« 映画43・・ブルーベルベット | トップページ | 本17・・ノルウェイの森 »

2008年11月20日 (木)

本16・・存在の耐えられない軽さ

存在の耐えられない軽・・ミラン・クンデラ著

K36799741永劫回帰(人生が限りなく繰り返される)の世界では、我々の動き一つ一つに耐え難い責任の重さがある。ニーチェがその考え方を最も重い荷物と呼んだ理由がそこにある。もしそれが最大の重荷であるとしたら、人生というものはその状況の下では素晴らしい軽さとして現れる。重い荷物は我々を粉々にし、その下敷きにし地面にと押さえつけるが、それは同時に最も充実した人生の姿でもある。何故なら、いっそう現実的となりより真実味を帯びてくるからである。その重みが欠けていると、人間は空気より軽くなり地面や地上から遠ざかり、半ば現実感を失い動きは自由であるが無意味となる。古代ギリシャの哲学者パルメニデースは、全世界が二つの極に二分されていると考え、軽さが肯定的であり重さが否定的であると言った。軽さと重さの対立は、もっともミステリアスで多義的である。

ソ連が占領し始めたプラハ。優秀な外科医トマーシュを出張先の片田舎で出会ったテレザが訪ねて来、その後彼女の不安と苦しみを和らげるために結婚。彼は、自立した奔放な絵描きのサビナを始め数々の女性遍歴を繰り返す。多くの女性を追う男には二つのカテゴリーがある。一つは、どの女にも自分固有の夢を探し求め、理想を追い裏切られることの繰り返し(叙情的)。もう一つは、客観的な女の世界の無限の多様性を得たいという、単に興味の対象で失望がないため救いがなくマニアックになる(叙事的)。トマーシュは後者に当る。トマーシュは、体制の矛盾(無実の人々を告発し処刑)をオイディプス(通じた女が母と知り、罪を意識し自罰)の例になぞらえ新聞に投稿、それを撤回しなかったためプラハの大病院から田舎の診療所へ。ラスト近く、テレザは自責の念に締め付けられる。彼を、先へ行けば行くほど低い所へおびき寄せ引きずり回してきたことに気付いて。二人はもうこの村から出て行けない、外国へ出て行くことは許されず、プラハへ戻る道も見つからず、そこでは誰も二人に仕事を与えられない。今までずっと彼に対し自分の弱みを悪用してきた、と。人は皆、力を罪と見做し弱さを罪無き犠牲と見做す傾向があるが、彼女の弱さは攻撃的で、彼を絶えざる降伏へと強制し不実だとなじり続け、終にはその強さをも奪ったのである。

|

« 映画43・・ブルーベルベット | トップページ | 本17・・ノルウェイの森 »

」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/414154/25458953

この記事へのトラックバック一覧です: 本16・・存在の耐えられない軽さ:

« 映画43・・ブルーベルベット | トップページ | 本17・・ノルウェイの森 »