時には音楽の話 その6
アルゼンチン・タンゴ
1880年、アルゼンチンのブエノスアイレスとウルグアイのモンテビデオに鋏まれるラプラタ河が大西洋に注ぐ河口地帯でタンゴが生まれた。多くの移民とさまざまな人種の中で男同士が荒々しく踊ったのが始まり。いつしか娼婦を相手に踊り、その後男女で踊るようになった。
1920年、ヨーロッパやアメリカに輸入されパリで流行ったのがコンチネンタルタンゴ。それがアルゼンチンに逆輸入。それ以前の1917年、タンゴの神様と言われたカルロス・ガルデルが「我が悲しみの夜」を歌い、人生の影の部分を描写し哀愁のあるものとなった。1971年、映画「暗殺の森」で始めて映像化される(女性二人のダンス)。その後「ラストタンゴ・イン・パリ」、「ヴァレンチノ」(ヌレエフがガウチョスタイルで踊った)・・
1983年、タンゴダンスの「タンゴ・アルゼンチーノ」の公演が一世を風靡した。その後の映画に「ネイキッド・タンゴ」、「エビータ」、「ムーランルージュ」などが続く。
アルゼンチン・タンゴではバンドネオンが使われ、コンチネンタル・タンゴはアコーディオンが使用される。
アドリアーナ・ヴァレイラ・・ハスキーボイスの持ち主で一度聞いたら忘れられなくなる。タンゴの歌といえば何といっても「ラ・クンパルシータ」である。
時に本場のアルゼンチン・タンゴの歌とダンスに触れると、その切なくなるほどの激しさと感情の高揚に包まれる。
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コメント
幅広い音楽を聞かれるのですね~。
「切なくなるほどの・・」とてもよくわかります。表現がお上手ですね~
投稿 まゆクー | 2008年4月12日 (土) 13時28分
まゆクー様

いえいえ、単に好きなだけで
好きな音楽に包まれていると、とても幸せなひと時が過ごせますよね
投稿 時雨 | 2008年4月14日 (月) 19時07分