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2008年4月

2008年4月28日 (月)

映画19・・愛と喝采の日々

愛と喝采の日々(1977・アメリカ)

B000cmnlxy_01_lzzzzzzz監督・ハーバート・ロス、出演・シャーリー・マクレーン、アン・バンクロフト、ミハイル・バリシニコフ・・

オクラホマ・シティ。バレーダンサーのディーディー(マクレーン)はダンサー仲間と恋愛中に妊娠、結婚し三人の子の母に。エマ(バンクロフト)はディーディーの親友だった。そのバレー団が公演でシティにやって来る。その昔、ディーディーがバレー団を辞めたのは、エマに勧められて娘(エミリア)を産んだため。エマはディーディーの代わりに「アンナ・カレーニナ」を演じ、プリマに。

一家は公演を見に行き、ディーディーはエマの舞台姿に、感銘を受けつつも複雑な心境。その後エミリアが、エマに勧められバレー団に。エミリアの恋愛相談を受けるうち、エマがエミリアとの絆を深め、ディーディーとエマの仲が微妙に。その後の公演でエマもエミリアも喝采を浴びるが、公演の後、ディーディーとエマのライバル意識が表面化、20年前からのわだかまりが一気に爆発・・次第に笑いへと変わり、それぞれが自分の人生を大切に生きてきた事を認め合う。

監督のロスは振付師出身。世界最高のクラシック・ダンサーと謳われた、ミハイル・バリシニコフが出演。

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2008年4月26日 (土)

ひとり言2・・煙草の起源

C0128722_15354720煙草に含まれるニコチンは薬理作用があり、植物アルカロイドの一種である。

その発祥は中南米で、BS1000年頃のマヤ文明当時、ボリビアとアルゼンチンの一部でインディオが使用し始めたとされる。喫煙によって神聖な火が体内に宿り、治療としても悪霊の呪縛から逃れられるとされ、煙草は人と精霊との呪術的な媒介物であった。儀式にも使われ、紫煙が神々への供物でありそれが神託をもたらし、煙の行方で未来を占いもした。

その後嗜好品となり、1942年コロンブス(アメリカ大陸発見後)によってヨーロッパへ運ばれ、やがて世界に広まった。

ヨーロッパでは鎮静剤として処方し、ペスト知らずといわれ小学校でも喫煙時間が有り、万病に効くとされ医薬品として認知されていた。ヨーロッパから日本へ広まったのは100年足らずの内であった。

スペイン語で煙草は薬草という意味なのに・・時が移れば、変わりに変わるものだ・・

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2008年4月24日 (木)

映画18・・愛の嵐

愛の嵐(1973・イタリア)

687cb5d953監督・リリアーナ・カヴァーニ、出演・ダーク・ボガード、シャーロット・ランプリング、フィリップ・ルロワ・・

1957年冬のウィーン、マックス(ボガード)は二流ホテルのフロントとして目立たず暮らす。彼は20年前ゲットーの責任者として権力を振るった親衛隊員。ある日、若手指揮者夫人のルチア(ランプリング)が現れる。ユダヤ人の美少女だった彼女はゲットーで見初められ、彼の倒錯した性の愛玩物だった。ルチアは夫と共にウィーンを去ろうとするが、夫は一人フランクフルトへ。何故ここへ来たのかと詰め寄るマックスはルチアを殴り、悲鳴を上げ逃げ回る彼女。いつしか二人は20年前の快楽の淵に。元ナチス隊員達は自分等を守るため、悪行を知る人間を消し生き延びて来た、今回はルチアを消すための会議を開く。マックスは彼女をアパートに匿い仕事も辞めるが、そこは出口の無い牢獄と同じ。追い詰められた二人は歪んだ愛と憎悪、哀れみをぶつけ合い、当時の服装に身を包み車で逃げ出す。尾行車が後を追い、ドナウの橋で車を捨て歩き出す二人。追い詰められた時、銃声が二発、崩れるように倒れる二人。

この映画はバチカンを激怒させ、ヴィスコンティに「悲痛で残酷で、恐ろしいほどの傑作」と言わしめた。デカダンスとマゾヒズム、エロスとタナトスの物語。

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2008年4月21日 (月)

映画17・・愛人関係

愛人関係(1973・フランス)

Mafrvxhxs_2原作・リチャード・マシスン、監督・ジョルジュ・ロートネル、出演・アラン・ドロン、ミレーユ・ダルク・・

冬のニース。脚本家フランソワの要求に負け電話番号を残したペギイ(ダルク)。フランソワは、ペギイとのドライブ後、門の中に去った彼女が迎えに出た男に縋りつくのを目撃。弁護士マルク(ドロン)は「彼女は夫殺しだ。精神鑑定で無罪だが」とフランソワに語り、マルクの弟ドニが兄は彼女を愛していると彼に囁く。数日後、晩餐会から帰ったペギイは、何故か庭師のアルベールの部屋へ。怯えたペギイの電話をマルクが受けたのは暫く後。馳けつけたマルクは、首にハサミを突き立てられ死んでいるアルベールを発見、驚きもせず死体を運び出す。物蔭から見つめるドニ。翌日、アルベールの死体発見、マルクの家を警部が訪れ「今度こそ、彼女は刑務所行きだ」と。薬物中毒の後遺症で男性恐怖症のペギイは、愛しても肌に触れられない女。マルクのペギイへの愛が、肉体を超えて深いのを警部は知る。第二の殺人事件発生、犠牲者はドニ。ペギイとツリニ峠のハネムーンに旅立った二人を追うマルクは決心していた。ツリニ峠のホテル、裸のペギイの手には刃物、マルクが部屋に入るのとフランソワの悲鳴が同時。マルクはペギイを静かに抱き寄せ、展望台へと連れ出す。マルクの手には拳銃、冷やかな空気を震わせ、二発の銃声が響き渡る。

ドロンとダルクは当時愛人関係で、ダルクを売り出した作品(監督が以前の愛人)。原作者は「トワイライトゾーン」のライター出身で「激突」の作者。

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2008年4月17日 (木)

映画16・・愛情物語

愛情物語(1955・アメリカ)

51oop3e1n0l__sl500__4原作・レオ・カッチャー、監督・ジョージ・シドニー、出演・タイロン・パワー、キム・ノヴァク、ヴィクトリア・ショウ・・

1930年から20年間、甘美な演奏で全米を風靡した、音楽家エディ・デューチンの伝記。

ピアニストとして身を立てるべく、エディ(パワー)はニューヨークのカジノのオーケストラ指揮者ライスマンを訪ねるが、すぐに就職は決まらない。当てが外れ、目にしたグランド・ピアノを弾き出す。その調べに聞き入る大資産家の姪マージョリイ(ノヴァク)が、事情を聞いて同情、ライスマンに、オーケストラ演奏の合間にエディの演奏を入れるよう頼む。ライスマンは大切な客の申し入れを承諾。エディはデビュー を飾り、二人の間も発展し結婚。息子ピーターが生まれるが、クリスマスの夜、演奏後マージョリイが入院する病院に駆けつけ、重態の彼女は間もなく死亡。マージョリーを喪った落胆は悲惨、叔父夫婦にピーターを預け、バンドを率いて演奏旅行に。第二次大戦が勃発、エディは海軍で、亡妻を忘れようと演奏関係の仕事を断り、軍務に精励。終戦で叔父夫婦の家へ、ピーターは既に10歳。長い間留守だったため、ピーターは英国の戦災孤児で世話係だったチキタ(ショウ)に懐く。次第に父子に音楽を通じて温かい感情が、エディは昔日の人気を取り戻し、チキタに愛情を。ある日、演奏中左手が痺れ、白血病で余命少ないとの宣告。エディは悩むが、チキタは結婚を承諾。彼は幸福を取り戻し、ピーターに病を打ち明け、二人でピアノを合奏・・死期の迫ったエディ、愛情と死への苦しみに堪え兼ね自殺。

実際の演奏はカーメン・キャバレロで、「トゥ・ラヴ・アゲイン」が大ヒット。

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2008年4月14日 (月)

本13・・検察側の証人

検察側の証人・・アガサ・クリスティ著

Photo_3親しくなった金持ちの未亡人殺しで、レナードが逮捕される。直接証拠は無いものの、未亡人のメイドなどの証言により、状況証拠は明らかに彼が犯人と指し示していた。彼の妻ロメインを証人として彼の無実を勝ち取ろうとする弁護士。しかし、ロメインは明らかにレナードに敵意を持っており、しかも夫は別にいて、彼との婚姻関係は正式ではないと。そんな時、ロメインが偽証するという、愛人宛の信書を持つ醜い女が弁護士の下を訪れる。裁判が始まり、ロメインは検察側の証人として出廷し、レナードに不利な証言をする。レナードの有罪が確定的になろうとした時、弁護士はロメインの証言は嘘であると発言。ロメインとあの醜い女の癖が似ていることに気付いたのだ・・陪審員は無罪の評決。妻の証言は信用され難いため、全て演出だったと打ち明けるロメインに、弁護士が無罪を勝ち取れた筈だと言うと・・ロメインは、夫の有罪を知っていたと告げる・・

戯曲版では、浮気をしていた夫に騙されていたと知った妻が夫を刺し殺して終わる。

1959年、ビリー・ワイルダー監督、マレーネ・ディートリッヒ主演で「情婦」として映画化。そのキャッチコピーが、あの有名な「この結末は誰にも・・」である。

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2008年4月10日 (木)

音楽5・・アルゼンチン・タンゴ

アルゼンチン・タンゴ

1880年、アルゼンチンのブエノスアイレスとウルグアイのモンテビデオに鋏まれるラプラタ河が大西洋に注ぐ河口地帯でタンゴが生まれた。多くの移民と様々な人種の中で男同士が荒々しく踊ったのが始まり。いつしか娼婦を相手に、その後男女で踊る。

51x2ymkz6bl1920年、ヨーロッパやアメリカに輸入されパリで流行ったのがコンチネンタルタンゴ。それがアルゼンチンに逆輸入。それ以前の1917年、タンゴの神様と言われたカルロス・ガルデルが「我が悲しみの夜」を歌い、人生の影の部分を描写し哀愁の調べに。1971年、映画「暗殺の森」で始めて映像化される(女性二人のダンス)。その後「ラストタンゴ・イン・パリ」、「ヴァレンチノ」(ヌレエフがガウチョスタイルで踊る)。

51xszc8fptl__sl500_aa300__21983年、タンゴダンスの「タンゴ・アルゼンチーノ」の公演が一世を風靡。その後の映画に「ネイキッド・タンゴ」、「エビータ」、「ムーランルージュ」など。アルゼンチン・タンゴではバンドネオンが使われ、コンチネンタル・タンゴはアコーディオンが使用される。

51tlvf32dtl_2 アドリアーナ・ヴァレイラ・・ハスキーボイスの持ち主で一度聞いたら忘れない。タンゴといえば何といっても「ラ・クンパルシータ」。時に本場のアルゼンチン・タンゴの歌とダンスに触れると、切ないほどの激しさと高揚に包まれる。

http://www.youtube.com/watch?v=bXhQNRsH3uc

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2008年4月 7日 (月)

機織り・・その14

1_2不思議な波の繰り返し。地模様と散り箔で。

図案を描くのに手間取った例。

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