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2009年4月

2009年4月30日 (木)

映画58・・ブーベの恋人

ブーベの恋人(1963・イタリア)

51rrqyqm8wl原作・カルロ・カッソーラ、監督・ルイジ・コメンチーニ、出演・クラウディア・カツディナーレ、ジョージ・チャキリス、マルク・ミシェル・・

走る列車、車窓に女の横顔。二週間に一度、マーラ(カルディナーレ)はブーベ(チャキリス)に逢いに行く・・回想が始まる・・

1944年、ファシズムの傷跡が濃厚に残る、北イタリアの田舎町。マーラの家をブーベが訪れる。終戦で故郷に帰る途中、マーラの異父兄の最後を報告するため。ブーベとマーラの兄はファシスト党と戦うパルチザンの闘士だった。ブーベはマーラにパラシュートの絹布を送る。その後の数ヶ月文通が続き、冬になってマーラのもとを訪ねるが、マーラの気持ちも確かめず、父親から婚約の許しを貰って帰る。再び数ヵ月後、仲間を撃った憲兵の息子を射殺したため追われる身に。マーラを連れて故郷に帰るが、隠れ家の廃墟にも危険が迫り、彼は独りユーゴに逃亡。長い間ブーべからの便りが無く、父の家に居辛くなったマーラは、街の友人を頼り働き始める。やがて、マーラに真面目なボーイ・フレンドのステファノ(ミシェル)が。一年経ち、ブーベはユーゴ政府によってイタリアに送還、裁判を受けることに。マーラは、ブーベが無罪になればブーベから解放されると、偽証しようとするが法廷で嘘が付けず、ブーベは14年の刑。

ブーベは硬派で、逢っても党(共産党)の話ばかり。ゲリラ活動に忙しく、手紙の内容も仕事や党活動のこと。それでもブーベを待つ生活を選んだマーラのひたむきさが、本来の明るさや凛々しさに・・過ぎた7年と、これからの7年を想うマーラの瞳が涼しく、音楽は切ない。

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2009年4月27日 (月)

映画57・・太陽と月に背いて

太陽と月に背いて(1995・イギリス)

O0353050010966182663監督・アグエスカ・ホランド、出演・レオナルド・ディカプリオ、デヴィッド・シューリス、ドミニク・ブラン・・

19世紀フランス、象徴主義の詩人ランボーとヴェルレーヌの軌跡。

若く美しく才気溢れるランボー(ディカプリオ)、酒に溺れると凶暴になる、初老の内気なヴェルレーヌ(シューリス)。2人の出会い、2年に渡る同性愛の日々、その果ての別離と破滅。その後ランボーがアフリカへの放浪の旅に出、孤独な死を迎えるまでが描かれる。

2人の愛と残酷さ、インスピレーションと敵対心、和解と決別。才能を持ちながら無節操で残酷なランボー。ランボーに引き込まれるが、芸術家の内面に於ける創造と破壊の葛藤に揺れるヴェルレーヌ。

ランボーの妹イザベル(ブラン)がヴェルレーヌを訪ね、兄の遺稿を返して欲しいと告げ、物語が始まる。16歳のランボーがヴェルレーヌを頼ってパリに来たが、傍若無人な奔放さで妻とその両親の反感を買い追い出される。ヴェルレーヌが彼の住まいを手配し恋愛関係に。2人はロンドンに渡り、大英博物館で詩作するランボーと、生活費の工面に追われるヴェルレーヌの仲は次第に崩壊。ある時、別離の言葉で逆上したヴェルレーヌが、ランボーに銃を向けその手を撃つ。この事件の審問で男色が明らかになり、2年の懲役。その間、ランボーは散文詩集「地獄の季節」を完成し断筆。その後再会するが、ヴェルレーヌは家族の元へ、ランボーはアフリカへ・・イザベルの去った後、彼女の名刺を破り捨てるヴェルレーヌは、かつての若き天才との想い出を辿る。

ランボー・・骨肉腫が悪化し右足を切断。その後、癌が全身に転移し37歳で夭折。臨終を看取ったのは妹イザベル。

アブサン・・苦蓬などの薬草酒でアルコール濃度が60~70%と高く、緑色で水を混ぜると白く濁る。芸術家の口をして緑色の詩神と呼ばれ、この2人や、ゴッホなども浴びるように飲んだ。

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2009年4月25日 (土)

本36・・罪と罰

罪と罰・・フョードル・M・ドストエフスキー著

201021頭脳明晰だが貧しい元大学生のラスコーリニコフ。理論に因り金貸しの強欲狡猾な老婆を殺すが、来合わせたその妹まで殺害してしまい、罪の意識が増長し心身共に病んで行く。

その理論とは、人類は凡人と非凡人に分かれ、大多数は凡人で現行秩序に従う義務があるが、選ばれた少数の非凡人は人類の進歩のために新しい秩序を作る人で、現行秩序を踏み越える権利を持つというもの。この理論で、終局的に人類の福祉に貢献するなら虱のような金貸しの老婆を殺す事くらい罪ではない、自分にはその権利があると妄信、彼を殺人に追い詰める要因(社会的貧困、病気、孤独、妹ドーニャの犠牲的結婚を知らせる母の手紙)が重なり、偶然もあり完全犯罪に近い殺人を犯す。スヴィドリガイロフは、現在を否定し、未来に展望を持たぬ絶望的なニヒリスト。悪徳の化身のようなこの男に、自分の思想の反映を見て動揺するラスコーリニコフ。スヴィドリガイロフを救えるのはドーニャだけだが、この愛に破れドーニャを解放した後、再び闇に閉ざされ自殺し、ニヒリズムの行き着く先が暗示される。貧しく家族のために身を堕としているソーニャの理論とは、愛と犠牲によって身近の人間を自分の道へ引き込み、自分の周りに正義を広めるというもの。二人は逆方向から同じ目的を目指していた。唯一人の道連れであるソーニャを失えないラスコーリニコフは、ソーニャの愛に負けて自白。シベリアの流刑地で囚人達の間に身を置いて、ソーニャの信念に負けるのである。

人間の本性を忘れた理性だけによる改革が、人間を破滅させると説く。

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2009年4月23日 (木)

映画56・・フロム・ヘル

フロム・ヘル(2001・アメリカ)

201203181355168ee原作・ アラン・ムーア、監督・アルバート&アレン・フューズ、出演・ジョニー・デップ、ヘザー・グレアム、イアン・ホルム・・

切り裂きジャックを題材とする。

1888年、ロンドン。メアリー(グレアム)と仲間達は、ホワイトチャペルで娼婦をしながら生きている。ある夜、仲間の1人が襲われ喉を掻き切られて殺され、次々と犠牲者が・・

捜査に当るアバーライン警部(デップ)は、2年前に妻子を亡くして以来、アヘンの幻覚(予知能力も顕現)に癒しを求める。肝心の捜査は、上司のウォーレン卿などの妨害でなかなか進まない。娼婦好きだった王子クラレンス公は、メアリーの仲間と結婚し子を設けるが何者かに連れ去られ、妻はロボトミー化され子は孤児院へ。ヴィクトリア女王と侍医のサー・ウィリアム(ホルム)は王子の梅毒を懸念、それによって自分の名誉が落ちたと感じたサー・ウィリアムが、娼婦達を処刑。使命を果たしたサー・ウィリアムが、暴露を恐れた背後のフリー・メイソンの仲間からロボトミー手術を施され廃人に。事実でなくとも事件は決着、仲間の子を連れ移り住んだメアリーに、追っ手が掛からぬよう彼女のもとへ行けないアバーラインはアヘン窟で死ぬ。

昼夜で異なる顔を持つロンドンの下町。娼婦が暖を取るパブ、警部が現実逃避するアヘン窟、横たわる死体や冷え冷えとしたモルグ、高価な葡萄におびき寄せられる娼婦達、ランタンの緑のおぼろな光、あの世への渡し賃の2枚の銅貨・・

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2009年4月18日 (土)

機織り・・その26

090412_00509年、展示会用作品。

大小の菱に道長の綾織り。地糸はベージュ、地味な色目。

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2009年4月17日 (金)

映画55・・マーサの幸せレシピ

マーサの幸せレシピ(2001・ドイツ)

20111監督・サンドラ・ルッテルベック、出演・マルティナ・ゲディック、セルジオ・カステリット、マクシメ・フェルシテ・・

完璧な女性シェフ、マーサ(ゲディック)のレシピには一つだけ欠けているものが・・

ドイツのハンブルグ、洒落たフランス料理店。父親から料理を教わり、一流のシェフとして働くマーサの料理は芸術的。しかし、オーナーには「街で二番目のシェフ」と称され、セラピーに通うことを強制される。毎日の生活に欠かせない食という仕事に携わりながら都会でシングル生活を送るマーサが、新しい人生に向き合い幸せを探るさまを、ほろ苦く暖かく描く。

シングルマザーの姉の死で、8歳の姪リナ(フェルシテ)と暮らし始めるが、マーサの料理に手も出さず、心を閉ざすリナ。几帳面なマーサと違い、人生を楽しむ主義のイタリア人シェフ、マリオ(カステリット)の到来で、店の雰囲気がガラリと変わる。料理という小さな世界しか知らなかったマーサが、自分の人生のレシピに欠けていた、人間らしいコミュニケーションの大切さに目覚めていく。仕事で成功するも、私生活では他人に上手く心を開けず、愛情表現に不器用。料理は得意でも自分の食には無関心。自分とは正反対のマリオに不快感を感じるが、リナは彼のパスタは食べるのだ。マリオはマーサに敬意を払うが、愛情と自信に溢れた料理作りをする。自然体のマリオに、次第にマーサも心を開く。マリオがリナの父親を探してくれ、リナはイタリアに引き取られるが、リナのいない寂しさに仕事も手に付かず、迎えに行き大団円。

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2009年4月16日 (木)

本35・・アンナ・カレーニナ

アンナ・カレーニナ・・レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ著

511z5d9nsxl__sx230_「幸福な家庭は皆同じように似ているが、不幸な家庭はそれぞれに不幸の様を異にしている」

19世紀末ロシア。ペテルブルグ駅で列車事故に遭遇し、運命の悪戯のように出逢うアンナとヴロンスキー。この二人とリョーヴィン、キチイのカップルが基となる。男女の愛や情熱だけで無く、取り巻く多くの家族や社会が絡まる。

自身の領地で農事経営をするリョーヴィンは可憐なキチイに結婚を申し込むも、当時ヴロンスキー(伯爵で青年将校)に惹かれていたキチイは断る。ヴロンスキーのキチイへの思いは真剣ではなく、偶然知り合ったアンナに心を奪われる。一年後、傷心していたキチイとリョーヴィンは再会し結婚。アンナの夫カレーニンは貴族の高級官僚だが、既に彼女の心は夫に無くヴロンスキーと恋に落ちる。ヴロンスキーの子を宿したアンナは夫に告白、夫と息子を捨てヴロンスキーの下に走る。出産時、生死の境をさ迷うアンナの所にカレーニンが駆けつけ全てを許そうとする。それを知ったヴロンスキーは拳銃自殺を図る。全快したアンナとヴロンスキーはヨーロッパへ。当時の社交界では陰での不倫は認め合う風潮があったが、不貞を隠そうともしないアンナに周囲の視線は冷たい。思うように事が運ばないと自制心を失うアンナは、自らが離婚もせずヴロンスキーとの関係を続けておきながら、神経をすり減らし二人の間の子さえ愛そうとせず嫉妬に狂う。ヴロンスキーも次第に持て余し距離を置く。対照的に、夫の心を察し良く務めるキチイと、悩み(農事経営、信仰、政治、家族関係)ながらも成長していくリョーヴィンは幸せに暮らして行く。

ヴロンスキーの端正な冷淡さ、アンナの兄オブロンスキー(キチイの姉の夫でもある)の不実の陰にある良心、カレーニンの面子を貫く社会的倫理観。追い詰められたアンナは列車に飛び込み自殺。カレーニンはヴロンスキーとの子も引き取り育て、ヴロンスキーは戦地へ・・

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2009年4月 2日 (木)

映画54・・スタンド・バイ・ミー

スタンド・バイ・ミー(1986・アメリカ)

86693013a0a806406baa6d186a06264f原作・スティーヴン・キング、監督・ロブ・ライナー、出演・ウィル・ウィートン、リバー・フェニックス・・

ベン・E・キングの主題化がリバイバルヒット。

小さな町キャッスル・ロック。それぞれに傷を持つ12歳の少年4人が、線路伝いに死体探しをする冒険を描く。

作家ゴードン・ラチャンスは「弁護士クリストファー・チェンバーズ刺殺される(酔っ払いの喧嘩の仲裁で)」の新聞記事を目にし、遠い過去の日を想い出す。クリスは親友であった。

田舎町で、ゴーディ(ウィートン)、クリス(フェニックス)、テディ、バーンの4人は、性格も個性も違うがウマが合い、いつも一緒に遊んでいた。木の上に組み立てた秘密小屋に集り、煙草を吸ったりカードをしたり、少年期特有の連帯感で結ばれていた。数日来行方不明の少年が、30k先の森の奥で列車に撥ねられ死体が野曝しになっていると聞き、死体を見つければ英雄になれると・・

出来過ぎた兄の死で父親に冷たくされたり、家族のせいで自分まで悪いレッテルを貼られたり、精神を病む父親に虐待されたりと、多感な時期の心理や友情が描かれる。早く大人になりたいという純粋な気持ち。大人になる度に何かを失っていく現実の虚無感。

彼等は少年の死体を見つけ、直ぐ後に車でやって来た不良等と一悶着あり、数日後にそれぞれがこっぴどくシバかれた・・たった2日間の留守で、戻った町を小さく感じる少年達。

バーンはスラムのアパートで焼死、テディは悲惨な自動車事故死。落ちこぼれとされていたクリスは必至の挽回で大学に進み、法学部の修士課程2年目だった・・

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