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2007年12月

2007年12月27日 (木)

映画8・・テルマ&ルイーズ

テルマ&ルイーズ(1991・アメリカ)

D75237f856_2監督・リドリー・スコット、出演・スーザン・サランドン、ジーナ・デイビス、ハーヴェイ・カイテル、ブラッド・ピット・・

アーカンソー州の小さな町ウェイトレスで独身のルイーズ(サランドン)と、抑圧的な夫を持つテルマ(デイビス)。二人が車で週末の気晴らし旅行に出る。立ち寄った酒場の駐車場でテルマがレイプされそうになり、とっさにルイーズが銃で男を撃ち・・が発端、金銭を騙し取られるなど不運が重なり、二人は思ってもいないのっぴきならない方向へ。DV、セクハラ、男女差別がまかり通る中で、唯一の男性の良心として描かれるハル警部(カイテル)。儘ならぬ二人の逃避行が、少しずつ自由と閉塞感の解放に繋がり、着るものや表情まで変わっていく・・ラスト、ニュー・メキシコのハイウェイを、立ちはだかる警官達や野蛮なトラッカーを排除、アリゾナ州の大峡谷に辿り着くが、遂に取り囲まれ、最早後退を知らぬ二人は、アクセルを踏み込み、砂漠からグランド・キャニオンの絶壁に突っ込む。爽快な笑顔で!

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2007年12月20日 (木)

調理・・その1

パートの調理師です。せっかく調理に携わってきたので受験資格のあるうちにと免許を取り、未だに調理をやっている。どういう訳なんだろ? 調理するのはあまり好きではないんだけど・・

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2007年12月17日 (月)

機織り・・その10

Photo_4地糸は淡いベージュ地。大きな銀地の正鱗には萩と饅頭菊を少し明る目の糸で織り、逆さ鱗には影のように銀糸のみで柄を入れたり小鱗を。最近では赤系の色を使うことは滅多に無く、久し振りにちょっと色めき立ってテンションが上がった(以前使っていた糸が使えなくなってきているので、どんどん余ってしまう・・テンション↓)。自分が好きなこともあるが、鱗模様は使い道が多く結構重宝している。

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2007年12月13日 (木)

本7・・ホワイト・ジャズ

ホワイト・ジャズ・・ジェームズ・エルロイ著

51zd30k0zgl_2暗黒のLA四部作の最終章(1937~1958)。

タイトルは、悪い白人達(マフィア、富豪、ハリウッドの人間は言うに及ばず、ここでの主役は悪徳の司法行政関係者達)の狂乱のジャズを表す。

ドキュメンタリータッチに一人の警官の目で語られ、事件は目まぐるしく果てしなく続く。彼は周りを狂おしく巻き込み巻き込まれ、凄まじく破滅への道を転がり落ちて行く。語られる陰謀と肝計、血で血を洗う暴力、裏切り、賄賂、でっち上げ、捻じ曲げ、隠蔽、などなど。「秩序、モラルなど*****、そもそもアメリカが清らかだった事など無い、人間が善良だった事も。この世は歪んでいる」と。

エルロイは情念と暴力の作家と言われ、権威の名の下に悪事を働く白人等を描きたかったとか。

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2007年12月 9日 (日)

本6・・名言大語録

名言大語録・・今泉正顕著

31046152★「愛すべし、狎れしむべからず。愛さるべし、狎るるなかれ」清水次郎長。

★「馬上少年を過ぐ。世平らかにして白髪多し。残軀天の赦すところ、楽しまざるをこれ如何せん」伊達政宗。

★「我々の一切の悪は、独りでいることが出来ないところから生じる。そこから賭事、放蕩、無知、羨望、自立と神の忘却等が生じる」ラ・プリュイエール。

★「手の上なら尊敬の接吻、額の上なら友情の、頬の上なら厚情の、唇の上なら愛情の、掌の上なら懇求の、腕や首なら欲望の、その他は狂気の沙汰」グリル・パルツァー。

★「一日を一生の如く真剣に生き、一生を一日の如く気楽に生きたい」岩淵克郎。

★「その日の仕事を成し遂げて満足し、軽い気持ちで晩餐の卓に帰れる人が、世に最も幸福な人である」ワナメーカー。

★「今は人間の死に方がおかしくなっている。人間、死にたいように死ぬのが一番で、酒呑みは呑みながら死んだらいいし、スモーカーは喫みながら死んだらいい」山崎章郎。

★「弾みそうで弾まず、転びそうで踏み止まるものを持っていなければ男ではない」升田幸三。

★「志の低い男は、目のつけどころが低い」葉隠聞書。

★「未練が老醜の始まり」中野重治。

★「運命は我々の行為の半分を支配し、後の半分を我々に委ねている」マキャベリ。

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2007年12月 3日 (月)

音楽3・・ファド

ファド

Amalia_rodriguesFadoはポルトガルの民族音楽だが、「運命」とか「宿命」という意味が有るそう。そのメロディは人生の切なさ、儚さ、メランコリー、旅情、迫力等を感じさせる。イタリアのカンツォーネ、フランスのシャンソン、アルゼンチンのタンゴ、ブラジルのボサノヴァに比する。

遡ること大航海時代。ポルトガル人が植民地ブラジルへ連れて行ったアフリカ人奴隷の踊りがリスボンに逆輸入されたもので、悲しげな舞曲でありながら極めて官能的な踊りだったそう。その後、歌が強調されるようになって叙情的な歌謡に。19世紀、栄光の植民地時代が終わり、ポルトガルにとっては黄昏の時代へ。その暗い世相の中、最下層の下町の石畳に響くように安酒場や売春宿から歌いだされ、荒んだ生活や辛い暮らしの憂さを晴らすべく想いのたけを歌に迸らせる。歌い手をファディスタというが、これも「ならず者」とか「売春婦」だと。19世紀の伝説的な歌い手「マリア・セヴェーラ」も。

「アマリア・ロドリゲス」(写真)は国民的歌手でフランス映画にも使われ、ファド文化が頂点に。ブンチャ・ブンチャという2拍子がファドの命であるが、ポルトガルには国民感情として「サウダーデ」という言葉があって、これは「失われたものを愛おしみ、帰らぬものを悼む」という意味だそう。このような、ギターの音色と相俟って切々とした感情がファドの底流に流れていて、それがストレートに伝わって来る。

http://www.youtube.com/watch?v=JkXjoL7s948

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