« 絵画79・・J・バスティアン=ルパージュ | トップページ | 絵画80・・P・S・クロイヤー »

2010年12月11日 (土)

本170・・ラヴクラフト全集4

ラヴクラフト全集4・・H・P・ラヴクラフト著

01812☆「故アーサー・ジャーミンとその家系に関する事実」・・ある夜、アーサー・ジャーミン卿が全身に油をかぶり焼身自殺。後に残った者は、その遺骸を葬りもせず、ジャーミン卿の存在さえ認めない者も。アーサーの5代前の祖先であるウェイド・ジャーミンの妻は、実はウェイド卿が史上初めて探索に行ったアフリカのコンゴに住んでいた原住民(ポルトガル商人の娘)。ウェイドは、コンゴの崩れ果てた都市の巨大な壁や柱、地下の宝物庫や納骨室、そこに通じる果てしない石段について書き残していた。 石造都市とそこに住んでいた種族はヌバング族によって既に滅亡。その都市に住んでいた種族はかつて一族を支配した王女を象徴として崇拝していたが、その女神の象徴もヌバング族に奪われた。女王は西から来た白い神の妻となった。長い間2人で都市を支配したが、息子と共に都市を去った。その後、神と女王は戻ったが女王が死去。神は都市の地下に墓を作り王女の霊を慰めた。ウェイドは1765年、ハンティングトンの精神病院に入院しその後死亡・・アーサーは父に捨てられた後、母に連れられジャーミン邸に迎えられるが、容貌は一族の中で最も悪く、顔の造作の配置や腕の長さ等から人に不快な印象を与えた。その一方、性格は詩人にして夢想家、才能に恵まれオックスフォードで首席に。アフリカに興味を持ち、ウェイドとサムエルの資料を研究し、1911年からオンガとカリリで過ごす・・アーサー・ジャーミンが自殺したのは、アフリカから送られてきた物(民族学上掛け替えの無い遺物である女神のミイラ、ウェイドの覚書と伝説に符合するもので、その特徴はアーサーのものでもあった)を見たからであった。

|

« 絵画79・・J・バスティアン=ルパージュ | トップページ | 絵画80・・P・S・クロイヤー »

」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 絵画79・・J・バスティアン=ルパージュ | トップページ | 絵画80・・P・S・クロイヤー »