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2008年11月

2008年11月24日 (月)

本17・・ノルウェイの森

ノルウェイの森・・村上春樹著

10637歳の主人公ワタナベは、ハンブルク空港に着陸する飛行機 の中で、流れ始めたビートルズの「ノルウェイの森」を聞き激しく混乱。これまでに失ってきた時間・去って行った人々・戻ることのない想いを振り返る。

18年前、草原の風景と井戸の話をする直子。深く暗い井戸。彼女は、自分の事を忘れないで欲しいと。愛してさえいなかったはず。

高校2年の春、友人のキズキの恋人であった直子と出会う。いつも3人で遊んだが、1年後の5月、2人でビリヤードをした後キズキが車の中で排気ガス自殺。直子とは別々の大学に進み、キズキの死後1年振りに電車の中で再会。その後2人は日曜毎に会う。学生寮で2歳年長の永沢。その恋人のハツミ。直子の20歳の誕生日、ケーキを買い彼女のアパートへ。止めど無く話し泣く直子。その夜、ワタナベは直子を抱く。いなくなる直子。同学の緑と出会い彼女の家へ。直子が精神療養所にいることが判り会いに。直子と同室の、ピアニストを目指したレイコは部屋でギターを弾く。「ノルウェイの森」は直子のお気に入り。直子は、キズキと自分は無人島で裸で育った子供のようなもので、社会とのリンクがワタナベだったと語る。直子の姉も自殺をしていて、発見したのが直子だった。寮に戻り、緑の父を見舞うが数日後死亡。頭は良いが特異な性格の永沢を愛しているが、自分を理解しようとしない彼に苛立つハツミ。永沢とハツミは就職後別れ、彼女は別の男と結婚するも2年後に手首を切って自殺。落ち込む緑を、抱いて寝かし付けるワタナベ。再び直子を訪ね、寮を出て2人で暮らしたいと。20歳になり、お互いに寮を出る永沢から、自分に同情するのは下劣な人間のすることだと。連絡を怠り緑が疎遠に。直子の病気が悪化。会っても上の空のワタナベに傷付けられる緑。緑と姉はアパート暮らしを。レイコへの手紙に、直子を愛しているが緑に心を動かされると書く。レイコから、ベストを尽くしても人は傷つきもする、幸せになれるのならそれを掴むようにとの返事。直子が首吊り自殺。緑に訳も話せず待ってくれと言い、当てのない旅に。キズキの死で学んだこと「死は生の対極にあるのではなく、生の内に潜んでいる」。その真理さえも、直子を喪った哀しみを癒せない。1ヶ月後戻るが、緑に電話も出来ず部屋に閉じこもる。レイコが訪ねて来、直子がいなくなったので療養所を出て旭川の友人の所で音楽教室を手伝うと。レイコは、立ち直れないワタナベと直子の葬式をやり直すためギターを弾き、2人で飲む。レイコと寝る。

翌日、レイコを見送った後、緑に電話。2人でやり直したいと。今何処かと問われ、周りを見回すが自分が何処にいるのか判らない・・

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2008年11月20日 (木)

本16・・存在の耐えられない軽さ

存在の耐えられない軽・・ミラン・クンデラ著

K36799741永劫回帰(人生が限りなく繰り返される)の世界では、我々の動き一つ一つに耐え難い責任の重さがある。ニーチェがその考え方を最も重い荷物と呼んだ理由がそこにある。もしそれが最大の重荷であるとしたら、人生というものはその状況の下では素晴らしい軽さとして現れる。重い荷物は我々を粉々にし、その下敷きにし地面にと押さえつけるが、それは同時に最も充実した人生の姿でもある。何故なら、いっそう現実的となりより真実味を帯びてくるからである。その重みが欠けていると、人間は空気より軽くなり地面や地上から遠ざかり、半ば現実感を失い動きは自由であるが無意味となる。古代ギリシャの哲学者パルメニデースは、全世界が二つの極に二分されていると考え、軽さが肯定的であり重さが否定的であると言った。軽さと重さの対立は、もっともミステリアスで多義的である。

ソ連が占領し始めたプラハ。優秀な外科医トマーシュを出張先の片田舎で出会ったテレザが訪ねて来、その後彼女の不安と苦しみを和らげるために結婚。彼は、自立した奔放な絵描きのサビナを始め数々の女性遍歴を繰り返す。多くの女性を追う男には二つのカテゴリーがある。一つは、どの女にも自分固有の夢を探し求め、理想を追い裏切られることの繰り返し(叙情的)。もう一つは、客観的な女の世界の無限の多様性を得たいという、単に興味の対象で失望がないため救いがなくマニアックになる(叙事的)。トマーシュは後者に当る。トマーシュは、体制の矛盾(無実の人々を告発し処刑)をオイディプス(通じた女が母と知り、罪を意識し自罰)の例になぞらえ新聞に投稿、それを撤回しなかったためプラハの大病院から田舎の診療所へ。ラスト近く、テレザは自責の念に締め付けられる。彼を、先へ行けば行くほど低い所へおびき寄せ引きずり回してきたことに気付いて。二人はもうこの村から出て行けない、外国へ出て行くことは許されず、プラハへ戻る道も見つからず、そこでは誰も二人に仕事を与えられない。今までずっと彼に対し自分の弱みを悪用してきた、と。人は皆、力を罪と見做し弱さを罪無き犠牲と見做す傾向があるが、彼女の弱さは攻撃的で、彼を絶えざる降伏へと強制し不実だとなじり続け、終にはその強さをも奪ったのである。

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2008年11月13日 (木)

映画43・・ブルーベルベット

ブルーベルベット(1986・アメリカ)

51nu2f4esbl_2監督・デヴィッド・リンチ、出演・カイル・マクラクラン、イザベラ・ロッセリーニ、デニス・ホッパー・・

赤い薔薇、青い空、白いフェンス。ボビー・ヴィントンの「ブルーベルベット」が流れる。ノースカロライナ州郊外の閑静な町ランバートン。都会の大学に通っていたジェフリー(マクラクラン)は、父親の急病で帰郷。父を見舞った帰り、野原で切り取られた片耳を発見。父の知り合いのウィリアムズ刑事に届ける。その娘のサンディから、その耳が町のアパートに住む歌手ドロシー(ロッセリーニ)に関係すると聞かされ、ジェフリーはドロシーのアパートに忍び込む。彼は、次第に静かな街の裏にある官能と倒錯の世界へ。サンディとクラブに行き、ドロシーの歌う「ブルーベルベット」を聴く。再びドロシーの部屋に忍び込んだ彼は、ドロシーと、フランク(ホッパー)が卑猥な言葉を喚き、酸素吸入器を使い青いベルベットを咥えつつ彼女を犯す様子を覗き見る。フランクの後を追け、彼が黄色の服の男と会うのを見る。ドロシーの夫と息子を人質に捕っているフランク。ジェフリーはドロシーと扇情的な愛を交わすが、フランクに見つかり仲間の店に連れて行かれ、そこにはドロシーの息子が監禁されていた。翌日ジェフリーは警察に行き、黄色の服の男がゴードン刑事だと知る。サンディとパーティーから戻ると、裸のドロシーが。ドロシーの部屋で耳の無い男とゴードンの死体を発見。そこに現れたフランクを射殺。

長閑な町を舞台にした殺人、脅迫、倒錯。耽美と退廃の世紀末世界観。

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2008年11月10日 (月)

本15・・西行の歌・・

西行の歌・・

西行(1118~1190)旧2/16、新3/29 

僧侶で歌人。23歳で出家。その後は心の趣くまま諸所に草庵を営み、諸国を巡り、漂泊の旅に出、多くの和歌を残す。「吾妻鏡」に途次に源頼朝に面会したことが記される。73才で没。

☆願わくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ(山家集)

☆しみじみと人の命の儚さを秋訪れて思う夕暮れ

☆春風の花を散らすと見る夢は覚めても胸のさわぐなりけり

☆にわかにも風の涼しくなりぬるか秋たつ日とはむべもいいける

☆風にたなびく富士の煙の空にきえて行方もしらぬわが思ひかな

☆梢うつ雨にしをれて散る花の惜しき心を何にたとえむ

☆風に散る花の行方は知らねども惜しむ心は見にとまりけり

☆散るを見て帰る心や桜花むかしに変わるしるしなるらむ

☆いざ今年散れと桜を語らはむ中々さらば風や惜しむと

☆惑ひきて悟り得べくもなかりつる心を知るは心なりけり

☆雲にまがふ花の下にて眺むれば朧に月は見ゆるなりけり

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2008年11月 6日 (木)

機織り・・その21

08091432_0025枚で3セット(+無地1本)の、その2の②

エ霞(えがすみ)の中に、縦枠・観世水・蔓草・地紋(沙綾型)をあしらったもの。色使いを淡く地味に同系色で纏めたので、製作中も見難くて手間が掛かった。織人泣かせでも、一番先に売れていくタイプのもの。

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