« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月

2010年12月31日 (金)

絵画94・・フランチェスコ・グアリーノ

フランチェスコ・グアリーノ(1611~1650)

イタリア画家。父に習い始め、その後バロック時代の巨匠M・スタンツィオーネのアトリエで学びながら制作。カラヴァッジオに影響された一人で早世した。「聖アガタ」は秀逸。

St_agatha_3  The_sword_of_judith_2   Pieta     

| | コメント (0)

2010年12月30日 (木)

絵画93・・イリヤ・レーピン

イリヤ・レーピン(1844~1930)

ハリコフ(現ウクライナ)出身のロシア画家。心理的洞察の写実画で名高く、幾つかの作品は既存の社会秩序の矛盾や階層間の緊張を露わす。名士の肖像画を制作しながらも、貧困や差別に喘ぐ社会の最下層を題材に多くの作品を残す。

Nun Beggar Refusal_of_the_confession Ivan_the_terrible_and_his_son The_arrest_of_the_propagandist_2

| | コメント (0)

2010年12月28日 (火)

絵画92・・フェルナン・H・ラングレン

フェルナン・H・ラングレン(1857~1932)

スウェーデン系アメリカ画家。1874年ミシガン州立大学で採鉱工学、その後T・エイキンズに師事。77年からニューヨークでイラストレーター。NYシーン等を描く。

Rockets Fifth_street_at_hill Paris_street_scene    

 

| | コメント (0)

2010年12月27日 (月)

絵画91・・J・R・スペンサー・スタンホープ

J・R・スペンサー・スタンホープ(1829~1908)

ラファエル前派・イギリス画家。F・ワッツに師事。1853年ワッツとイタリアを旅し、帰国後ロセッティに招かれガーウィンとオックスフォード壁画プロジェクトに参加。70年代はアカデミー出品。80年フィレンツェに移り教会の壁画。

Love_betrayed Procris_and_cephalus Robin_of_modern_times The_waters_of_lethe 

| | コメント (0)

2010年12月24日 (金)

絵画89・・ジョージ・W・ベローズ

ジョージ・W・ベロー(1882~1925)

写実主義・アメリカ画家。パーソンズニュースクールでR・アンリに学ぶ。その後NYアート学生リーグで教鞭。ニューヨークの労働者階級を描き上流階級を風刺。

In_virginia_2 Blue_snow_the_battery_2 Gramercy_park_2 Massacre_at_dinant_2   Summer_night_3    

| | コメント (0)

2010年12月23日 (木)

絵画88・・A・リー・メリット

A・リー・メリット(1844~1930)

ラファエル前派・アメリカ画家。地元の女子医大で解剖学、1865年からフランスやイタリア等で学ぶ。ロンドンに移り夫のH・メリットに師事。文学や宗教を題材に描き、アカデミーメンバー、定期的にロンドンやパリサロンに展示。

Love_locked_out A_patrician_mother Ophelia Eve War

| | コメント (0)

2010年12月22日 (水)

絵画87・・ジェームズ・アーチャー

ジェームズ・アーチャー(1823~1904)

スコットランド画家。トラスティアカデミーでT・ダンカン等に、1840年Rスコティッシュアカデミーに学び50年メンバー。アーサー王伝説やシェイクスピアをテーマに、ヴィクトリア朝の画風。

Queen_guinevere Longing Legend_of_sir_patrick_spens

| | コメント (0)

2010年12月21日 (火)

絵画86・・ジョージ・H・ボートン

ジョージ・H・ボートン(1833~1905)

イギリス出身のアメリカ画家。53年アメリカンアートユニオン後、イギリスで学び湖水地方をスケッチ。59年からフランスで学ぶ。61年ロンドンにスタジオ、新ピューリタンのテーマにゴッホの賞賛。71年英米の国立デザインアカデミーとRアカデミーメンバー。

The_scarlet_letter Bessie Winter_evening A_spring_idyllsigned Pilgrims_going_to_church    

| | コメント (0)

2010年12月20日 (月)

絵画85・・J=ジャック・エンネル

J=ジャック・エンネル(1829~1905)

アカデミック絵画・フランス画家。ストラスブールで学び始め、フランソワ・ピコに師事。1848年からボザールに学び58年ローマ大賞。64年パリに移り神話や宗教を題材に描く。

Solitude St_sebastian_attended Religieuse_2 Levi

| | コメント (0)

2010年12月18日 (土)

本171・・幽霊船

幽霊船・・ハーマン・メルヴィル著

51n2bfkyotl__sl500_aa300_☆「バートルビー」・・語り手の弁護士の下に書記として雇われた、遣る瀬無く青白き青年バートルビー。文書の清書には几帳面だが、他の一切の仕事を恭しく拒み、「僕、そうしない方がいいのですが」とのみ言う。ある日曜の朝、事務所に立ち寄ると、バートルビーがそこに住んでいる様子。社会と一切接触せず、殆ど食事も摂らないような生活。仕事に差し支えるため、余所に移って他の職を探すよう言うも、同じ言葉を繰り返し、とうとう本来の清書まで拒み出し壁を見詰めるだけ。埒が明かないので事務所を移転すると、前の所から苦情が来る。その内、前の家主が警察に届け、バートルビーは獄へ。会いに行くが迷惑そうで、ある日再び訪ねると、彼は敷地の窪みで死んでいた・・その昔、ワシントンの郵務省「死に文係り」の下っ端書記であり、政権交代で免職になった、という僅かな風説を残して・・自然の性、世の悲運が因となり、蒼ざめた絶望へと傾斜し易い人間。この本然の絶望感を募らせる、朝から晩まで「死に文」を扱い、区分けし燃やすという生業。不服従は他への抵抗ではなく、自身の実存的苦悩から来る問題の解消方法で、絶望と無為に根ざす。我々が、「私はそうしない方がいい」が口癖のバートルビーの様に言えないのは何故か。このように無責任者流のパラドックスを、穏やかに、清浄に、阿呆のように押し通す人間を前にすると、虚を衝かれ、呆れ返り、相手が神か妖怪か大哲のように見えてくる。

| | コメント (0)

2010年12月17日 (金)

絵画84・・ホセ・デ・リベーラ

ホセ・デ・リベーラ(1591~1652)

バロック期・スペイン画家。修行時代は不明、若くしてイタリアに移り母国には帰らなかった。ナポリで代々副王の庇護を受け、大部分は宗教画で、聖人・殉教者像を得意とし劇的な表現で描く。

Christ_in_the_crown_of_thorns_4  PietaMagdalena   Maria San_jos_and_nio_jess Inmaculada 

| | コメント (0)

2010年12月16日 (木)

絵画83・・アウグスト・マッケ

アウグスト・マッケ(1887~1914)

ドイツ画家。1910年代にカンディンスキーやマルク等と前衛美術運動「青騎士」Gに参加。27才の戦死に因り、活動期間は数年間。単純化された形態と幻想的な色彩で、表現主義とも抽象絵画とも一線を画した独自の様式を築く。

Red_house_in_park_3   Garden_gate_4 Promenade Pierrot Girl_in_the_greenery

| | コメント (0)

2010年12月14日 (火)

絵画82・・ハンス・マカルト

ハンス・マカルト(1840~1884)

オーストリア画家。1850年からウィーンアカデミー、後にミュンヘンでC・v・ピローティーに師事。皇帝F・ヨーゼフに招聘され、79年ウィーンアカデミー教授。公共施設の天井画や壁画、サロンで肖像画受注。後継にクリムト。

The_five_senses_smelling Snow_white_receives_poisoned_comb Death_of_cleopatra Symbol_of_the_merry_life_2 Countess_palffy

          

 

| | コメント (0)

2010年12月13日 (月)

絵画81・・アンリ・マルタン

アンリ・マルタン(1860~1943)

印象派・フランス画家。1877年トゥールーズ美術大学グランプリ、79年パリのボザールに学び、89年パリサロン金賞。1900年、万博で最優秀を受賞しロダンと知り合う。

Ducks_on_the_vert The_church_in_labastide The_hour_of_mass The_bridge_of_bastiide At_the_grand_marquayrol Fountain_in_the_park  

 

| | コメント (0)

2010年12月12日 (日)

絵画80・・P・S・クロイヤー

P・S・クロイヤー(1851~1909)

ノルウェー出身、スケーエン派・デンマーク画家。コペンハーゲンアカデミー後、L・ボナ絵画学校に学ぶ。デンマーク北端の漁村スケーエンで、マイケルとアンナのアンカー夫妻の印象主義の影響。

Summer_day_on_skagen Hip_hip_hurra_2 The_artists_house

 

| | コメント (0)

2010年12月11日 (土)

本170・・ラヴクラフト全集4

ラヴクラフト全集4・・H・P・ラヴクラフト著

01812☆「故アーサー・ジャーミンとその家系に関する事実」・・ある夜、アーサー・ジャーミン卿が全身に油をかぶり焼身自殺。後に残った者は、その遺骸を葬りもせず、ジャーミン卿の存在さえ認めない者も。アーサーの5代前の祖先であるウェイド・ジャーミンの妻は、実はウェイド卿が史上初めて探索に行ったアフリカのコンゴに住んでいた原住民(ポルトガル商人の娘)。ウェイドは、コンゴの崩れ果てた都市の巨大な壁や柱、地下の宝物庫や納骨室、そこに通じる果てしない石段について書き残していた。 石造都市とそこに住んでいた種族はヌバング族によって既に滅亡。その都市に住んでいた種族はかつて一族を支配した王女を象徴として崇拝していたが、その女神の象徴もヌバング族に奪われた。女王は西から来た白い神の妻となった。長い間2人で都市を支配したが、息子と共に都市を去った。その後、神と女王は戻ったが女王が死去。神は都市の地下に墓を作り王女の霊を慰めた。ウェイドは1765年、ハンティングトンの精神病院に入院しその後死亡・・アーサーは父に捨てられた後、母に連れられジャーミン邸に迎えられるが、容貌は一族の中で最も悪く、顔の造作の配置や腕の長さ等から人に不快な印象を与えた。その一方、性格は詩人にして夢想家、才能に恵まれオックスフォードで首席に。アフリカに興味を持ち、ウェイドとサムエルの資料を研究し、1911年からオンガとカリリで過ごす・・アーサー・ジャーミンが自殺したのは、アフリカから送られてきた物(民族学上掛け替えの無い遺物である女神のミイラ、ウェイドの覚書と伝説に符合するもので、その特徴はアーサーのものでもあった)を見たからであった。

| | コメント (0)

2010年12月10日 (金)

絵画79・・J・バスティアン=ルパージュ

J・バスティアン=ルパージュ(1848~1884)

自然主義・フランス画家。ボザールでカバネルの下で働き学び、1874年金賞。普仏戦争参加後、73年に祖父を描き評判、プリンス・オブ・ウェールズの肖像。75年ローマ賞、クールベの影響。

The_london_bootblack Going_to_school Poor_fauvette The_little_shepherdess The_annunciation_to_the_shepherds   The_wood_gatherer

| | コメント (0)

2010年12月 9日 (木)

絵画78・・F・ヴァロットン

F・ヴァロットン(1865~1925)

スイス画家。現代木版画発展期の重要人物。1882年、パリのジュリアンでルフェーブルとブーランジェに師事。ルーヴル美術館に入り浸り、ホルバイン、アングル等の影響。初期はアカデミック、92年ナビ派に所属し、99年以降写実主義。

View_of_honfleur_2  Street_scene_2 Neva_light_fog_3 Pont_neuf_2 Sunset

 

| | コメント (0)

2010年12月 7日 (火)

絵画77・・トマス・エイキンズ

トマス・エイキンズ(1844~1916)

写実主義・アメリカ画家。アメリカ近代美術の父。ペンシルベニアアカデミー後、パリでJ=L・ジェロームに師事。故郷で教師、1886年に授業で女生徒に男性ヌードを描かせ解雇される。解剖学も学び、75年の代表作「グロス・クリニック」の解剖シーンが議論を醸す。

Girls_head The_gross_clinic The_agnew_clinic 

| | コメント (0)

2010年12月 5日 (日)

絵画76・・アンデシュ・ソーン

アンデシュ・ソーン(1860~1920)

スウェーデン画家。国内の同年代画家で最も早く頭角を現す。1889年のパリ万博で、C・ラーションと出展し互いに金賞次点。ソーン家は現在美術館。

Fisherman_st_ives Impression_of_london Boat_race Our_daily_bread

   

| | コメント (0)

2010年12月 4日 (土)

本169・・ラヴクラフト全集3

ラヴクラフト全集3・・ハワード・フィリップス・ラヴクラフト著

52303☆「アウトサイダー」・・生まれて以来、暗い森に囲まれた古めかしい城に住み、書物の記述以外で人間を見たことが無く、ひたすら孤独に暮らして来た主人公が、ある時怖れを抱きながらも自分の館を抜け出し、遂に自分以外の人間が集まる場所に辿り着く。そこには華やかな宴が催されており、彼は誘蛾灯に吸い寄せられる蛾のように会場へ足を踏み入れる。その途端集まっていた人々は絶叫し何処かへと逃げ散る。独り残された彼が会場にあった「冷たく、堅く、光沢あるガラスの表面」を覗き込むと、そこにいたのは醜悪な怪物で、それが自分であり自らがアウトサイダーであったことを悟る。自分が世界から隔離されているという排斥感と断絶感が描かれる。

☆「戸口にあらわれたもの」・・ダンは精神病院にいる親友の頭に6発の弾丸を撃ち込んだが、本当に親友を殺したのは自分ではないと記す・・年下のエドワードの、体は弱いがその頭脳の度外れた明晰さと内向性。唯一の親友であるダンが見守る内、エドワードは怪しい女アセナスと付き合い結婚することで、異世界にのめり込んだ幽鬼の如く彼の人格崩壊が現れ始める。インスマス生まれで、狂死したエフレイムの娘であるアセナスは、エドワードの精神を次第に乗っ取り彼を幽閉させるが、実はその昔、永遠の生命のためエフレイムが自らの娘アセナスを乗っ取っていた。アセナス(エフレイム)に乗っ取られたエドワードは、この世ものでない姿でダンの戸口に立ち、エフレイムを殺してくれと頼み込んだのだ。

| | コメント (0)

2010年12月 2日 (木)

絵画75・・トマ・クチュール

トマ・クチュール(1815~1879)

フランス画家。ボザール等で学び1837年ローマ賞。40年からサロン展示し「退廃期のローマ人たち」等にメダル。革新的なテクニックで注目、40~50年代の政府や教会からの壁画制作で、2つの壁画が未完成3つ目が批判。60年故郷に戻り、訪なう画家達に教える。マネ、ラトゥール、シャヴァンヌ等。

Female_head Soap_bubbles The_prodigal_son Romans_in_the_decadence_of_the_empi Caught_by_the_tide

| | コメント (0)

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »