« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月

2009年9月30日 (水)

映画130・・おくりびと

おくりびと(2008・日本)

Asby4336

監督・滝田洋二郎、出演・本木雅弘、広末涼子、山崎努、余貴美子・・

本木雅弘が遺体を清め棺に納める“納棺師”を真摯かつ繊細に演じるドラマ。ひょんなことから納棺師となった主人公が、特殊な仕事に戸惑いながらも次第にその儀式に大きな意義を見出していく姿と、故人を見送る際に繰り広げられる様々な人間ドラマをユーモアを織り交ぜ描き出している。チェロ奏者の大悟は、所属していた楽団の突然の解散を機にチェロで食べていく道を諦め、妻(広末涼子)を伴い、故郷の山形へ帰ることに。さっそく職探しを始めた大悟は、“旅のお手伝い”という求人広告を見て面接へと向かう。しかし旅行代理店だと思ったその会社の仕事は、“旅立ち”をお手伝いする“納棺師”というものだった。社長の佐々木(山崎努)に半ば強引に採用されてしまった大悟。世間の目も気になり、妻にも言い出せないまま、納棺師の見習いとして働き始める。ラスト・・幼い頃父親に捨てられ母親に苦労して育てられた主人公は、父親の死の知らせに戸惑うが、妊娠中の妻と共に父親の最後の顔を見に行き、納棺士として務めるが、そこで父の手の中に父親との僅かな思い出の「石文(いしぶみ)」を見出す。初めは納棺師という職業に理解を持てないが、夫の仕事ぶりを見てから寄り添っていく広末涼子・・最近いい!?

| | コメント (0)

2009年9月28日 (月)

本86・・メリメ怪奇小説選

メリメ怪奇小説選・・プロスペル・メリメ著

51pqc2bva1yl__sl500_aa240_

☆ドン・ファン異聞・・一生を放蕩無頼に送った例のドン・ファンとは別に、ある奇怪な出来事を転機に半生を烈しい改悛に生きたもう一人のドン・ファンがいたのだと語る本編。親の教育から離れた途端、破戒無残の不信者になっていたドン・ファンが、由緒正しい貴族の生まれでありながら、豪放洒脱な友人に薫陶され放蕩と不信心に傾いていくが・・夢現に、戦さで亡くした上官や友または無頼に手に掛けた人々が現れたり己の生々しい葬列を見ることで、送ってきた半生に慙愧し悔い改めるという筋書きである。両親亡き後の莫大な遺産を全て手放し修道院で生涯を閉じる。

| | コメント (0)

2009年9月24日 (木)

映画129・・ドクトル・ジバゴ

ドクトル・ジバゴ(1965・アメリカ)

D112721193

原作・ボリス・パステルナーク、監督・デヴィッド・リーン、出演・オマー・シャリフ、ジュリー・クリスティ、ジェラルディン・チャップリン、トム・コートネイ、アレック・ギネス・・

ロシア革命を背景に1人の男の生涯を描いた文芸作品で、4時間近くの大作。

19世紀末のロシア。ユーリー・ジバゴ(シャリフ)は、医学の勉強を続けるかたわら詩人としても知られるようになった。幼い頃両親を失い、科学者グロメーコにひきとられた彼は、その家の娘トーニャ(チャップリン)を愛していた。2人の婚約発表のパーティーの日、近所の仕立屋の娘ラーラ(クリスティー)は、母親の愛人である弁護士のコマロフスキーから関係を強要され、彼から逃れるため彼に発砲するという事件を起こした。彼女は帝政打倒の革命に情熱をもやす学生パーシャ(コートネイ)を愛していた。1914年、ロシアは第1次大戦に突入し、ジバゴは医師として従軍した。戦場で看護婦として働らくラーラに再会した彼は、彼女がすでにパーシャと結婚したのを知り、自分もまた家庭を持っていたが、ラーラへの愛をどうすることもできなかった。それにパーシャは戦死したとの報告も入っていた。その頃ロシアは内戦が激しくなり、ジバゴはモスクワの家族のもとへ帰るが、革命軍の手に帰したモスクワは飢えと物資の不足にあえいでいた。ジバゴが革命軍のリーダーである義兄のエフグラフ(ギネス)に初めて会ったのはその頃だった。義兄の勧めもあって、家族と田舎で暮らすことにした彼は、旅の途中で白軍のスパイと間違えられ、赤軍の将校に尋問された。この将校は、戦死と報じられていたパーシャだった。彼は変わりはて、今や革命への狂信以外、何もない男になっていた。ラーラとの愛も再燃した田舎での生活、ジバゴにとっては幸せの日が続いたが、ある日突然、彼はパルチザンの1隊にとらえられた。妻に2人目の子供が生まれると知り、ラーラと別れる決心をした直後のことだ。しかし彼は脱走し、ラーラのもとに帰ったが、2人の関係を知った妻が、子供をつれてパリに亡命したと告げられた。今や亡命者の夫となったジバゴと、すでに追放の身となっていたパーシャの妻ラーラの前に、コマロフスキーが現れた。彼は2人に危険がせまっていると再三話し、ついに身重のラーラをつれて極東に去った。8年後、ジバゴはモスクワの市街電車の中で、ラーラを見かけ、必死に追ったが心臓病もあって即死してしまう。エフグラフはジバゴの葬式に現れたラーラにジバゴとの間の娘の捜索を頼まれるが、その後姿を消した彼女は強制収容所で死んだとの風の便りが。時が過ぎ、エフグラフはダムの建築現場で働く若い娘(リタ・トゥシンハム)に出会った。彼女は、ジバゴとラーラの間にできた私生児だ。彼は両親のことを話してきかせ、ジバゴの詩集を贈り言った。「彼の仕事は党には容れられなかったが、詩を愛する人は彼を忘れない。彼ほど詩を愛した者はいなかった」と。

| | コメント (0)

2009年9月22日 (火)

本85・・手紙

手紙・・サマセット・モーム著

01823343_2人種の坩堝のシンガポール。十中八九まで正当防衛と見られた殺人事件が、1通の手紙の発見によって新局面が展開されるが、結局1万ドルでそれを買い戻し、事件は闇へ葬られる。美人ではないが人を惹きつけるレズリーと呼ぶ女の恐ろしい罪とは・・ 熱帯に咲いた怪しい花、狂い咲きを強いられた憐れにも激しいイギリスの一輪の花。その「悪魔のような激情」「恐ろしい仮面」と、見た目とのギャップ。夫を欺き続け、嫉妬に狂い愛人を6発もの弾丸で射殺した後の正当防衛の主張。一見尋常そうな女の、恐るべき潜在性がしたたかに描かれる。

| | コメント (0)

2009年9月20日 (日)

絵画33・・イワン・ニコライェーヴィチ・クラムスコイ

イワン・ニコライェーヴィチ・クラムスコイ(1837~1887)

ロシアの貧しい小市民階級の出身。1857年から1863年までペテルブルク美術アカデミーに学ぶ。「移動展覧会協会」(もしくは「移動派」)の主要な創設メンバーの一人であり、その理想主義者であった。1863年から1868年まで、実用芸術奨励協会・絵画教室の教員となる。美術における民主志向や、美術についての鋭い判断、客観的かつ公的な芸術の評価基準についての粘り強い探究心は、19世紀後半のロシアにおける民主主義的な芸術や芸術理念の展開に本質的な影響をもたらした。

Photo_2Photo_3Photo_4 

| | コメント (2)

2009年9月18日 (金)

本84・・テレーズ・デスケルウ

テレーズ・デスケルウ・・フランソワ・モーリアック著

4132b81saxl__sl500_aa240_

ランド地方ボルドー。酷熱の夏と秋冬の霖雨・・荒涼たる松林を吹きぬける烈風に唆されたように、何故? と問われても答えられぬ不思議な情熱に誘われて、テレーズは夫を殺して自由を得ようとするが果たせず、しかも夫に別離の願いを退けられる。情念の世界に生き、孤独と虚無の中で枯れ果ててゆく女テレーズを、モーリアック独特の精緻な文体で描き、無神の世界に生きる人の心を襲う底知れぬ不安が宗教的視野で綴られている・・体面のみを重要視する周囲に、自由無く、煙草の煙の中で虚無と向き合っていたテレーズは、やっとパリでの自由に漕ぎつける。テレーズは思う「私がだいじに思うのは、石造の建物ばかりの町でもなければ、講演会でも、美術館でもない。そこに動いている生きた林が、私にはたいせつなのだ。どんな嵐よりも猛威をふるう情熱が穴をあける林。夜のアルジューズの松林のうめきが私の心を動かしたのは、それが人間の“うめき”としか聞こえなかったからではないのか」と。

| | コメント (0)

2009年9月15日 (火)

本83・・肉体の悪魔

肉体の悪魔・・レイモン・ラディゲ著

209402

原題は「魔に憑かれて」

ラディゲは、1903~1923の20年で短い生涯を閉じている(腸チフスで病死)。

17才にして、少年期から青年期に移ろうとする、まだ固定した状態になっていない時期の魂を描き、外面的な自然描写は少なく内面的な心的風景を表現した。青年期の複雑な心理を、ロマンチシズムヘの耽溺を冷徹に拒否しつつ仮借なく解剖している。第一次大戦のさなか、賢くも、戦争のため放縦と無力に陥った少年と若き人妻との恋愛悲劇を、ダイヤモンドのように硬質で陰翳深い文体によっている。身ごもったマルトが出産後突然亡くなるなど、結末はともかく、自伝的要素の強い作品。年上の女性との恋愛、その場合の男性のエゴイズム、そのエゴイズムの犠牲となる女性の死・・

| | コメント (0)

2009年9月14日 (月)

本82・・人間ぎらい

人間ぎらい・・モリエール著

205901

劇作家でも役者でもあった作者の舞台劇。

主人公のアルセストは世間知らずの純真な青年貴族であり、虚偽に満ちた社交界に激しい憤りさえいだいているが、皮肉にも彼は社交界の悪風に染まったコケットな未亡人、セリメーヌを恋してしまう。誠実であろうとするがゆえに俗世間との調和を失い、恋にも破れて人間ぎらいになってゆくアルセストの悲劇を、涙と笑いの中に描いた、作者の性格喜劇の随一とされる作品で自らも演じている。他に「ドン・ジュアン」(ドン・ファンのことで、フランス語ではジュアン)など。

| | コメント (0)

2009年9月13日 (日)

映画128・・ジャンヌ・ダルク

ジャンヌ・ダルク(1999・アメリカ)

51iw7hf7xpl__sl500_aa240_

監督・リュック・ベッソン、出演・ミラ・ジョヴォヴィッチ、ジョン・マルコヴィッチ、フェイ・ダナウェイ、ダスティン・ホフマン・・

15世紀、英仏百年戦争下のフランス。小さな農村に生まれた信仰深い少女ジャンヌ(ジョヴォヴィッチ)は英国軍に両親と姉を殺され、親戚のもとに引き取られた。17才のある日、教会で神の声を聞いた彼女は、自分が神の使者であると確信する。シノンの城で王太子シャルル(マルコヴィッチ)に謁見。自分は神の使者だと語るジャンヌに国母ヨランド・ダラゴン(ダナウェイ)と重臣らは不安を抱きつつも、彼女に軍を率いることを許す。白い甲冑に身を固めたジャンヌはデュノア伯ジャン(チェッキー・カリョ)らが待つ前線に向かい兵士を鼓舞、みごとに勝利した。英国軍との激戦のさなか、ジャンヌは矢に胸を貫かれながらも命をとりとめ、英国軍を退却させた。この勝利で王太子はシャルル7世として即位。その間もジャンヌは進撃を続けたが、ヨランドらはジャンヌの人気を危惧し、彼女を裏切って敵に売ろうとしていたため、軍は疲弊。気づくと、ジャンヌは国内の敵たるブルゴ-ニュ派の黒頭巾の謎の男(ホフマン)の手中に落ちて、囚われの身となっていた。異端審問にかけられ、一度は改悛の宣誓書を書かされたジャンヌだが、やがて良心が打ち勝ち、彼女は宣誓を拒否。かくして1431年ルーアンでジャンヌは火刑台に上り、19歳の生涯を閉じるのだった。ここでは、黒頭巾の男がジャンヌの良心を現している。

| | コメント (0)

2009年9月12日 (土)

本81・・愛の砂漠

愛の砂漠・・フランソワ・モーリアック著

41y49fywx8l__sl500_aa240_高名な医師ポール・クーレージュと、その18才になる息子サイモンが、同時に町の有力者の愛人である未亡人マリア・クロスの虜になる。モーリアックの生地でもある地方都市ボルドーの風土を舞台に、男と女を決定的に隔て、それぞれ孤立した人間の心の暗部を描いている。物語は、愛情の豊かな結実ではなく葛藤と崩壊のみがあり、まさに砂漠の場と化して混濁し続けている。

| | コメント (0)

2009年9月11日 (金)

映画127・・フランス軍中尉の女

フランス軍中尉の女(1981・アメリカ)

D112575221

監督・ カレル・ライス、出演・メリル・ストリープ、 ジェレミー・アイアンズ、リンジー・バクスター、デビッド・ワーナー、 レオ・マッカーン、シャーロット・ミッチェル・・

英国ビクトリア朝時代に“フランス軍中尉の女"とさげすまれた一人の女性の愛の物語を現代の俳優が演じるという二重構造のラブ・ストーリー。

考古学研究のために、イングランド南西部の小さな漁村ライム・レジスに滞在中の考古学者チャールズ(アイアンズ)は、地元の権力者の娘アーネスティナ(バクスター)と婚約し、早速彼と共に海岸線へと散歩に出た。荒波が吹きよせる埠頭の先端に人影を見るチャールズ。「あれがサラ・ウッドラフ(ストリープ)、フランス軍中尉の女よ」。アーネスティナが冷やかに言った。黒マントの女サラは、蒼白で悲しみに沈んだ表情をしていた。その日から、チャールズの胸裏にサラのことが焼きついていった。一方、雇い主に死なれたサラは、厳格で知られるポートニー夫人のもとで働くことになった。化石の宝庫であるアンダークリフと呼ばれる場所でチャールズは再びサラを見かけた。そこは、サラにとって唯一の安らぎの場所だったのだ。初めて言葉を交わす2人。アンダークリフに来たことを内緒にして欲しいと告げて去るサラ。そして数日後、ポートニー夫人と共にアーネスティナを祝福するパーティーにやって来たサラは、チャールズに手紙を手渡し、その夜彼を墓地に誘い出した。そこで数日後にアンダークリフで会うことを約束したチャールズは彼女の行動を理解できないまま、医師グローガン(マッカーン)を訪問し、相談した。グローガンは、単に孤独を楽しんでいるサラの愛の犠牲者にならぬようにと忠告した。翌日、アンダークリフで、フランス軍中尉との悲恋を告白したサラに、チャールズは愛しさを感じた。自分を抑えてサラには会わないと決意する彼だったが、サラがポートニー夫人に追い出され失踪したという知らせを聞いて動揺した。納屋にいる彼女を見つけ、ロンドンヘと逃がし、彼は彼女を追ってロンドンへ発った。町の宿で初めて結ばれる2人。そこでチャールズはサラが処女であったことを知り茫然とした。彼はライムに戻り婚約を破棄するとサラの元へと急いだ。しかし、すでに彼女はいなかった。このドラマを演じているマイク(アイアンズ)は、実際アンナ(ストリープ)を愛しはじめており、時おり2人はベッドを共にしていた。しかし、2人は互いに結婚しており、現実に結ばれることは不可能だ。撮影がクライマックスに近づくにつれて、劇同様に心を傷めるマイク。そして、ハッピーエンドの結末で撮影が終わった日の夜、打ち上げパーティの最中、アンナは、マイクを1人残してその場を去るのだった。3年後に連絡をしてきたサラを問い詰めるも、許して湖にボートで出る二人。

| | コメント (0)

2009年9月10日 (木)

本80・・車輪の下

車輪の下・・ヘルマン・ヘッセ著

51z3m8jexjl__sl500_aa240_

周りの人々から期待され、その期待に踏み潰されてしまった少年の姿を描く自伝的小説。日本では、ヘッセの作品の中で最も有名な作品である。題名の「車輪」は、主人公の少年を押しつぶす社会の仕組みを表現している。

天才的な才能を持ち育ったハンスという少年は、エリート養成学校である神学校に2位の成績で合格する。幼い頃に母を亡くし、父や町中の人々から将来を嘱望されるものの、神学校の仲間と触れ合ううちに、勉学一筋に生きてきた自らの生き方に疑問を感じる。そして周囲の期待に応えるために自らの欲望を押し殺してきた果てに、ハンスの細い心身は疲弊していく。勉強に対するやる気を失い、ついに神学校を退学する。その後機械工となり出直そうとするが、挫折感と、昔ともに学んだ同級生への劣等感から自暴自棄となり、慣れない酒に酔って川に落ち溺死してしまう。

| | コメント (0)

2009年9月 9日 (水)

映画126・・モンティ・パイソン/人生狂騒曲

モンティ・パイソン/人生狂騒曲(1983・イギリス)

Photo

監督・テリー・ジョーンズ、テリー・ギリアム

出演・グレアム・チャップマン、テリー・ジョーンズ、テリー・ギリアム・・

モンティ・パイソンの劇場用映画。4作目にして最後のもの。生きることの意味(?)について、真面目に(?)考えようという共通のテーマで全7編のオムニバスになっている。

①宗教と性を扱った「出産の奇跡」 ②「成長と学習」 ③「お互いに戦うこと」 ④「中年」 ⑤肝臓提供者募集に応じたため、生きながら腹を切り開かれてしまう「臓器移植」 ⑥食べることを追求するあまり、終に限界を超え体が破裂してしまう食通男の出てくる「晩年」 ⑦性差別発言で死刑を宣告されたTV関係者が、裸の女性達に追われて崖から落ちて死ぬパターンと、死神が訪れたある家での騒動を描く「死」

そのスピード感と直接的な表現によるくだらなさが、他の追随を許さないブラックな魅力となって弾けている感じが楽しい快(怪)作に。プロローグとして出て来る短編映画「クリムゾン(老人は荒野を目指す)」は、そのイメージ等ほぼギリアム映画と呼べる内容になっている。

モンティ・パイソンはイギリスの代表的コメディ・ユニットで、1969年からのBBCでの「空飛ぶモンティ・パイソン」で人気を博し、「サタディ・ナイト・ライブ」等に影響を与え、キャッチ・フレーズは・・「神は6日間をかけて天地を創造したが、モンティ・パイソンはそれを90分で台無しにした」であった。映画の狂言回しは、パイソンズの顔をした水槽の魚が務める。

| | コメント (0)

2009年9月 8日 (火)

本79・・狭き門

狭き門・・アンドレ・ポール・ギョーム・ジッド著

00628581

題名の「狭き門」は、新約聖書のマタイ福音書第7章第13節にあらわれる、・・狭き門より入れ、滅にいたる門は大きく、その路は廣く、之より入る者おほし・・というキリストの言葉に由来する。

早く父を失ったジェロームは、少年時代から夏を叔父の下で過ごすが、そこで従姉のアリサを知り密かな愛を覚える。しかし、母親の不倫等の不幸な環境のために天上の愛を求めて生きるアリサは、ジェロームへの思慕を断ち切れず彼を愛しながらも、地上的な愛を拒み人知れず死んでいく。残された日記には、彼を思う気持ちと「狭き門」を通って神へ進む戦いとの苦悩が記されていた。

この作品において、アリサの自己犠牲の精神は美しく描かれている。しかしジッドはこの作品を通して、アリサのような自己犠牲に対する批判を行った。

| | コメント (0)

2009年9月 7日 (月)

映画125・・ミヨリの森

ミヨリの森(2007・日本)

Et20070613150658442l2

原作・小田ひで次、監督・山本二三

11歳の少女の心の成長と森の生命力を描いた漫画「ミヨリの森」をアニメ化したもの。ミヨリは、母親が家を出て行ったことをきっかけに田舎の祖母の家に預けられることに。冷たい家庭環境の中で育ち、心を閉ざしがちになってしまったミヨリが、森の持つ不思議な生命力によって徐々に癒やされていく。近くの森に散歩に出かけたミヨリは、数々の不思議な出来事に遭遇する。この森には精霊たちが住んでいたのだ。彼らと出会ったことで、彼女の生活に変化が現れはじめる。精霊たちとの交流や、新しい学校での生活により、徐々に心を開きはじめるミヨリ。そんななか、ダム建設計画によって森がダムの底に沈められることを知り、「森の守り神」として、皆と助け合いながら森を守るために奮闘努力する。

| | コメント (0)

2009年9月 5日 (土)

絵画32・・ピーテル・ブリューゲル

ピーテル・ブリューゲル(1525~1569)

16世紀のフランドルの画家。生年も生地も不確かである。同名の長男は地獄の絵を描いたということで「地獄のブリューゲル」と通称される画家で、父の模作を多く作った。二男のヤンは静物画、特に花の絵を得意として「花のブリューゲル」と通称されている。初期には先輩画家ヒエロニムス・ボスの影響の強い、寓話を題材にした絵画が多い。怪奇的なものもあるが、農民たちの生活を多く題材にしたことから、「農民画家ブリューゲル」とも呼ばれた。ラストの「ベツレヘムの嬰児虐待」(マタイ伝によりベツレヘムでキリストの生まれ変わりが誕生したという事に怯えたユダヤのヘロデ王が2歳以下の幼児を殺させた)は、嬰児を荷物や動物に描き換えられたものもある。

Brueghel_3Photo_5Photo_6Photo_7Photo_8   

| | コメント (2)

2009年9月 4日 (金)

機織り・・その31

090606_34_003

3セット(+無地1枚)その4の②

水流風の道長取りに、柄と地模様。

| | コメント (2)

2009年9月 3日 (木)

本78・・北回帰線

北回帰線・・ヘンリー・ミラー著

41g7pwdrk1l__sl500_aa240_

ミラーの処女作であり、自伝的小説でもある。1930年代のフランス(主にパリ)の日常を、過去と現在の視点で描いたもの。1961年にアメリカでも刊行されたが、作品内の性表現が法律に触れ、発禁になったが、1964年に連邦最高裁で「わいせつ文書ではない」とする判決がでる。

ジョージ・オーウェルは、「1930年代中頃の中で最も重要な本」としている。

ぼくはヴィラ・ボルゲーゼに住んでいる。塵ひとつ見あたらず、椅子ひとつ乱れていない。ぼくたちはみなここでは孤独であり、死んでいるも同然だ・・パリにあって住所不定、空腹の日々のうちに綴られた小説。性の解放への企てと虚飾を排した挑戦的な文体によって20世紀前半の英米小説において伝説にまでなった問題作。

| | コメント (0)

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »