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2009年10月

2009年10月30日 (金)

本73・・知られざる傑作

知られざる傑作・・オノレ・ド・バルザック著

51v67s4qeyl__sx230_∇「恐怖時代の一挿話」・・ルイ16世の首が打ち落とされた翌日、パリの冬の真夜中、生命の危険を冒して執り行われる追悼のミサ。しがなく屋根裏部屋に暮らす神父と二人の修道女の所へ見知らぬ男がミサを依頼しに来る。彼は首切り役人で己の贖罪も兼ねていた。

∇「ざくろ屋敷」・・ロワーヌ河を見下ろすトゥレーヌ州の「ざくろ屋敷」に、ヴィレムセンス夫人と二人の息子が移り住む。二人は母の言いつけを守る純真な子供達であったが、病で日一日と死に向かう夫人は上の息子ルイに遺言・・自分の亡き後、二人には僅かな金しか残らず屋敷も出て行かなくてはならぬ、と。弟マリーを中学に入れ、古い家政婦に金を託し弟を見守ってもらい、自分は船に乗りいずれ出世して戻ると答えるルイ。母は名家の出ながら心ならずも親元を離れ夫もなくしめやかに葬られる。

∇「知られざる傑作」・・芸術の無限と人間性の限界との衝突。「芸術の使命は自然を模写する事ではなく、これを表現する事にある」という信念で、一つの作品「美しき諍い女」に10年の精進を捧げた老画家が、限りなき理想と限りある人間の力量との隔絶に絶望し、終に心血を注いだ画布を焼き捨て自殺。

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2009年10月27日 (火)

本72・・サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇

サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇・・オスカー・ワイルド著

43b0850f09675225021438099e00821a∇「サロメ」・・月の妖しく美しい夜、ユダヤ王ヘロデの王宮に、死を賭したサロメの乱舞。血の滴る生首の唇に女の淫蕩が滾る、怪奇と幻想と恐怖の世紀末を描く。ヘロデは、自分の兄の前王を殺し妃を奪い今の座に就いたが、妃の娘である王女サロメに魅せられ淫らな目を彼女に向ける。その視線から逃れるように、サロメは宴の席を外れ、預言者ヨカナーン(洗礼者ヨハネ)が閉じ込められている井戸へ。預言者は不吉な言葉を喚き散らすため、妃から嫌がられている。預言者との接触は王により禁じられているが、サロメは色仕掛けで見張り番のシリア青年(後に自害)に禁を破らせ預言者を見る。預言者に一目で恋をするが、彼は彼女の忌まわしい生い立ちを詰るばかり。ヨナカーンの首と引き換えに、王の頼みで踊るサロメ。王は、生首を我が物にしたサロメを殺せと命ずる。

∇「ウィンダミア卿夫人の扇」・・夫ウィンダミア卿の情婦とされる女(アーリン夫人)が臆面も無く卿夫人マーガレットの催す舞踏会に姿を現す。ダーリントン卿に仄めかされ、ベリック公爵夫人から夫の情婦について聞かされ、不信感を持つマーガレット。夫は、真実を妻に告げられぬまま釈明するが聞き入れられず。ダーリントンから告白されたマーガレットは、迷いながらも彼の下へ。自分の二の舞をさすまいと、マーガレットを追うアーリン。アーリンは、ダーリントンの所に扇を置き忘れた事で、疑われるマーガレットを庇う。夫婦の危機が過ぎたところで、自分が母親であることは最後まで隠し、娘の扇と写真を胸に立ち去る。

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2009年10月25日 (日)

映画83・・バーバー

バーバー(2001・アメリカ)

Img_795521_23408430_1監督・ジョエル・コーエン、出演・ビリー・ボブ・ソーントン、フランシス・マクドーマンド、ジェームズ・ガンドルフィーニ、スカーレット・ヨハンソン・・

冴えない床屋の数奇な運命をスタイリッシュな映像で描く。

1949年夏、北カリフォルニアのサンタ・ローザ。エド(ソーントン)は、義兄フランクの経営する小さな理髪店で働く床屋。妻ドリス(マクドーマンド)はデパートの帳簿係で店のオーナーのデイヴ(ガンドルフィーニ)と深い仲。理髪店にセールスマンのトリヴァーが来店し、エドにベンチャー・ビジネスの話。エドはドリスとの不倫をネタにデイヴへ脅迫状を送り、1万ドルを手にしトリヴァーと契約。脅迫状の送り主だとデイヴにバレたエドは、襲われて思わずデイヴを刺殺するが、殺人容疑で逮捕されたのはドリス。エドは腕利きの弁護士を雇うが、ドリスは自殺(妊娠していた)。トリヴァーと連絡が取れないエドは、客である弁護士の娘バーディ(ヨハンスン)に心の安らぎを求め、ピアノ好きな彼女をサンフランシスコの音楽教師のもとへ。彼女の演奏は認められず、帰りの車中、今回の結果を詫びるエドにバーディは女として迫り、そのまま交通事故。バーディは軽傷だったが、病院で目を覚ましたエドは、トリヴァー殺害容疑(デイヴに因る殴殺)で逮捕され死刑宣告・・死刑室に向かうエド。彼の心は安らかで、何一つ後悔していないと自分の人生を振り返る。

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2009年10月18日 (日)

映画82・・理由

理由(1995・アメリカ)

O0366050010765098685原作・ジョン・カッツェンバック、監督・アーネ・グリムシャー、出演・ショーン・コネリー、エド・ハリス、ローレンス・フィッシュバーン、ブレア・アンダーウッド、ケイト・キャプショー・・

死刑反対論者のハーバート大学法学部教授ポール(コネリー)の許に、一人の老婦人が。少女誘拐殺人の濡れ衣を着せられ、死刑監房にいる孫を救けて欲しいと。1度は断ったポールだが、もと弁護士の妻ローリー(キャプショー)の説得で、事件解明に乗り出す。フロリダでポールは刑務所のボビー(アンダーウッド)と面会、彼は警官タニー(フィッシュバーン)等の苛酷な取調べに屈し自白したと。事件の起きた町オチョビーに赴き、閉鎖的な町の実体を垣間見る。黒人というだけで煙たがられたボビーの身の上と杜撰な捜査を確信。再度刑務所に行ったポールはボビーから、同じ死刑囚の連続殺人鬼ブレア(ハリス)こそ真犯人であると知らされ、ブレアも自分がやったと・・ボビーを無罪にする交換条件に、自分の両親を殺させた。ボビーの無実を立証する証拠(ブレアの言った所から凶器のナイフを発見)を手にポールは再審要求、ボビーは勝訴し釈放・・ポールの妻ローリーと娘がボビーに誘拐される。ボビーの本当の目的はローリーを殺すこと。ボビーは少女殺人事件以前の犯罪で逮捕され、その時警官達の虐待に遭って去勢された。その事件の担当弁護士がローリー。彼女を逆恨みしたボビーは復讐を決意するが、数年後に犯した少女殺しで刑務所に。目的を達成するには無実になり出所するしかなく、敏腕な法律学者で、ローリーの夫のポールに白羽の矢を。ポールは、ボビーが真犯人と見抜いたタニーと協力し家族を救い、ボビーはポールに刺され鰐の餌食に。

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2009年10月16日 (金)

本71・・アドルフ

アドルフ・・バンジャマン・コンスタン著

41zc5t5c72l__sx230_若くして倦怠に悩みながら田舎町に住むアドルフは、愛されたい、女を征服したいとの動機から年上の貴族の情婦エレノールに恋心を抱くが、望みを果たしてみると耐え難い重荷を感じて彼女と手を切ろうとする。情熱の解放を求めながらもひとたび愛を得ると冷却し、その負担に悩む男のエゴイズムを分析し追及。著者の自伝的作品。

焦燥を抑える力も無く、一時の悔恨で塞いだ傷口をまた開けてしまうような仮初めの憐憫。何とか説明がつけばそれで言い訳が立つという自惚れ。自分の行った悪を語りながら、自身のことのみを気に掛け同情を勝ち得ると自負、自分は無傷のまま人の破滅を見下ろし、後悔も無く自己分析するような虚栄。自身の無力を他人のせいにし、悪は周囲の中にあるのではなく己の中にあることの解らぬ弱さ。何一つ決まった道も辿らず、何一つ役に立つ職にも就かず、気紛れにずるずると引き摺られ、焦燥をただ一つの力として才能をすり減らし、場所を変えても自分が矯(た)め直されず、いたずらに未練に後悔を加え苦悩に過失を加える。本心を知った彼女はショックで死んで行くが、それでもなお惑い続ける。

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2009年10月14日 (水)

本70・・愛と同じくらい孤独

愛と同じくらい孤独・・フランソワーズ・サガン著

37165642_3「念願は、十歳に戻ることです。大人でありたくないのです」というサガン。

処女作「悲しみよ こんにちは」を18歳で著し、世界の脚光を浴び、周囲が勝手に作った伝説を纏わされた彼女が、自らその仮面を剥ぎ取り、生い立ち、悪戯だった少女時代、結婚、息子ドニとの生活を優雅な饒舌で語る。愛について、孤独について。その人生観を浮彫りにしたポートレート。

彼女の作品の登場人物の背後には、実は優しく、また淡々とした淋しさが漂う。思う存分好きなように人生を突っ走っていく姿勢の裏に、孤独が広がる。それまでの、センチメンタルで生ぬるい女性文学を他所に、彼女は文学理論に拘泥することもなく、シンプルで鋭い文体で、直截に人間の持つ残忍さや孤独を、一見もの哀しいメロディーに包んで描く。

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2009年10月 9日 (金)

本69・・桜の園・三人姉妹

桜の園・三人姉妹・・アントン・チェーホフ著

41kekszopll__sx230_∇「桜の園」・・南ロシアの地主であるラネーフスカヤ夫人は夫と死別後、息子の死などもあり愛人とパリで暮らしていたが、愛人に裏切られ、経済的にも行き詰り古い領地に帰って来る。その領地も抵当に入っており破産目前。美しい「桜の園」を舞台に、旧地主や貴族階級の没落とそれに取って代わる新興ブルジョワジーの台頭。急変して行く現実を理解せず華やかな昔の夢に溺れたため、先祖代々の土地を手放さざるを得なくなった、夕映えの如く消えゆく貴族階級の哀愁を描く。

∇「三人姉妹」・・単調な田舎の生活の中で、モスクワに行くことを唯一の夢とする三人姉妹が、仕事の悩みや不幸な恋愛などを乗り越え、真に生きることの意味を理解するまでの過程を描く。人間の美しい夢が、俗悪な、日常的な現実の中で次第に萎んで枯れ果てて行くが、悲劇的な基調と喜劇的な色彩の交錯した、一種混合的な人生劇となっている。

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2009年10月 8日 (木)

本68・・トニオ・クレーゲル、ヴェニスに死す

トニオ・クレーゲル、ヴェニスに・・トーマス・マン著

5c2de9bdfcdcda637c3f01985e954121∇「トニオ・クレーゲル」・・憂鬱で思索型の一面と、優美で感性的な一面を持つ青年が、孤立ゆえの苦悩とそれに耐えつつ芸術性を頼りに生を支えて行く姿を描く。読書家で内向的なトニオは、明るく社交的なハンスに愛情にも似た友情の念を持ち、お嬢様気質で美人のインゲボルグに気付いた時には恋をしていた。両親亡き後故郷を後にし、時が経ち、詩人として名を成した後、トニオは芸術とは何かとの答えを求め、まず故郷を身分を明かさぬまま訪ね、その後デンマークへ旅行。旅先のホテルで偶然にも、学生時代の憧れだったハンスとインゲボルグを目撃。懐かしさと愛情とで話し掛けたいトニオだが、彼等に映る「理性的(俗世的)」な華やかさを見るにつけ動揺。理性で隠さない感情を大切にすべきか、それとも芸術的高尚さを目指すべきか。トニオは一人孤立しながらも自分の信じる芸術を頼りに生きねばならないと決意。反面、悔恨と郷愁に堪えられず、すすり泣く。

∇「ヴェニスに死す」・・死に魅惑されて没落する初老の芸術家の悲劇を描く。20世紀初頭のミュンヘン。著名な作家アッシェンバハは、執筆に疲れて英国式庭園を散策した帰り、異国風の男の姿を見て旅への憧憬を募らせる。アドリア海沿岸の保養地の後、ヴェネツィアへ。ホテルには長期滞在している上流階級のポーランド人家族がおり、その十代初めと思われる息子タージオの美しさに魅せられてしまう。やがて海辺で遊ぶ少年の姿を見るだけでは満足出来ず、後を追けたり家族の部屋を覗き込だりするように。栄誉に包まれた「威厳ある」作家である彼は、こうして美少年への恋によって放埒な心情にのめり込んで行く。だが、ヴェネツィアにコレラが迫り、滞在客達が逃げ出し閑散とする中、アッシェンバハは美少年から離れられずこの地を去れない。少年とその家族が遂にヴェネツィアを旅立つ日、アッシェンバハはコレラに感染し死を迎える。

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2009年10月 6日 (火)

本67・・星の王子さま

星の王子さま・・アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ著

212204「大切なものは、目に見えない」として、生命とは、愛とはといった人生の重要な問題に答える指針。

操縦士の「ぼく」は、サハラ砂漠に不時着。1週間分の水しかなく、周囲1000マイル以内に誰もいないであろう孤独で不安な夜を過ごした「ぼく」は、翌日、1人の少年と出会う。話すうちに、「ぼく」は少年がある小惑星からやって来た王子であることを知る。

子供の心を忘れた大人への示唆。王子が訪れた小惑星で出会うのは、いずれも愚かさを風刺化された大人達で、子供の心を持ち続けようとする「ぼく」も、飛行機修理に夢中になり、王子の話をぞんざいに聞いてしまう。別の場面に登場する、何をするにも急ぎ、何処に行くかも理解しないまま特急列車であちこち移動したり、時間節約にアクセクし、節約した時間で何をするか考えていない大人達の姿は痛烈な批判である。

キツネとの対話は、作品の重要場面。 あるものを他と違って愛しく思うのは何故か。自分の愛情の対象であった小惑星やバラへの自信を失い悩む王子に対し、キツネは「仲良くなる」とはどういうことかを通じ、友情や愛情(人間愛ではなく恋愛的な意味での愛情)について語る。「大切なものは、目に見えない」という重要な台詞が登場する場面。この台詞に基づく考えは後にも登場し、「砂漠が美しく見えるのは、そのどこかに井戸を隠しているから」、更には「夜空が美しく見えるのは、そのどこかに王子が今もバラと暮らしているから」という考え方に繋がる。

最後のシーンで、「ぼく」の最後ははっきりとは描かれていない。著者自身は、敵軍の偵察に向かうため飛行機で基地を飛び立ったまま消息を絶ち、二度と戻って来なかった(享年44才)。

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2009年10月 4日 (日)

本66・・マルテの手記

マルテの手記・・ライナー・マリア・リルケ著

02885010リルケの唯一の長編。デンマーク出身の青年詩人マルテが、パリで孤独な生活を送りながら街や人々、芸術、自身の思い出などの断片的な随想を書き連ねていくという形式で書かれているため、小説でありながら筋らしいものは殆ど無い。マルテのモデルは、実際にパリで生活し無名のまま若くして死んだデンマークの詩人オプストフェルダー。

断片的な感想、過去の追憶、備忘ノート、散文詩の一節、折々の風景描写、日記、手紙などを纏めたもので、マルテという一青年作家を、パリのあらゆる不安、汚濁、恐怖、絶望などに取り巻かれた、死の影が差す厳しい孤独の中に置き、その偽り無い生活や内部体験を通して「生」と「存在」との不安が描かれ、詩人リルケの魂の告白の書とされる。

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2009年10月 2日 (金)

機織り・・その32

090606_34_0053セット(+無地1本)その4の③

大小の麻の葉に、露芝。時節柄、紅葉風かも。

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2009年10月 1日 (木)

本65・・知と愛

知と愛・・ヘルマン・ヘッセ著

Heruman「君は母の胸に眠るが、僕は荒野に覚めている。僕にとっては太陽が照るが、君にとっては月が照り星が光る。君の夢は少女を夢みるが、僕の夢は少年を・・」

精神の人になろうと修道院に入った美少年ゴルトムントは、そこで出会った若い師ナルチスにより、自分は精神よりも芸術に奉仕すべき人間であると教えられ、知を断念し愛に生きようと愛欲と放浪の生活へ。

冒頭の言葉は、ナルチスがゴルトムントに言ったもの。原題は「ナルチスとゴルトムント」であり、少年ゴルトムントが修道院でナルチスと接触する期間の五章、女性を知り修道院を脱出し恋愛遍歴と彫刻修行をする十章、修道院に戻り木彫り製作とナルチスとの友情に生き死ぬまでの五章から成る。

「悪魔と魔人とを知らず、それらに対し絶えず戦うことをしないような、高貴な生活は無い」とする知の人で禁欲者のナルチスは、愛欲の子ゴルトムントの理解者であり、官能や悪と不断に戦いながら浄化と解放を美的行為に求め、ナルチスに憧れを持ち続けるゴルトムント。人間の最も根源的な欲求である「知」と「愛」が、反発し合いながら互いに慕い合う姿を描く。

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