時には音楽の話 その7
ダリダ
イタリア移民のエジプト(カイロ)育ち。
デビューは1956年、ポルトガルのファドの女王アマリア・ロドリゲスの「暗いはしけ」。その後「バンビーノ」を出す。1960年からジューク・ボックスの女王として、「大脱走のテーマ」など。1970年からポップ・ディスコの時代、アラン・ドロンと「パローレ・パローレ」を歌い、「恋するジジ」など。1980~87年バラードの時代、「雨のブリュッセル」など。
少し斜視気味で、それがミステリアスな眼差しを生んでいる。声質は良く通るいわゆる綺麗な声である。
4回の結婚をし、その内3人が自殺している。1987年、自らも「許して下さい、人生は辛すぎる」とウィスキーをあおり睡眠薬自殺した。
モンマルトルには、ダリダ広場がある。
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コメント
いろんなジャンルを紹介してくれるので、楽しみです。
それにしてもミステリアスな女性ですね。周りの人がそんなに自殺していくなんて、すごい人生
投稿 まゆクー | 2008年5月24日 (土) 13時20分
まゆクー様
有難うございます♪
アマリア・ロドリゲス繋がりで記事にしてみたのですが・・やはりアーティストは数奇な人生を送るものなんでしょうか・・
投稿 時雨 | 2008年5月25日 (日) 17時07分