2018年5月24日 (木)

本323・・八甲田山死の彷徨

八甲田山死の彷徨・・新田次郎著

2l明治三十五年。日露開戦への風雲が切迫。そのため厳寒の八甲田山中で過酷な人体実験が強いられた。別方向から二軍の部隊を競わせるように210余kを行軍させる。弘前から向かう第三十一連隊、青森からの第五連隊。第31連隊の踏破・全員生還と比べ、最悪の天候の初日に八甲田山系に入った第5連隊は、210名中199名を喪う。国民の反軍を恐れた陸軍の秘密主義に因って、長らくその遭難事件は封印された。
同じ師団でも極寒に慣れ、雪中行軍の演習経験も有った31連隊。指揮官の徳島大尉は小隊精鋭で臨んだ。ノンキャリア組の5連隊指揮官・神田大尉は、お目付役の山田少佐の意向で慌ただしく中隊を組まざるを得なく、地元の案内人も付けられず、行軍初日から少佐に指揮され結果抗えず・・
前後も見えない暴風雪の山中を彷徨する内、磁石も狂い次々と部下を喪い帰営已むなく、その途次、自身もこれまでと神田大尉は舌を噛み果てる。神田大尉の安否を尋ねた徳島大尉に、気負い過ぎた行軍計画だったと責任を負わせる5連隊上官。山田少佐は後に病院で拳銃自殺。

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2018年4月 4日 (水)

本322・・ダナエ

ダナエ・・藤原伊織著

51tfk7q4scl_sx344_bo1204203200_ダナエ・・ギリシャ神話に縁る。アクリシオス王の娘。メデューサを退治したペルセウスの母親。アクリシオスは神託でダナエの息子が彼を殺すと出、娘を幽閉するが、大神ゼウスが見染めペルセウス誕生。結果、スポーツ競技でペルセウスの投げた円盤が観客席のアクリシオスに当たり死亡。
世界的評価を受けるようになった画家・宇佐美の個展で、財界の大物・古川(義父)の肖像画が、硫酸を掛けられ切り裂かれた(レンブラントの『ダナエと』同じ)。画廊への電話で犯人の少女は「これは予行演習だ」と。宇佐美はこれを警察沙汰にしない。宇佐美の妻(宇佐美は既に別れる積り)は娘を残し離婚していたが・・
宇佐美も再婚で、別れた妻・早苗は彼が売れるまで身を落としてまで彼を支え続け、自ら身を引いた。
早苗は当時、薬に手を出しその後体を壊した。宇佐美に告げずに生んだ娘・神奈。その後死亡。母と宇佐美の中を裂いた古川、母を捨てた宇佐美、と思い込み、従姉に手伝ってもらっての神奈の復讐だった。
神奈からアトリエに火を放つと告げられた宇佐美は、アコーディオンとランプの静物画だけ避けてくれと頼む。それは、彼と早苗との想い出の縁(よすが)を描いたものだった・・
・・わが思惟するものは何ぞや すでに人生の虚妄に疲れて 今も尚家畜の如くに飢ゑたるかな。我れは何物をも喪失せず また一切を失い尽くせり(萩原朔太郎)

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2018年3月10日 (土)

本321・・高瀬舟

高瀬舟・・森鴎外著

Moriougai徳川時代。京都の罪人が遠島を言い渡されると、高瀬舟で大阪へ廻された。それを護送して行く京都町奉行所附の同心が度々悲しい話ばかり聞かせられる。或る時、この舟に載せられた兄弟殺しの科を犯した男が、少しも悲しがっていない静かな様子に、不審に思った同心がその仔細を尋ねると、これまで食を得ることに困っていたのに、遠島を言い渡された時、銅銭二百文を貰ったが、銭を使わずにこうして持っているのは初めてだと答える。また人殺しの科はどうして犯したかと問えば、兄弟は西陣に雇われて空引(機織り)をしていたが、給料が少なくて暮らしが立ち兼ねた、弟が重い病を抱え自殺を謀ったが死に切れなかった、弟に所詮助からぬから殺してくれと頼まれ、不憫に思い止めを刺したのだと・・
当時遠島を申し渡された罪人は、獰(どう)悪な人物が多数を占めていたわけではない。例えば、相対死(心中)の生き残りとか。
幼くしてふた親に先立たれ、兄弟相和して助け合うも、常に僅かの営みに粥を啜り露命をつなぎ銭の残らぬ者が、吟味され在牢の内、働かず養われ、決まりとはいえ鳥目二百文も渡され島ヘつかわされるしみじみとした有り難さ。
兄への負担を申し訳なく思う弟の死に切れぬ辛さと、助からぬ命なら痛みに苦しませるより手伝って死なせてやる兄。
・・貧富に対する観念の違いも有り、僅かなもので事足れりと出来る者とそうではない者。罪科も様々で、たとえ人殺しとなっても苦痛を長引かせるよりはという安楽死問題等々、正と義には大きな矛盾もある。

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2017年11月19日 (日)

本320・・未来のイヴ

未来のイヴ・・ヴィリエ・ド・リラダン著

9784488070045アリシヤは、その肉体を「夏水仙の暖かい白さ」に被われ、議論の余地なき全く世にも珍しい完璧な美女である。「永久に朽ちざる薔薇」の如く。
だが、造物主のいかなる手違いからか、彼女の魂は現実の「汚穢」によって完全に汚染され、この美女の内部には、あの「勝利のヴィナス」の肉体とは縁もゆかりも無く、気品も知性も無い「俗物の女神」が君臨していた。
アリシヤの非の打ちどころの無い外面の魅力の虜となったイギリスの青年貴族エワルド卿は「久遠の女性」を憧憬するロマンチストであったので、この理想と現実の乖離、異種混成減少に悩まされ、終に絶望のあまり自殺まで思い立っていた。
「あの肉体からあの魂を取り除けたら」と漏らした事で、大発明王エディソンは、かつて自身を貧乏のどん底から救ってくれた恩人である青年貴族のためにその願いを引き受ける。
約束の時、アリシヤと瓜二つの人形は完成する。「恋愛の初期の時間を不動化」し、理想の「時を永久に虜にした」人形ハダリーをエワルド卿に引き合わせるが、卿にはハダリーと分からず、それと知って、地上の愛が痛烈に愚弄され凌辱された様なショックを受ける。ハダリーの感性と品性・知性に触れ、葛藤の後、エワルド卿は「科学と天才の華」である人造人間ハダリーを故郷の城に連れ帰る事にする。
その帰国の途次、ハダリーは不慮の船火事によって海底の藻屑となってしまう。
卿からエディソンへの電文には「ハダリーノコトノミ痛恨ニ耐ヘズ、タダコノ幻ノ喪ニ服セム」と。
・・・著者自身も、ブルターニュの淵源を11世紀に遡れる名門貴族の出であるが、彼自身の時代には零落しており詩人・風刺家として流謫の民であった。

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2017年10月15日 (日)

本319・・外套

外套・・ニコライ・ゴーゴリ著

Gogol_palto_2ペテルブルクに住むアカーキエヴィチは万年下級役人。浄書をする仕事振りはごく真面目だが、貧しさのあまり上っ張りと称される外套は最早修繕が利かなく、新調する他なくなる。何とか工面し新調の外套で出勤し同僚達の祝杯に参加するが、その帰り道に追剥ぎに遭い大切な外套を奪われてしまう。警察署長や有力者達に嘆願するも、相手にしてもらえないどころか叱責される始末。悲しみのあまり吹雪の街を彷徨ったアカーキエヴィチは、熱病に罹り死んでしまう。彼の死後、官吏の恰好をした幽霊が外套を探して街に現れるようになる。アカーキエヴィッチを叱責した有力者は、彼の死を聞くと後悔したが、件の幽霊に出会い恨み言を言われ外套を奪われる。それ以後幽霊は現れず。
・・誰にも愛されず、誰からも顧みられぬ、生まれながらの善人で、気が弱く、勤勉で、諦め深く、病的なほどに自分の境遇に甘んじ、仕事のために命を縮めている事にさえ気がつかない様な男に、深く同情を注いだ作品。
・・灰色の霧深い首都ペテルブルクは若い著者の青春の夢を根こそぎ破った。生活に窮し、職業的俳優になろうとするが相手にされず、自費出版した田園詩は酷評され、漸くある調査局の書記補という惨めな勤め口にありつくが、そこで卑屈な子役人や尊大な高級官吏の姿をつぶさに見て、深い幻滅を感じる。灰色の冷たい都会で生活の浅ましい種々相を見るにつけ故郷のウクライナを想ったゴーゴリ。
・・「我々は皆ゴーゴリの『外套』から出た」とのドストエフスキー言。

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2017年8月12日 (土)

本318・・椿姫

椿姫・・A・デュマ・フィス著

51qazvwjx6l_sx328_bo1204203200_ある家に纏わる物々が競売に付された。豪勢な暮らしだったが借金塗れだったとか。その女主人は若くして亡くなったそう。彼女の墓には、生前好きだった椿が枯れるのを待たず具えられている。
20歳のマルグリットは美しい高級娼婦。彼女に一目惚れしたのが24歳のアルマン。豪奢な生活に慣れたマルグリットとでは釣り合いが取れないが、熱意に押されたマルグリットはその生活を捨て彼との愛に生きようとする。
少しでも彼女の生活を助けようとするアルマンと、彼の負担になるまいとそれを望まないマルグリットは華やかな日々を退き、二人は田舎の小さな家で互いへの愛と思いやりに満ちた幸せな暮らしを始める。
その後、そんな息子の生活振りを知ったアルマンの父親が、彼女と別れるよう諭すも通じない。アルマンの留守中マルグリットはパリへ戻っていた・・彼女に会えず、以前の生活に戻った様なマルグリットを見掛けたアルマンは、別の女と関係を持ちマルグリットに嫌がらせをしたり、父親の下に帰ったり挙句には旅行に出てしまう。
彼女の肺病が重くなり明日をも知れぬ事を知ったアルマンは、彼女の下に必死で馳せ参ずるが時遅く、彼も熱病で倒れてしまう。マルグリットが残した日記を読み、あの時の別れの真相を知るアルマン。
アルマンの父親が、息子の将来とアルマンの妹である娘の婚約に触るためと称し、別れるよう影でマルグリットに通告していたのだ。
裕福な貴族の囲い者であっても、一人の女が一生涯に一度真面目な恋をし、それがために悩み、その恋ゆえに死んだのである。

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2017年5月19日 (金)

本317・・月と六ペンス

月と六ペンス・・サマセット・モーム著

4102130055_2題名には象徴的な意味が有り、「月」は人間を狂気に導く芸術的情熱を、「六ペンス」は下らない世俗的因習や絆を指す。
作家である語り部が、ストリックランド夫人のパーティーに招かれ夫のチャールズと知り合う。ストリックランドはイギリスの証券会社に勤めていたが、突然行方を晦ましてしまう。夫人の依頼でパリへ向かいストリックランドに会うが、駆け落ち女性など居らず一人で貧しい生活をしていた。画を描くために生活を捨てた、と。夫人は凡庸だと思っていた夫の失踪にショックを受けるが、やがて自立して行く。
5年後、パリ暮らしの中でストリックランドに心酔する三流画家ストルーヴに再会し、共にストリックランドを訪ねる。ストルーヴは妻ブランチの反対を押し切って、重病だったストリックランドを引き取るが、アトリエも彼に惹かれた妻をも失う。ブランチは自分の愛情を受け入れてもらえず服毒自殺し、ストルーヴは故郷オランダへ帰る。
家庭を捨てた時もブランチの自殺にも後ろめたさを感じず、批判にも一切動じないストリックランド。とんでもなく風変わりで或る意味超然としている。
ストリックランドの死後、彼の絵は高値で売買される様になる。タヒチを訪れた作家は、ストリックランドと繋がりの有った人々に当時の彼について聞く。貧しさからのその日暮らしで、船員をしたり農場で働いていた事。宿屋のおかみが幼い現地妻アタを斡旋し、子供を含め奥地で暮らしていた事。医師クートラは、癩病を患い数年後に死んだストリックランドをアタと二人で葬っていた。
ロンドンに帰った作者はストリックランド夫人に再会し、彼のその後について伝える。子供達はそれぞれに真っ直ぐ成長していたが、アタとの間の息子が彼によく似て大海原で船を操る姿が目に浮かぶ。

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2017年5月 7日 (日)

本316・・人間の絆

人間の絆・・サマセット・モーム著

41aa707aw1l_sx333_bo1204203200_モームの自伝的作品と云われる、主人公フィリップ・ケアリの半生を描く。情念という絆に縛られた奴隷的人生が、その桎梏を断ち切って、支配される側から支配する自由な人間にまで発展出来るか、の精神史。
幼い頃親を喪い、子の無い伯父である牧師に引き取られるが、蝦足である劣等感のため神学校で萎縮し、徐々に学業への意義や信仰心を失って行く。その後、伯父の薦めに逆らって神学校を中退し、ドイツに留学するも無為の生活に陥り、帰国後は会計事務所で働くが興味を持てず。親の遺産を形にパリで画の修業を始めるが才能の無さに再びロンドンに戻り、父と同じ医学の道を目指す。この頃からカフェで働いていたミルドレッドを知り、引きずられ始める。彼の友人込みで彼女に裏切られ、遺産が減る中投機に失敗し路頭に迷い、庶民の苦しみを初めて知る。追い詰められ死をも思う内に、以前患者だったアセルニー一家に救われ援けられ、伯父の死をも願いその死で遺産を手にした彼は2年振りに医学過程に戻り、30歳近くなってどうにか医者となる。
医学の勉強中知り合った献身的で誠実なノラを捨て、その後もミルドレッドが現れる度に振り回され裏切られる懲りない度し難さ。パリ時代の浮ついた生活の中、敗残の唯美派詩人のクロンショーから贈られた小さなペルシャ絨毯の意味。人生は無意味で行き死にも関係ない、人は自分の喜びのために生きるので(絨毯の模様意匠を織り出した織人も同じ)、幸福への願望(情念が作り出した幻影を虚しく追及する)を捨てる事によって最後の迷妄を振り落とせれば・・
フィリップは、医師となった暁にはスペインを訪れエル・グレコ等の作品を見、その後ものんびりと見知らぬ東洋等を旅行するのが夢だったが、アセルニーの長女サリーの現実的で牧歌的な良さに気付き、婚約する所で話は終わる。

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2017年4月24日 (月)

本315・・静かなドン

静かなドン・・ミハイル・ショーロホフ著

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主人公グリゴーリー・メレホフの辿った悲劇を中心とし、第一次大戦前から、戦争・革命を経て、国内戦に到る動乱の時代を背景に、黒海沿岸のドン地方のコサックの生活と階級闘争の歴史を描いた長編小説。
コサックとは・・トルコ語で「自由人」を意味するが、重税や賦役を逃れて、南部の川の流域に住み着いた農奴や都会下層民が、土着民と結合し生み出された特殊な階層を指す。
彼等が次第に勢力を得てロシア南部を支配し、ツァーリ(皇帝)政府がそれを手懐けた事で親衛隊気取りとなり、小ロシア人や一般農民を蔑視し出し、排他的気風を持つコサック階級の間でも分裂は起こり対立した。
グリゴーリーは、その嵐に巻き込まれ自己の道を見失った(見出し得なかった)。思想を持たぬ人間の悲劇である。彼が革命と共に赤軍(ボリシェヴィキ)に加わった理由は、オーストリーの戦争で敵兵を初めて殺して以来の戦争否定感と、友人から吹き込まれた政府への憎悪であった。その彼が赤軍の戦線から離脱したのは、上長の傲慢さへの反感や、白軍捕虜に対する無裁判虐殺への憤り、赤軍不良分子の暴行略奪行為への不信感からである。
形勢が悪くなり、彼はいつしか人民からも白い目で見られ、破滅に向かって突き進んで行く。戦乱の中で彼の行動を決定するのは、思想ではなく感情であった。赤軍の正しさを感じはしても理解し認め得なかったため、目先の現象に反感や懐疑を覚え、思想的動揺を味わう。たとえ個々の行動が正当であっても、結果的に人民の幸福に反する重大な過ちを犯した。それは個人的な生活に於いてもそうであった。人妻との逃亡、妻の絶望からの自殺。戦線で父・兄を喪い、自然への回帰や農民としての暮らしを欲しながら、反乱軍として追われる日々。逃避行の内に人妻も喪い、郷愁に駆られ、やがて一人残された幼い息子の下へ・・

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2017年1月12日 (木)

絵画404・・歌川広重

歌川広重(1797~1858)

江戸時代末期の浮世絵師。本姓が安藤。歌川豊広に師事。役者絵→美人画→風景画→花鳥図。「東海道五十三次」、「江戸百景」等。欧米では、大胆な構図と共に広重ブルーが名高く、19世紀後半の印象派やアール・ヌーヴォーに影響多く、ジャポニズムを生む。
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