言うことを聞いて良い事なんてなかった」と拘束された母をそのままに、農場のヤギを開放し、出て行く。

母娘が逃げて来たのは…母親に暴力を振るい続ける父親を、ビクトリアが背中からナイフで刺し殺したから。二度目には抵抗が無かった…

 

 

 

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2025年2月24日 (月)

映画173…ある殺人事件 10年前の真実

ある殺人事件 10年前の真実…2016(米)

監督・ケビン・ストックリン、出演・トム・マッケイ、ソニア・ハルム、マギー・ゲハ

廃墟になっていた古い食肉加工工場に世間を離れて住む修理工ミラー(マッケイ)は、10年前に殺されたゲイル(ゲハ)への想いを秘めて暮らす。その過去の事件を追うゲイルの娘ルース(ハルム)。

ミラーは父親に殴られて育った。ゲイルは南部の田舎町で14歳でルースを生むが、母親に娘と引き離され追い出される。その後、農場主の男ユライアと結婚。

ルースが訪ねて来、始めは拒絶するも少しづつ話し出すミラー。ミラーは流れ者でその農場で働き出し、ゲイルと愛し合い二人で出奔しようとするが、ゲイルが妊娠し一緒に行けないと。ユライアは独占欲の強い暴力的な男で、嫉妬で妻に暴力を振るい、猟銃自殺する前に妻の首を折ったと。

母親の死の状況が見えてきた時、ユライアの姉から連絡があり会いに行くルース。ミラーの説明とは全く違った経緯を聞かされる。ミラーを問い詰めると…妊娠は夫の子で一緒に行けないと言われ、逆上して殴ってしまったが倒れて打ち所が悪く死んでしまった。夫のせいにしようと後ろから殴りその自殺を偽装…

追い詰められ狂気に陥ったミラーは、ゲイルと混同しルースを殺そうとするが反撃してルースは逃れる。

普段は物静かで穏やかだが、それは抑えられたもので…暴力の連鎖。

 

 

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2025年2月 6日 (木)

本381…ニッポン樫鳥の謎

ニッポン樫鳥の謎…エラリー・クイーン著

マンハッタンの一隅に閑雅な日本庭園。そこに棲む一羽の樫鳥。東京帝国大教授の娘である女流作家カーレンの死。カーレンとマクルアは婚約中だった。ノーベル賞受賞の癌研究者マクルア博士とエラリーの頭脳比べは…

事件は密室状態で起こり、マクルアの養女エヴァが隣室の居間に居てカーレンの死の前後は誰も通らなかったと。マクルアはヨーロッパを旅していた。エヴァがカーレンの死に動転し凶器の壊れた鋏(装飾が施されたもの)の片刃に触れた時、私立探偵のテリーが現れ、エヴァの窮状を見て取り屋根裏への扉の閂を開けてしまう。

殺人事件とされ捜査が進められるが、エヴァの婚約者スコット医師や帰ってきたマクルアも不安でならない。秘められた過去や発端の謎を紐解いていくエラリー。エヴァが犯人として逮捕されようという時、エラリーが自殺だとする。凶器の片刃は何処に?

カーレンにはエスターという姉がいて、彼女は死んだものとし屋根裏に閉じ込めその作品を我が物として発表していた。日本にいた頃、マクルアの弟フロイドと結婚していたエスターは夫の事故死に心を病み、娘のエヴァをマクルアの養女に。カーレンもフロイドを愛し、マクルアはエスターを愛していた。カーレンはフロイドの死の責任がエスターにあるとし、エヴァに告げる等脅していた。エスターは屋根裏を逃げ出し、カーレンの死の二日前にあばら家で自殺。

事件は自殺として解決。エラリーはマクルアに問う…マクルアは経緯に気付き、癌ではと疑うカーレンにそれを否定せず彼女を置き去りにして旅に出、自殺を待っていたのだ。不明の片刃は樫鳥が持ち去り雨樋に。

 

 

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2025年1月15日 (水)

本380…中途の家

中途の家…エラリー・クイーン著

ニューヨークとフィラデルフィアの中間にあるトレントンのあばら家で、正体不明の男が殺される。その男は、いったい何処の誰として殺されたのか。若く美しいトレントンの人妻(ルシー・ウィルスン)と、夫より10歳も年上のニューヨークの人妻(ジェシカ・ボーデン・ギンバル)。「中途の家」と中途半端な被害者の生活から、一人であって二人の被害者という異常な設定。

被害者ジョジフは没落した家に生まれ、ウィルスンとしてルシーと結婚し、その後母親に押し切られ富豪のジェシカと結婚。富豪に言われ高額な生命保険に加入するが、二重生活に倦み、保険会社の重役でボーデン家と懇意なフィンチに依頼し、保険の受取人をジェシカからルシーに変更。ジョジフは二重生活を解消すべく、ルシーの兄ビル・エンゼル(弁護士)とジェシカの連れ子・アンドリアに中途の家(ここで入れ替わっていた)で会い打ち明ける事にしたが、その寸前に殺害される。

兄の弁護空しく、状況証拠のみだが敏腕検事ポリンジャーに因ってルシーは有罪に。ビルの友人であるエラリーが謎を解いていく。ジェシカの最初の結婚前から彼女に好意を抱き、ジョジフとルシーに報復しようとしたのが、唯一保険受取人の変更を知っていたフィンチであった。

 

 

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2024年12月24日 (火)

本379…ギリシャ棺謀殺事件

ギリシャ棺謀殺事件…エラリー・クイーン著

屋敷内の墓地で行われた富豪の美術商ハルキスの葬儀から一歩先に邸内に戻った弁護士ウッドラフは、ハルキスの寝室の金庫内に保管してあった新しい遺言書が手提げ金庫もろとも紛失しているのに度を失う。エラリーは、遺言書は棺の中にしか在り得ないと推論し、棺を掘り出すが、そこには第二の死体(前科者グリムショー)も。

ヴィクトリア美術館で盗難(グリムショーに因る)にあった絵画(ダ・ヴィンチの未発表作)を、ハルキスが買い、その後遺言執行者の金融王ノックスの手に。ハルキスの妹の夫であるハルキス画廊の支配人スローン…スローンがグリムショーの兄であるとの密告後の死は拳銃自殺とされたが、偽装された他殺だった。

青年の客気に因ってエラリーの推理と分析に焦りが生じ、失敗を重ね解決に至るまで二転三転するが、犯人の仕掛けた偽手掛かりに翻弄されながら、最後は心理的・論理的に罠に追い込んで行く。

犯人は一緒に捜査に当たっていた検事補のペッパー。5年前にグリムショーの弁護をし、服役のため金を未収である絵画を見張るようグリムショーから依頼されていた。その相棒を殺し、大金を手に入れ模作との二枚の絵を我が物にするため次々と…

エラリーがノックスを逮捕させたり、証拠が無いため二枚の絵を所持したペッパーを現行犯で逮捕しようとするが、ペッパーに撃たれ(肩を負傷)、ペッパーは捜査員が射殺。

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2024年12月 8日 (日)

本378…Yの悲劇

Yの悲劇…エラリー・クイーン著

行方不明の科学者ヨーク・ハッターの死体が、NYの湾口に掲がる。死因は溺死ではなく毒物死で、その後、病毒遺伝の一族の間に、目を覆う惨劇が繰り返される。警部サムと検事ブルーノ、そして探偵ドルリー・レーンの捜査。

メアリーは先夫を亡くし、聾唖で盲目の娘ルイザを抱え、ヨークと結婚。娘バーバラは詩人、息子コンラッドはアル中(妻はマーサ、13歳の長男はジャッキー)、末娘ジルは奔放。ヨークは病(メアリーの病毒で、先夫もそれで死亡)と妻の虐げに因る自殺だった。ルイザの毒殺未遂事件が起き、その後、メアリーがマンドリンで殴られそのショックで死亡。波乱を生む遺言。狂気と狂暴、家庭医メリアムは一家の何十年に及ぶ病録を所持。

捜査が混沌とする中、毒物はヨークの実験室から持ち出され、ヨークが探偵小説を書こうとしていた事から、暖炉で原稿らしきものをレーンが発見。その筋書き通りに事は運んでいた。実験室の火事の後、別の毒物(原稿と共に隠してあった)をレーンがミルクとすり替える。毒入りの飲み物を飲んだ筈のルイザが死なず、その辺りから筋書きから外れ暴走し始め、再度毒物を手に入れる犯人。常軌を逸した病毒の遺伝と、幼さに因る辻褄の合わなさ、一時は捜査を打ち切りにしたレーン…

その後、ある夕食時、ミルク(手違い?)を飲んだジャッキー死亡…

 

 

 

 

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