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2011年7月

2011年7月31日 (日)

映画139・・ジャッカルの日

ジャッカルの日(1973・アメリカ)

Img_441630_56423026_2原作・フレデリック・フォーサイス、監督・フレッド・ジンネマン、出演・エドワード・フォックス、デルフィーヌ・セイリグ・・

フランス大統領ドゴール暗殺を請け負う一匹狼の殺し屋ジャッカル。彼を阻止せよとフランス警察の全権委任された警視ルベル。

1962年8月26日。エリゼ宮殿からパリ近郊の空港へ向かうドゴール大統領の車が、軽機銃の襲撃を受けるが奇跡的に無事。大統領暗殺は六回も計画され首謀者タリー中佐が銃殺刑。アルジェリアからの撤退政策を採るドゴールに対する秘密組織OASの仕業だが、63年、政府の締め付けで動けず。国外に逃れたOAS指導者ロダン大佐は、最後の手段で、外国人で当局に知られていない殺し屋を雇う。男の暗号名はジャッカル(フォックス)。契約金50万ドル。金を用意するためフランス各地で銀行強盗。その突然の行為がフランス当局を警戒させ、ロダン大佐の護衛ウォレンスキーが捕まり拷問に。白状せず死ぬも断片的な言葉で警察が動く。ジャッカルは、身分証明書を偽造し精巧な狙撃銃を作らせフランス国内に潜入。政府首脳陣が召集、警察のルベル警視に全権委任され捜査開始。彼等の必死の活動で、ジャッカルに迫るが逮捕に至らず。ジャッカルがドゴールに照準を会わせる前に二人の犠牲者。ジャッカルとホテルでベッドを共にしたコレット夫人(セイリグ)と、彼に魅力を感じ近付いたホモのベルナール。

1963年8月25日、解放記念日。厳重警備を巧みに切り抜けたジャッカルは、ドゴールが立つ広場を見下ろすアパート最上階の一室で、銃を組立て準備完了間近。ルベルは警備係員から、年老いた傷痍軍人がアパートに入ったと聞く。ドゴールが到着、式典が予定通り始まり、窓からドゴールの横顔を狙うジャッカル。発砲。ドゴールの頭が一瞬動き外れる。2発目を込めようとした時、警備員とルベルが飛び込む。ジャッカルは振り返りざま軽機銃を持つ警備員を射殺。次の弾丸を込める間、軽機銃を奪ったルベルが、ジャッカル目掛け引き金を引く。ジャッカルは壁に叩き付けられ絶命。広場では何事も無かったように式典が続く。


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2011年7月29日 (金)

映画138・・M

M(1931・ドイツ)

M1931_2監督・フリッツ・ラング、出演・ピーター・ローレ・・

ドイツのある町。小学校の女生徒が次々と惨殺される殺人事件に、興奮と恐怖と憤怒の渦が。人々は事件を論じ、子供達の小学校への途上に懸賞金逮捕ポスターが。騒ぎは市内の興奮だけでなく、警察署は非難と讒謗の矢面に立ち焦燥の坩堝と化す。日々に拡大される捜査範囲、夜を日に次ぐ捜査会議、検挙される容疑者の数々。犯人は冷然と俺は無事と新聞社に投書。暗黒街は幾度となく検束され、浮浪者、犯罪者、売春婦等が一団となって網に掛かり身分証明書の点検。検挙は日増しに激しくなり、全く異なる掏摸や掻っ払いの一団さえ恐るべきカタストロフに怯える。ある日、風船売りの盲目老人が、聞き覚えのある口笛の曲を聞く。その曲こそ過日、彼から風船を買った子供連れの客が吹いていたペルギュントの「山の王の殿堂にて」。しかもその時の子供は殺された。老人は通り掛かりの青年に告げ、青年は掏摸の一団と連絡を取り後を追けた。その男は子供を連れ玩具やお菓子を買い与える。青年は咄嗟に掌にMの字をチョークで書き、すれ違いざまにトンとその肩を突く。その男の肩にはMの字「Murder」の印が。掏摸の一団が男を取り巻く。男は逃げ出し、とあるビルで消えた。その夜一団は男を自分達で捕らえようと大掛かりのビルディング襲撃を行うが、守衛が警察に報じたため一団は早々に逃れる。だが殺人犯はとうとう一団に発見され、廃屋倉庫の地下室で彼等の私刑法廷に立たされるが、司直の手が伸び一同の立ち竦む中、数ヶ月も町を震撼せしめた犯人が捕らえられる。

モノクロ映像の中、ローレのあの目と口笛が目に残り耳に消えない。

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2011年7月27日 (水)

映画137・・地獄に堕ちた勇者ども

地獄に堕ちた勇者ども(1969・伊)

Dam監督・ルキノ・ヴィスコンティ、出演・ダーク・ボガート、ヘルムート・バーガー・・

1930年代のドイツに於ける鉄鋼一族の凋落を、実在のクルップ製鉄財閥のナチスへの協力と相続人の醜聞をモチーフに描く。

プロイセン貴族で製鉄王のエッセンベック男爵家、一族内の勢力争いで不穏に。当主ヨアヒムはナチス党との協調路線を選び、反ナチスで民主主義者のヘルベルトを一族経営から外そうと。突撃隊員で幕僚長レームと懇意のコンスタンティンは、ヘルベルト排除と自身の影響力拡大を目論む。製鉄会社の重役でゾフィーの恋人フリードリヒ(ボガート)は、エッセンベックの財力を親衛隊に取り込もうとするアッシェンバッハに唆され、エッセンベックを支配しようと。ヨアヒムの誕生日の夜、国会議事堂放火事件が起き、政府は共産党員が犯人だと粛清を強化。ヘルベルト逮捕のため、アッシェンバッハ手配の親衛隊がエッセンベック家に踏み込み、フリードリヒはヘルベルトの拳銃でヨアヒムを殺害。コンスタンティンはヨアヒムの遺産を継ぎ、マルティン(バーガー)を飾り社長にし実権を握ろうとするが、アッシェンバッハ等に懐柔されたマルティンはフリードリヒを次の社長に指名。私兵集団からドイツ正規軍を目論む突撃隊は、エッセンベック工場の武器を必要としコンスタンティンが行動、ヒトラーは戦争を念頭に国防軍との連携を重視。国防軍は突撃隊を警戒し武器渡しを拒み、親衛隊員のアッシェンバッハは国防軍に有利に。ヒトラー政権のヴァイマル共和政は第三帝国になり、ギュンター大学で焚書。マルティンは退廃的な生活に浸り、ヨアヒム最後の誕生会で場末の踊り子の女装で卑猥な歌で皆の度肝を抜く。母への異常な愛憎に悩み、ユダヤ人の幼女をレイプし少女が自殺、容疑が掛かりコンスタンティンに相談するが、逆に会社の主導権把握と突撃隊への武器供与のため脅迫される・・1934年6月30日の朝、歴史に名高い「血の粛清」の日。突撃隊員は親衛隊に急襲され全員射殺。コンスタンティンの無残な死体と、冷やかに見下すアッシェンバッハ。彼の魔手はフリードリヒとゾフィーに向けられ、マルティンを巧みに利用、コンスタンティンの息子ギュンターの純粋な心に家族の醜い野望の毒を注ぎナチ党員に。逃亡したヘルベルトが戻り、妻と娘を強制収容所に渡したフリードリヒとゾフィーを非難。権力を奪われたフリードリヒと、息子に蹂躙されたソフィは廃人の如く。マルティンは親衛隊の黒制服で二人の結婚式を。娼婦等を狩り集めた狂宴。渡された毒入りカプセルをフリードリヒとソフィは口に・・新しい時代の到来。ナチスドイツの恐怖の軍靴は、最早ドイツ中に響き渡る。

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2011年7月25日 (月)

本197・・十月の旅人

十月の旅人・・レイ・ブラッドベリ著

41jegyequkl__sl500_aa300_★「十月のゲーム」・・主人公にとって冬に向かう暗い十月。行き詰った彼は妻に苦しみを与えるため娘を奪うことに。 ハロウィンの夜、集まった人々と共に地下室の暗闇の中ゲームを始め“魔女は切り刻まれた”と。誰かが明かりをつけると・・

★「過ぎ去りし日々」・・午前三時。老人が外に出ると子供達が落ち葉の中を転げまわっており、そこへ帰って来た若夫婦に家を追い出される。呆然としていると、小さな子が母親に手を引かれて、フットボールを持った少年が、そして若者が頬に口紅をつけて帰って来・・母に手を引かれて帰って来ると、フットボールを抱えて、そして恋人との時間を過ごして帰って来ると、家の前に見知らぬ老人が・・仲間の少年達と落ち葉の中を転げまわって遊んでいると、見知らぬ老人が・・妻と帰って来ると家の前に見知らぬ老人がいて追い出す。やがて吹き渡る風の中、かすかに老人の泣き声が・・

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2011年7月23日 (土)

絵画144・・H=J=ジャン・ジョフロワ

H=J=ジャン・ジョフロワ(1853~1924)

フランス画家。18才でユージン・ルバスールに学び、その後ボザールでL・ボナに師事。子供達を多く描き、21才パリサロンデビュー1886年銀メダル、1900年万博金メダル等。

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2011年7月22日 (金)

絵画143・・ニコライ・カサートキン

ニコライ・カサートキン(1859~1930)

ロシア画家。1873年からモスクワ絵画学校でヴァシリー・ペーロフに師事、94年から教鞭。91年サンクトペテルブルクのアーティストGメンバー、1922年革命ロシアのアーティスト協会参加。ドンバスで労働者を描き、05年のロシア革命に目覚め社会主義リアリズム絵画の先駆者。

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2011年7月21日 (木)

絵画142・・フランク・ホール

フランク・ホール(1845~1888)

イギリス画家。1860年、15才でRアカデミーに学び64年からメダル。69年グラフィック紙に採用、題材は「ニューゲート監獄訪問」を含め労働者階級。ゴッホは彼の作品を非常に愛した。健康を害し若くして亡くなるまで写実絵画を精力的に描く。

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2011年7月19日 (火)

絵画141・・ウィリアム・F・イームズ

ウィリアム・F・イームズ(1835~1918)

ロシア出身のイギリス画家。ドレスデン後、1848年ロンドンでF・A・ウェストマコットに学び、52年フィレンツェでエンリコ・Pollastrini等に師事。フレスコ画後、59年ロンドンでカルデロン等とスタジオ、自然・歴史・物語を描き、以来Rアカデミー出展し66年メンバー。

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2011年7月18日 (月)

絵画140・・H・ジーミラドフスキ

H・ジーミラドフスキ (1843~1902)

ウクライナ出身のポーランド画家。ハリコフ大学で学び、サンクトペテルブルクで帝国アカデミー卒業後金メダル。1870年からミュンヘンアカデミー助成金でK・v・ピローティに師事。73年トルストイを基にキリストと罪人を描き帝国アカデミーのタイトル。76年からモスクワ大聖堂のフレスコ画。

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2011年7月17日 (日)

絵画139・・増田文衛

増田文衛

略歴不明。

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2011年7月16日 (土)

絵画138・・N・ボグダノフ=ベルスキー

N・ボグダノフ=ベルスキー(1868~1945)

ロシア画家。セミヨン・Rachiskiy後、1883年修道院で肖像画、84年からモスクワの帝国アカデミーで学ぶ。90年代後半はパリのプライベートスタジオで学び働く。1903年芸術アカデミーメンバー。21年以降農民の子供や風俗を描く。

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2011年7月13日 (水)

絵画137・・ウォルター・ラングレー

ウォルター・ラングレー(1852~1922)

写実主義・イギリス画家。ニューリンスクール創設者。21才、サウスケンジントンで設計を学ぶ。バーミンガムに戻り描き始め、1882年からニューリンに定住。84年王立バーミンガムアートメンバー、92年からRアカデミー出展。

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2011年7月12日 (火)

絵画136・・エリック・ヘニングセン

エリック・ヘニングセン(1855~1930)

写実主義・デンマーク画家。早くから才能を現し、1873年からデンマーク王立アカデミーに学ぶ。8~90年代に労働者や貧しい人々の生活、その後歴史的なシーンを描く。

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2011年7月11日 (月)

絵画135・・W・パウエル・フリス

W・パウエル・フリス(1819~1909)

イギリス画家。1835年ロンドンのサスアカデミー後、Rアカデミーに学び38年初展示。40年代はディケンズ等の小説を題材。D・ウィルキーの影響。53年アカデミーメンバー。伝統主義。

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2011年7月10日 (日)

絵画134・・G・エルガー・ヒックス

G・エルガー・ヒックス(1824~1914)

イギリス画家。1843年サスアカデミー、44年からRアカデミーに学び59年から展示。パウエル・フリスと共に、7~80年代に歴史・文学・風俗を描く。

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2011年7月 9日 (土)

絵画133・・スタンホープ・フォーブス

スタンホープ・フォーブス(1857~1947)

ダブリン生まれのアメリカ画家。ロンドンのアートスクールで学び、その後パリでL・ボナに師事。1884年コーンウォールのニューリンに移り、当地で第一人者。ニューリンスクールメンバー、99年同地に美術学校設立。

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2011年7月 7日 (木)

絵画132・・V・ヴァスネツォフ

V・ヴァスネツォフ(1848~1926)

ロシア画家。題材は神話・宗教・歴史、19世紀ロシア画壇の文芸復興の立役者。叙事的・壮大・耽美的な象徴主義。10才から神学校に学び、ポーランド画家アンドリオリを助け、A・ネフスキー大聖堂のフレスコ画を制作。1867年からペテルブルクアカデミーに学び、クラムスコイやレーピン等と親交。パリ万博のロシア館やトレチャコフ美術館を設計。1912年ナイト。

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2011年7月 4日 (月)

本196・・心の砕ける音

心の砕ける音・・トマス・H・クック著

51cr36hne3l__sx230_新聞社を経営する理性的な父と、詩を愛し自らを信じ情熱に従う母。父に似た兄キャルは検察官に、母似のビリーは父の新聞社を継ぐ。兄弟二人が独立すると、母は父の下を去り独居し自由を謳歌するが、その後発作で半身不随に。そんなある日、小さな町のバス停に一人の若い女性ドーラが降り立つ。彼女は美しいが寡黙で、どこか不安な影を引きずる。暫らくしてドーラがビリーの新聞社に勤め始め、ロマンチストでいつか運命の女と出会うと信じてきたビリーは彼女の虜に。幼い頃から無鉄砲なビリーをずっと守ってきた5才上のキャルは、心配してドーラの周囲をさり気なく探り始めるが、ある時彼女の家の前で窓ガラス越しに映る彼女の背中の無数の傷跡を目にする。その後ビリーがドーラの家でナイフの刺し傷で血塗れになって死に、同時にドーラが行方知れずになった事で、仕事を辞めビリーの死の原因究明とドーラの封印された過去探しの旅に出るキャル。ドーラは幼い頃殺人事件に巻き込まれ、背中に酷い傷を負った事がトラウマになり、名前を変えて逃げ続けた女なのか。いつしかドーラを愛していることに気付き、事故で猜疑心の強くなったビリーとの狭間で揺れ動くキャル。ドーラは誰も愛さないのか・・物語は、ドーラが現れて以来の約半年間の出来事と、ドーラを追うキャルの現在とが交差しながら進行。殺人事件の加害者2人組みの内の男は獄中で長く過ごし最近死んでいたが、もう1人の未成年だった女を辿るうち、彼女の背中にも酷い傷があったことを知るキャル。とうとう探し出したキャルに、キャルを愛したドーラは姿を消すしかなかったと告げる。ドーラも知らない事情で、新聞社の金を使い込んだ社員を追い、足の不自由だったビリーは弾みでナイフが刺さり死んだのだった。被害者だと思っていたドーラは、捨て子された過去を持つ加害者の未成年の女だった。ドーラと別れ去るキャルは、自分の心の砕ける音が聞こえるようだった・・それから間もなく相次いで父と母が亡くなり、ある日の墓参りの時、以前紹介されたことのある平凡だが苦労を知っている女性と再会。

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2011年7月 2日 (土)

絵画131・・F・ケーリー・ロビンソン

F・ケーリー・ロビンソン(1862~1927)

イギリス画家。セントジョンズウッドアカデミー、Rアカデミー、1890年からパリのジュリアンに学ぶ。Rアカデミーに定期的に出品、ニューイングリッシュアートクラブやR水彩画協会メンバー。

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