2019年7月28日 (日)

本328・・MISSING

MISSING・・本多孝好著

51mxnvysel_sy346_ ∇「祈灯」・・兄である大学生の主人公は、2歳違いの活発な妹・真由子と住んでいる。真由子のある友人には「幽霊ちゃん」という仇名が有る。小学高学年の時、妹が目の前で交通事故で亡くなって以来、妹の名を名乗っているからだ。不倫する父親。母親は・・

真由子は15歳の時、子供を堕ろした。虚ろな日々の中、兄の彼女の前で兄にキスをし、別れさせてもいる。兄は妹を地元から離すため、猛勉強を始め、先に上京し部屋を用意した。兄妹で幽霊ちゃんの家に招かれた時に幼い姉妹の写真を見てから、兄は幽霊ちゃんの気持ちの裏側が見えて来た。手を引かれた妹は目が悪かった。姉には母親が通りの向こうを知らない男に寄り添って行くのが見えたが、妹には・・そして、向うにお母さんが・・と妹に囁く・・

真由子の兄は幽霊ちゃんに進言する「もういいんじゃないか」と。幽霊ちゃんは、両親に妹を忘れさせない為と、自分のした事への枷に囚われていた・・その後、偶さかの火事場に、人助けのため飛び込んで死ぬ。機会が有れば厭わない死。

高い所から夜の町を見下ろす時、人は、あの小さな灯りの中にそれぞれのささやかな暮らしが有ると考える。その後は2通りに分かれる。「そのささやかな暮らしのために祈る人と、それを呪う人と」。

∇「瑠璃」・・主人公の僕には、4歳上の従姉・ルコがいる。ルコは、自分の前に生まれる筈だった兄か姉が流れたから「流子」だと言うが、その母親が言うには瑠璃色の「瑠子」だそうだ。親族が揃って高学歴でお堅い職業の中、ルコは高校にさえ3日しか行っていない。お互いに偶にしか会わないのに、幼い頃から2人は気が合った。全てに傍若無人で風変わりなルコは、僕を翻弄するが嫌ではなかった。

月日が経ち、ルコが再び数年振りに現れた。一瞬気付かなかった。ルコは変わっていた。年上の家庭持ちの男に恋をして普通に悩んで。「ルコは今までのままでいいんじゃないか」と告げる。

その後、ルコはその男と結婚するが、1年で離婚。分別が付いて、瑞々しい感受性が損なわれて行く哀しさ・・僕がルコに最後に会ってから、1年後に彼女は歩道橋の上から飛び下りて死んだ。

半年後に僕に渡す様に手紙を頼まれた、ルコの精神科医が訪れた・・だが、今もずっと、僕はその手紙を開封していない。

 

 

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本327・・芹澤準

郵便屋・・芹澤準著

Img589d1b28dzpkn3  落ち着いた住宅街の道路際にひっそりと佇むそのポストはいつからあったのだろうか。

仕事も順調な和人には、恋人玲子がいる。ある日、外回りの仕事で運転していた時、郵便屋の自転車を轢きそうになる。散らばった手紙の表はどれも真っ白で・・ついてない一日を過ごし家に帰ると、郵便受けに白い封筒が。中には活字を切り貼りした「ひとごろし」の文字。翌日、中学時代の友人・里崎が連絡して来、当時の仲間五人の内二人が交通事故で死んだと言う。そして、白い手紙は届いていないかと。その後、里崎は行方不明。

彼ら五人はあの頃、一人の少年に対して酷いいじめを繰り返し、少年は終に校内で首吊り自殺をした。

それからも和人の下に手紙は届き続け、その事を隠すために玲子とも拗れてしまう。やがていじめに使っていた小道具等が届き、時代遅れの制服を着、淀んだ眼をした郵便屋がそこかしこに現れる。帰りたくなかった故郷に行き、残りの友人を訪ねると廃人になっていた。精神的に追い詰められた和人は、常軌を逸した行動をとるようになり、会社からも休職を命ぜられる。

現実とも妄想とも分からなくなった和人の前に、あの郵便屋が・・魂の抜け切った様な和人は、「恐怖を打ち消したいなら、自分がその恐怖になればいい」との郵便屋の誘いで・・時代遅れの制服を着た郵便屋、キィキィという音を残し自転車が行く・・

 

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本326・・赤い森

赤い森・・折原一著

2l 「あの家で何が起こったのか、実際のところ、誰も知らないんだ」と樹海近くの民宿の主人。「亭主が作家で、妻が画家なんだ。幼い双子の娘がいた」

十年ほど前、作家・鬼頭武彦は家族を斧で惨殺して失踪した。一人の若者が、森に入って調べた記録(遭難記)が残されていた。話を聞いた学生達は、手記を頼りに樹海に入る。目的地は、惨劇の地、山荘だ。追体験をするように山荘へ歩を進めるが、物語は騙し絵体験をさせるような入れ子構造になっている。

プロットが浮かばない哀れな作家・鬼頭は、変化を求め山荘に移り住んだのだが、いよいよ追い込まれるばかりであった。彼だけでなく、山荘へ向かうメンバーも、彼等の人間関係だけでなく、森の中を彷徨するうちに、少しずつおかしなところを見せ始めその恐怖が錯綜していく。

樹海の恐ろしさ、不気味さ・・雪に閉じ込められた「シャイニング」?

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2019年7月27日 (土)

本325・・ハーディ短編集

ハーディ短編集・・トマス・ハーディ著

Ek0329496「アリシアの日記」・・イギリス。アリシアには二歳下の妹キャロラインがいる。しっかり者の姉と精神的に幼い妹。キャロラインは母親と共にヴェルサイユに旅するが、滞在中にシャルルという画家と婚約。すぐにも帰る筈が母親が病気になり、その後彼の地で他界。母の遺骸とキャロラインは帰国するが、その結婚は無期延期となり彼女は打ち萎れなすすべもない。

遅れて現れたシャルルとアリシアはひと目で恋に落ちる。シャルルはキャロラインへの感情は妹に対する様なものであったと気付き、アリシアに想いを伝えるが受け付けられない。アリシアは自分の心を隠し、シャルルが妹の婚約者である事、彼の気持ちに気付いたら妹は傷心の余り生きていけないだろう事を念頭にシャルルを拒む。シャルルの手紙等で案の定キャロラインは彼の気持ちが離れたのを苦に身も世も無く重く寝込んでしまう。

死にそうな妹を見かねたアリシアは、偽りで良いから結婚式を挙げてやってくれとシャルルに頼む。キャロラインが全快したらアリシアの責任の下、許可証の無い病床での結婚であったため改めて教会で式を挙げる必要がある旨を伝え、もし妹が亡くなった時は一年後に結婚をする、もし妹に心変りが有った場合異国で結婚すると約束する。

牧師の父親の留守中病床で式を挙げるが、シャルルは式後すぐに南欧に旅立ち放浪する。式後健康になりつつあったキャロラインは、帰って来ず便りも少ないシャルルを不審に思い彼の下へ。ヴェニスで追いついたアリシアはキャロラインに事実を打ち明けるが、妹は騙し討ちにあったと怒る。シャルルは、キャロラインが二人に愛想尽かししたのだから異国で結婚できる筈だと迫るがアリシアは応じない。

一同は国に戻り、キャロラインは一週間後にシャルルと挙式する。新婚旅行の出発時間が迫る中、シャルルが現れない。彼は少し離れた牧草地の堰に沈んでいた・・名誉を得、恋を捨てる・・

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2019年5月12日 (日)

本324・・幸福な死

幸福な死・・カミュ著

51y2gqw480l_sx330_bo1204203200__20190727141701 処女作であった本書は、カミュが当時遭遇し或いは体験したあらゆる出来事を書き込もうとしたもので、彼にとって切実な問題であった貧苦と死が「幸福な生への希求」というテーマをかたち作り、「幸福な死」は「幸福な生」に因ってのみ可能であった。貧苦からの脱出は「幸福な生」を約束するもので、死への恐怖は、死を意識の至福の状態に高揚し初めて克服できるとの認識である。

主人公メルソーの生の軌跡を眺めると、ザグルー(金持ちであるが、車椅子生活)を殺して金を奪い、「世界をのぞむ家」で幸福な日々を過ごし、やがてチェヌーアに隠遁する経過は、「幸福な死」に備えたものである。それは世界と一体となる生の充足感に他ならないのだが、そのため彼は、「世界をのぞむ家」やカトリーヌ等と離れ、人里離れたチェヌーアの別荘で一人暮らしをするという、生きながらにして既に孤独な生に、孤独な死に馴染まなければならない。そして幸福への意思や生は、死への道行きに他ならぬという或る種の矛盾に逢着する・・

メルソーの自尊心(或いは虚栄心)の所在を如実に物語るもの。彼が頑なに愛を拒否し、ひたすら相手を「アパランス」(外観)に、或いは目の喜びに止めようとする裏には、傷つき易い自尊心の存在が見逃せない。それはカミュにとっての自由への愛であったのか。自尊心が傷付けられることを怖れ続けた微妙な心理の介在があったことも否めない。他人や世界の中に足を踏み込むことを怖れ、決して自分を侵すことのない「世界の優しい無関心」にだけ心を開く。それが、たえず世界と距離を置こうとする態度に発展して行く。

・・カミュが自身で公表しなかったこの作品は、長期に渡って手を加えられながらも完成に至らなかったものである。

 

 

 

 

 

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2018年5月24日 (木)

本323・・八甲田山死の彷徨

八甲田山死の彷徨・・新田次郎著

2l明治三十五年。日露開戦への風雲が切迫。そのため厳寒の八甲田山中で過酷な人体実験が強いられた。別方向から二軍の部隊を競わせるように210余kを行軍させる。弘前から向かう第三十一連隊、青森からの第五連隊。第31連隊の踏破・全員生還と比べ、最悪の天候の初日に八甲田山系に入った第5連隊は、210名中199名を喪う。国民の反軍を恐れた陸軍の秘密主義に因って、長らくその遭難事件は封印された。
同じ師団でも極寒に慣れ、雪中行軍の演習経験も有った31連隊。指揮官の徳島大尉は小隊精鋭で臨んだ。ノンキャリア組の5連隊指揮官・神田大尉は、お目付役の山田少佐の意向で慌ただしく中隊を組まざるを得なく、地元の案内人も付けられず、行軍初日から少佐に指揮され結果抗えず・・
前後も見えない暴風雪の山中を彷徨する内、磁石も狂い次々と部下を喪い帰営已むなく、その途次、自身もこれまでと神田大尉は舌を噛み果てる。神田大尉の安否を尋ねた徳島大尉に、気負い過ぎた行軍計画だったと責任を負わせる5連隊上官。山田少佐は後に病院で拳銃自殺。

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2018年4月 4日 (水)

本322・・ダナエ

ダナエ・・藤原伊織著

51tfk7q4scl_sx344_bo1204203200_ダナエ・・ギリシャ神話に縁る。アクリシオス王の娘。メデューサを退治したペルセウスの母親。アクリシオスは神託でダナエの息子が彼を殺すと出、娘を幽閉するが、大神ゼウスが見染めペルセウス誕生。結果、スポーツ競技でペルセウスの投げた円盤が観客席のアクリシオスに当たり死亡。
世界的評価を受けるようになった画家・宇佐美の個展で、財界の大物・古川(義父)の肖像画が、硫酸を掛けられ切り裂かれた(レンブラントの『ダナエと』同じ)。画廊への電話で犯人の少女は「これは予行演習だ」と。宇佐美はこれを警察沙汰にしない。宇佐美の妻(宇佐美は既に別れる積り)は娘を残し離婚していたが・・
宇佐美も再婚で、別れた妻・早苗は彼が売れるまで身を落としてまで彼を支え続け、自ら身を引いた。
早苗は当時、薬に手を出しその後体を壊した。宇佐美に告げずに生んだ娘・神奈。その後死亡。母と宇佐美の中を裂いた古川、母を捨てた宇佐美、と思い込み、従姉に手伝ってもらっての神奈の復讐だった。
神奈からアトリエに火を放つと告げられた宇佐美は、アコーディオンとランプの静物画だけ避けてくれと頼む。それは、彼と早苗との想い出の縁(よすが)を描いたものだった・・
・・わが思惟するものは何ぞや すでに人生の虚妄に疲れて 今も尚家畜の如くに飢ゑたるかな。我れは何物をも喪失せず また一切を失い尽くせり(萩原朔太郎)

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2018年3月10日 (土)

本321・・高瀬舟

高瀬舟・・森鴎外著

Moriougai徳川時代。京都の罪人が遠島を言い渡されると、高瀬舟で大阪へ廻された。それを護送して行く京都町奉行所附の同心が度々悲しい話ばかり聞かせられる。或る時、この舟に載せられた兄弟殺しの科を犯した男が、少しも悲しがっていない静かな様子に、不審に思った同心がその仔細を尋ねると、これまで食を得ることに困っていたのに、遠島を言い渡された時、銅銭二百文を貰ったが、銭を使わずにこうして持っているのは初めてだと答える。また人殺しの科はどうして犯したかと問えば、兄弟は西陣に雇われて空引(機織り)をしていたが、給料が少なくて暮らしが立ち兼ねた、弟が重い病を抱え自殺を謀ったが死に切れなかった、弟に所詮助からぬから殺してくれと頼まれ、不憫に思い止めを刺したのだと・・
当時遠島を申し渡された罪人は、獰(どう)悪な人物が多数を占めていたわけではない。例えば、相対死(心中)の生き残りとか。
幼くしてふた親に先立たれ、兄弟相和して助け合うも、常に僅かの営みに粥を啜り露命をつなぎ銭の残らぬ者が、吟味され在牢の内、働かず養われ、決まりとはいえ鳥目二百文も渡され島ヘつかわされるしみじみとした有り難さ。
兄への負担を申し訳なく思う弟の死に切れぬ辛さと、助からぬ命なら痛みに苦しませるより手伝って死なせてやる兄。
・・貧富に対する観念の違いも有り、僅かなもので事足れりと出来る者とそうではない者。罪科も様々で、たとえ人殺しとなっても苦痛を長引かせるよりはという安楽死問題等々、正と義には大きな矛盾もある。

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2017年11月19日 (日)

本320・・未来のイヴ

未来のイヴ・・ヴィリエ・ド・リラダン著

9784488070045アリシヤは、その肉体を「夏水仙の暖かい白さ」に被われ、議論の余地なき全く世にも珍しい完璧な美女である。「永久に朽ちざる薔薇」の如く。
だが、造物主のいかなる手違いからか、彼女の魂は現実の「汚穢」によって完全に汚染され、この美女の内部には、あの「勝利のヴィナス」の肉体とは縁もゆかりも無く、気品も知性も無い「俗物の女神」が君臨していた。
アリシヤの非の打ちどころの無い外面の魅力の虜となったイギリスの青年貴族エワルド卿は「久遠の女性」を憧憬するロマンチストであったので、この理想と現実の乖離、異種混成減少に悩まされ、終に絶望のあまり自殺まで思い立っていた。
「あの肉体からあの魂を取り除けたら」と漏らした事で、大発明王エディソンは、かつて自身を貧乏のどん底から救ってくれた恩人である青年貴族のためにその願いを引き受ける。
約束の時、アリシヤと瓜二つの人形は完成する。「恋愛の初期の時間を不動化」し、理想の「時を永久に虜にした」人形ハダリーをエワルド卿に引き合わせるが、卿にはハダリーと分からず、それと知って、地上の愛が痛烈に愚弄され凌辱された様なショックを受ける。ハダリーの感性と品性・知性に触れ、葛藤の後、エワルド卿は「科学と天才の華」である人造人間ハダリーを故郷の城に連れ帰る事にする。
その帰国の途次、ハダリーは不慮の船火事によって海底の藻屑となってしまう。
卿からエディソンへの電文には「ハダリーノコトノミ痛恨ニ耐ヘズ、タダコノ幻ノ喪ニ服セム」と。
・・・著者自身も、ブルターニュの淵源を11世紀に遡れる名門貴族の出であるが、彼自身の時代には零落しており詩人・風刺家として流謫の民であった。

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2017年10月15日 (日)

本319・・外套

外套・・ニコライ・ゴーゴリ著

Gogol_palto_2ペテルブルクに住むアカーキエヴィチは万年下級役人。浄書をする仕事振りはごく真面目だが、貧しさのあまり上っ張りと称される外套は最早修繕が利かなく、新調する他なくなる。何とか工面し新調の外套で出勤し同僚達の祝杯に参加するが、その帰り道に追剥ぎに遭い大切な外套を奪われてしまう。警察署長や有力者達に嘆願するも、相手にしてもらえないどころか叱責される始末。悲しみのあまり吹雪の街を彷徨ったアカーキエヴィチは、熱病に罹り死んでしまう。彼の死後、官吏の恰好をした幽霊が外套を探して街に現れるようになる。アカーキエヴィッチを叱責した有力者は、彼の死を聞くと後悔したが、件の幽霊に出会い恨み言を言われ外套を奪われる。それ以後幽霊は現れず。
・・誰にも愛されず、誰からも顧みられぬ、生まれながらの善人で、気が弱く、勤勉で、諦め深く、病的なほどに自分の境遇に甘んじ、仕事のために命を縮めている事にさえ気がつかない様な男に、深く同情を注いだ作品。
・・灰色の霧深い首都ペテルブルクは若い著者の青春の夢を根こそぎ破った。生活に窮し、職業的俳優になろうとするが相手にされず、自費出版した田園詩は酷評され、漸くある調査局の書記補という惨めな勤め口にありつくが、そこで卑屈な子役人や尊大な高級官吏の姿をつぶさに見て、深い幻滅を感じる。灰色の冷たい都会で生活の浅ましい種々相を見るにつけ故郷のウクライナを想ったゴーゴリ。
・・「我々は皆ゴーゴリの『外套』から出た」とのドストエフスキー言。

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