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2009年12月

2009年12月29日 (火)

本101・・ファウスト

ファウスト・・ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ著

51seqpz256l__sl500_aa240_長編の戯曲で、全編を通して韻文で書かれ二部構成。15世紀から16世紀頃のドイツに実在したと言われるドクトル・ファウストゥスの伝説を下敷きに、ゲーテがほぼその一生を掛けて完成。

第一部・・学問と知識に倦んでいたファウストが悪魔メフィストフェレスと出会い、あの世での魂の服従を交換条件に、現世であらゆる人生の快楽・悲哀を体験させるという約束をする。ファウストは素朴な街娘マルガレーテ(愛称グレートヒェン)と恋をし、子供を身ごもらせる。そしてメフィストに唆され、逢瀬の邪魔になる彼女の母親を毒殺、彼女の兄も決闘の末に殺す。そして魔女の祭典「ワルプルギスの夜」に参加し帰って来ると、嬰児殺しの罪で逮捕された彼女との悲しい別れ(処刑)が待っていた。

第二部・・皇帝に仕えることにしたファウストは、メフィストの助けを借りて経済再建を果たす。その後、絶世の美女ヘレネーと美男パリスを求め、ギリシャ神話の世界へと、人造人間ホムンクルスやメフィストと共に旅立つ。ファウストはヘレネーと結婚し一男をもうけるが、血気にはやるその息子は死ぬ。現実世界に帰って来た後、ファウストは皇帝を戦勝に導き、報土を貰う。海を埋め立てる大事業に取り組むが、灰色の女「憂い」によって失明させられる。「時よ、とどまれ」と口にしたファウストは、メフィストと手下の悪魔が墓穴を掘る音を、民衆のたゆまぬ鋤鍬の音だと勘違いしながら死ぬ。その魂は、かつての恋人グレートヒェンの天上での祈りによって救われる。

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2009年12月25日 (金)

本100・・冷血

冷血・・トルーマン・カポーティ著

2095061959年、実際の殺人事件を著者が取材し、加害者を含む事件の関係者にインタビューし、事件の発生から加害者逮捕、加害者の死刑執行に至る過程を再現したノンフィクション。自分と同じ様に悲惨な境遇に育った加害者の1人(ペリー)に同情し、「同じ家で生まれた。一方は裏口から、もう一方は表玄関から出た」という言葉を残す。

1959年11月16日、カンザス州のある寒村で、農場主の一家4人が自宅で惨殺される。農場主は喉を掻き切られた上、至近距離から散弾銃で撃たれ、彼の家族は皆、手足を紐で縛られやはり至近距離から撃たれていた。その惨い死体の様子は、まるで犯人が被害者に対して強い憎悪を抱いているかのようだったが、農場主は勤勉かつ誠実な人柄で、周辺住民とのトラブルも一切存在しない。捜査を担当したカンザス州捜査局の捜査官は、強盗の仕業である可能性も視野に入れるが、女性の被害者には性的暴行を受けた痕がなく、被害者宅から殆ど金品が奪われていないなど、強盗の仕業にしては不自然な点が多い。捜査官等は、事件解決の糸口が掴めず苦悩するが、偶々、犯人を特定する有力な情報(刑務所の過去の同房者から)が齎され、捜査は急速に進展し加害者2名を逮捕。加害者等が捜査官に対し、この不可解な事件の真相と自らの生い立ちを語り始める。犯人の一人ディックは普通の両親に育てられたが抑制を知らない自己中心的な大嘘吐きで、ペリーは粗暴な父親とインディアンでアル中の母親との間に生まれた混血で、一人を除いては兄姉達も不慮の死を遂げていた。物語は、二人の死刑が執行される1年前、捜査官の農場主一家の墓参りで終わる。今では珍しくないが、理由無き殺戮事件。

表題の「冷血」は、これといった理由もなく落ち度もない家族を惨殺した加害者を表すとされるが、表向き加害者と友情を深めながら内心では作品の発表のために死刑執行を望んでいた作者自身を表すのではないかとの説も。映画化「カポーティ」。

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2009年12月21日 (月)

本99・・泥棒日記

泥棒日記・・ジャン・ジュネ著

51ffvx9gv5l__sl500_aa240_一部は事実、一部は虚構の自叙伝。1930年代、ジュネはボロを纏い、飢えや蔑み、疲労や悪徳に耐え、ヨーロッパ各地を放浪。いかがわしい酒場や木賃宿。盗み、ブタ箱、そして追放。

言語の力によって現実世界の価値を悉く転倒させ、幻想と夢魔のイメージで描き出す壮麗な倒錯の世界。裏切り、盗み、乞食、男色。父なし子として生れ、母にも捨てられ、泥棒をしながらヨーロッパ各地を放浪、前半生の殆どを牢獄で送ったジュネ。終身禁固となるところをサルトル等の運動によって特赦を受けた怪物作家の、最も自伝的な色彩の濃い代表作。

この小説のテーマは、裏返された観念体系である。裏切りは究極の献身で、ケチな犯罪は恥を知らないヒロイズム、監禁は自由。同性愛、盗み、裏切りという三位一体の悪徳で、ジュネは、聖者に取って替わるものを追い求める。故に、キリスト教の用語と概念を換骨奪胎。泥棒達は宗教儀式の如く悪を営む。犯罪を準備する彼自身は、まるで「聖なる」生活を得ようと夜を徹して祈り続ける修道僧のように描かれる・・道徳法を超越した自己発見の叙事的航海であり、悪徳の哲学的表現であり、退廃の美学作品となっている。

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2009年12月19日 (土)

絵画16・・藤城清治

藤城清治(1924~)

東京生まれ。初期に仙波均平に学ぶ。大東亜戦復員後、慶大卒、影絵・人形劇劇場を結成。48年、「暮らしの手帖」に影絵を連載。数々の受賞と展覧会を経て、92年、昇仙峡に影絵美術館を開設。

Kotatu Ninngyo_3 Mattiurinosyojyo Kazenomatasaburou

 

 

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2009年12月16日 (水)

本98・・妻への恋文

妻への恋文・・アレクサンドル・ジャルダン著

9f94bcfb0c_2愛称ゼーブル(縞馬、おかしな奴)というガスパールの仕事は公証人。高校の数学の教師カミーユと結婚して15年。13才の息子と7歳の娘の父親である。彼は最愛の妻と可愛い子供たちに囲まれて愉快な人生を送って来た。しかし、妻と出会った頃のあの愛の刺激を求めていたゼーブルは、愛の倦怠に耐えられず、匿名でラヴレターを妻へ送り続け、他にも色んな策を弄するのだが、カミーユとの感情はほぼ擦れ違ったまま、やがて彼女は子供を連れて家を出る。残され絶望したゼーブルは病気になり、妻が戻って看病することで、自分の死によって妻との関係を永遠のものにしようとする。ゼーブルは、夫婦の理解ある共通の友人である親友の手を借り、死後も妻と子供達に手紙を残し、カミーユは、遺された子供たちの中にゼーブルを見出す。

著者は、21歳で「さようなら、少年(ギャルソン)」で幸運なスタートを切り、本作品は23才で著し映画化。

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2009年12月14日 (月)

映画90・・父、帰る

父、帰る(2003・ロシア)

1e7dd33e監督・アンドレイ・ズビャギンツェフ 、出演・イワン・ドブロヌラヴォフ、ウラジーミル・ガーリン、コンスタンチン・ラヴロネンコ、ナタリヤ・ヴドヴィナ・・

母子家庭の2人の少年と、突然帰ってきた父親との小旅行を描く。

母(ヴドヴィナ)とささやかに暮らす、アンドレイ(ガーリン)とイワン(ドブロヌラヴォフ)の兄弟。ある夏の日、家を出ていた父(ラヴロネンコ)が12年振りに帰って来る。写真でしか見覚えのない父の出現に混乱する兄弟。しかも父は何も語らず、家長然とした態度で仕切り始め、暫く息子達と旅に出ると。翌朝、3人は釣り道具と共に車で出掛けるが、父親は行き先も告げない。目的地までの3日間、息子達に男としての強さを教育し始める。余りに粗暴な教え方に、イワンは時折歯向かうがその度に押さえ付けられる。兄のアンドレイはそれでも父親に好意的だが、弟のイワンは不満が募るばかり。無人島に到着。兄弟は一時間だけの約束でボートで湖に出るが、イワンが魚を捕ることに拘って遅刻。父は激怒し暴力を振るう。我慢出来なくなったイワンは逃げて塔の上に登るが、追って来た父が転落死。兄弟は泣きながら父の遺体を運び無人島を脱出するが、陸地に着いた途端ボートが流され遺体は湖の底へと沈む・・兄弟は父の車で、兄が運転し家に向けて出発。

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2009年12月10日 (木)

本97・・フラニーとゾーイー

フラニーとゾーイー・・ジェローム・ディヴッド・サリンジャー著

419qxiyhsdl__sl500_aa240_グラース家の末っ子である女子大生のフラニーと、そのすぐ上の兄で俳優のゾーイーを巡る、1955年11月のある土曜日の午前中から、翌週の月曜日にかけての物語。一家の次男で小説家のバディが書き続けている「散文で書かれた一家の記録映画」であると明かされた最初の作品。

「フラニー」・・晩秋の駅のプラットホームで、女子大生であり自慢のガールフレンドであるフラニーの到着を待つ大学生のレーン。二人は大学対校のフットボールの試合を観戦した後に、この週末を一緒に過ごす計画を立てている。二人はさっそく気の利いたレストランで昼食を取るが、自己顕示やスノッブ的な振舞いに何の疑問を持たないエリートのレーンに対し、青年らしい潔癖さと、自らの過剰な自意識に悩み、演劇を辞めようとしているフラニーとの会話は次第に擦れ違いを見せ始める。やがて、フラニーは耐え切れずにテーブルを離れ、店のトイレに駆け込み、バッグの中から「巡礼の道」という本を取り出し、二度目に意識を失う。

「ゾーイー」・・週末の出来事から二日後の月曜日の朝。週末を一緒に過ごすこともなくニューヨークの自宅に戻ったフラニーは、そのまま居間の寝椅子に寝込む。幼い頃からシーモアとバディという二人の兄から植え付けられた求道的な宗教哲学や東洋思想と、相反するエゴが幅を利かせる現実世界の板挟みに遭うフラニーは「巡礼の道」という本に出てくる宗教的な祈りによって救いを求めようとする。心配した母親のベシーは、5歳年上の兄であるゾーイーに助けを求める。自らも兄達の影響を強く受けているゾーイーは全身全霊をかけ説得を試みるが、「言葉の曲芸飛行士」である彼の饒舌さは時に脱線を繰り返し、ますますフラニーを混乱させる。終いには死んだ兄のシーモア会いたいと言い出すフラニーに対し、一旦話を切り上げたゾーイーは部屋を出ると、以前、二人の兄が使っていた書斎に足を踏み入れ、数刻後、バディの電話で妹を呼び出し本質を伝えたことで、フラニーは知恵の全てを把握したように今ここにある危機を乗り越え、夢も見ない眠りに入る。

異質な教育(兄弟全員が異常早熟の天才として描かれていて、フラニーとゾーイーは二人の兄から、「教育は知識の追求ではなく、禅にある無心の追求から始めることが最良」という考えから、幼い頃より宗教哲学や東洋思想を教え込まれる)を受けてきたとことが伺え、理想とする生き方と、現実世界とのギャップに苦悩するフラニーの姿を浮き彫りにしている。思春期の青年なら誰もが直面する理想と現実社会との折り合いの付け方や、更には、自らの自意識とどう向き合えばよいのかという普遍的なテーマを描く。

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2009年12月 6日 (日)

本96・・愛の妖精

愛の妖精・・ジョルジュ・サンド著

514b86m1d0l__sl500_aa240_原題は「小さなファデット」の意。 ファデーは悪戯好きの妖精の名。フランスの田園地方を舞台に、双子の兄弟と野性的な少女ファデットの成長と恋愛を繊細な筆致で描く。

コッス村の農家に、男の一卵性双生児が生まれる。父親は「双子は互いの愛情が強過ぎて、離ればなれだと生きられない」と聞き心配だったが、双子はすくすく成長し性格の違いも出る。弟ランドリーは陽気で快活、兄のシルヴィネは内気だが、仲は良くいつも一緒。子沢山で生活が苦しく、双子の一人を奉公に出すことになり、ランドリーが志願。シルヴィネは奉公に耐えられないだろうと。事実、離ればなれになったシルヴィネは見るも哀れに落胆。

村の子供達に魔法使いと呼ばれるファデー婆さんには、二人の孫。姉ファデットは小柄で痩せ、色は黒くおしゃべりで、からかい好きで、子供達に敬遠される。双子も苦手にした。

シルヴィネは、ランドリーが奉公先の娘や新しい友達と遊んでいると思い、疎外感を持つ。シルヴィネが行方不明になり、ランドリーは兄の自殺を案じ探すが見付からず、絶望し掛けた時、ファデットがシルヴィネの居場所を教えてくれ無事発見。以来、ランドリーはファデットと話す機会も増え、彼女が物知りで踊りが上手と知り、ファデットの魅力に気付く。ファデットも、お洒落に目覚め見違えるように綺麗に。二人の交際を知りシルヴィネが嫉妬、父親も世間体を気にし反対。ランドリーは懸命に理解を求めるが、ランドリーの苦境を見兼ねたファデットは自分が村を出ることにし、自分への情が無いと言うランドリーに、本心を告げ必ず帰ると去って行く。

家族を思い、寂しさを我慢し仕事に精を出すランドリー。一年後、ファデットのお祖母さんの危篤で彼女が戻り、葬儀後ランドリーが訪ねて来、想いを確かめ合い、ファデットはランドリーの頼みでシルヴィネの病気を治すと約束。ランドリーの父親の許を訪ね、お祖母さんの残した多額の現金をどう扱ったら良いのか相談。父親はファデットの身辺を調査、ランドリーの言うように身持ちも気立ても良く賢い娘と知り、二人の縁談に乗り気になるが、シルヴィネがいい顔をせず、いつものように高熱を出す。ファデットがシルヴィネを見舞い、祈りで熱を下げてしまう。拗ねたままのシルヴィネだったが、甘やかされた自分の振る舞いで、自分も周りも不幸にしたことをファデットに諭され反省し、自ら歓んでランドリーを迎えに。ファデットへの想いの執着に気付いたシルヴィネは、軍に志願し独り立ちする。

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2009年12月 5日 (土)

映画89・・フォーエバー・フレンズ

フォーエバー・フレンズ(1988・アメリカ)

Mv5bmti3njqyotc4nl5bml5banbnxkftz_3原作・アイリス・レイナー・ダート、監督・ゲイリー・マーシャル、出演・ベット・ミドラー、バーバラ・ハーシー・・

57年、アトランティック・シティ。海岸で出会った11歳の2人の少女の、その後30年に及ぶ友情と別れを描く。

父親と躾の厳しい叔母に連れられサンフランシスコから来たヒラリーは海岸で迷子になり、マネージャー兼母親のレオナとニューヨークから来た歌手志望のCCに助けられ、同じ11歳ということで仲良しに。CCのオーディションに追いて行ったヒラリーは、彼女の歌に感激、離れ離れになっても必ず手紙を書く親友にと誓い合う。それから10年、CC(ミドラー)は売れないクラブ歌手、ヒラリー(ハーシー)は大学を卒業し弁護士に。箱人り娘のヒラリーは、自分の意志で行動出来ない不満を爆発、ニューヨークのCCのアパートに転がり込み2人で共同生活。CCは舞台演出家のジョンと出会い、端役を経て彼の劇団で主役を演じ脚光を。彼女が好意を抱くジョンとヒラリーが一夜を共にし、2人の仲は気まずくなり、ヒラリーの父の病気もあり彼女は実家に。それでも2人の文通は続く。父の死後、ヒラリーは弁護士のマイケルと、CCもジョンと結婚。夫の要望で専業主婦のヒラリーは、ブロードウェイ進出したCCを妬み、2人は喧嘩別れし文通も途絶えがちに。友情の崩懐がCCの精神の均衡を崩し、次第に落ち目になり目指すものが違うジョンと離婚。ヒラリーも、マイケルの浮気を目撃し離婚を決意したが妊娠。近くのクラブにCCが来ることを知ったヒラリーは、急ぎ出向く。最初は蟠ったが、互いの心情をぶち撒け友情を取り戻す。CCと共にお腹の赤ちゃんを育むヒラリー。ある日、CCは舞台復帰のチャンスをジョンから与えられカムバック。ヒラリーも無事に女児を出産するが、その後体調が悪化(ウィルス性心筋症)。CCのコンサートの日、ヒラリーが倒れる・・ひと夏を海辺で三人で過ごし、やがてヒラリーはCCに看取られ息を引き取る。彼女にヴィクトリアという娘を託し。

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2009年12月 3日 (木)

本95・・シェリの最後

シェリの最後・・シドニー=ガブリエル・コレット著

51vogi4ytdl__sl500_aa300_第一次大戦後のパリ。復員したものの社会の動乱に適応出来ず無為な日々を送るシェリを尻目に、妻と母は営利と名誉の獲得に奔走。何処にも自分の場所を見出すことの出来ない彼は、唯一の女性レアの許へ帰ろうとする。失われた時と永遠の愛との間を虚しく彷徨する魂を、研ぎ澄まされた感覚で捉えた、「シェリ」の続編。

コレット自身の義理の息子ベルトランとの経験もあり、女の恋愛と美の凋落という老いの狭間で揺れる様(そして、若き美しい愛人の)が描かれる。かつての麗しい薔薇色のあの頃に戻りたいと願う青年が、幾重にも閉ざされた扉の前で、遂に絶望して死を選ぶ。

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