時には音楽の話 その3
ファド・・に想う
Fadoはポルトガルの民族音楽ですが、「運命」とか「宿命」という意味が有るそうな。そのメロディは人生の切なさ・儚さ・メランコリー・旅情・迫力等を感じさせる。イタリアのカンツォーネ、フランスのシャンソン、アルゼンチンのタンゴ、ブラジルのボサノヴァに比する。
遡ること大航海時代、ポルトガル人が植民地ブラジルへ連れて行ったアフリカ人奴隷の踊りがリスボンに逆輸入されたもので、悲しげな舞曲でありながら極めて官能的な踊りだったそうだ。その後、歌が強調されるようになって叙情的な歌謡に。19世紀、栄光の植民地時代が終わり、ポルトガルにとっては黄昏の時代へ。その暗い世相の中、最下層の下町の石畳に響くように安酒場や売春宿から歌いだされ、荒んだ生活や辛い暮らしの憂さを晴らすべく想いのたけを歌に迸らせ・・歌い手をファディスタというが、これも「ならず者」とか「売春婦」だという。19世紀の伝説的な歌い手「マリア・セヴェーラ」も。
「アマリア・ロドリゲス」(写真)は国民的歌手でフランス映画にも使われ、ファド文化が頂点に。ブンチャ・ブンチャという2拍子がファドの命であるが、ポルトガルには国民感情として「サウダーデ」という言葉があって、これは「失われたものを愛おしみ、帰らぬものを悼む」という意味だそう。このような、ギターの音色と相俟って切々とした感情がファドの底流に流れていて、それがストレートに伝わってくるのが・・何とも。
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