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2012年9月

2012年9月28日 (金)

絵画210・・オーギュ・T・リボー

オーギュ・T・リボー(1823~1891)

写実主義・フランス画家。エメ・ド・シャロン後、1845年からパリに移り、バルテルミー・グレーズのスタジオで学ぶ。61年サロンデビュー、64年からメダル。光と闇のコントラストを描く。

Cimabue_teaching_giotto_to_draw Jesus_with_the_doctors The_good_samaritan The_torture_of_alonso_cano  

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2012年9月21日 (金)

絵画209・・オクターヴ・タサエール

オクターヴ・タサエール(1800~1874)

フランス画家。彫刻家A・ジラールに弟子入り後、1817年からボザールでギョーム・Lethiereに学ぶ。貧しい人々を描くが、1857年サロン撤退。アルコール依存症で自殺。

Heaven_and_hell Suicide Suzanna_and_the_elders The_abandoned_girl The_angel_and_the_child

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2012年9月 8日 (土)

絵画208・・ヤクブ・シカネーダー

ヤクブ・シカネーダー(1855~1924)

チェコ画家。1870年からプラハアカデミーで学び、78年からミュンヘンアカデミーでG・v・マックスに師事。80年プラハ国立劇場で仕事後、欧州を旅し、生と死や孤独の影等を描く。91年からプラハアートカレッジで教鞭。

Lonely_3    Murder_in_the_house_3 Final_ceremony_2 Romantic_2 Drowned_3   Snow

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2012年9月 1日 (土)

本237・・アスタの日記

アスタの日記・・バーバラ・ヴァイン著

31frnhdyjjl__sl500_別名ルース・レンデル作。

1905年から始まる、アスタの残した膨大な日記。デンマークからイギリスに移住して来た彼女が、24歳の時から数十年に渡り記したもの。

死後、日記は娘スワニーによって順次翻訳刊行されベストセラーに。スワニーも世を去り、姪のアンが全てを受け継ぐ。アンにかつての友人でTVプロデューサーのケアリーが、遠い過去の未解決事件に関連した事が日記の原本に無いかと問い合わせ。

58歳のスワニーに、お前は両親の実の子ではないという匿名の手紙が届き、アスタに問い質すが何を今更と相手にしてくれず、以来、苦悩の淵をさ迷う。アンが日記を調べ出すと、1905年のスワニー誕生の前後が五枚破り取られている。ケアリーの言う殺人事件は、同年に薬剤師ローパーが妻リジーを殺害(夫が色情狂の妻に抑える薬を飲ませるも、妻は喉を切られて死亡)したとして裁判になり、現場はアスタの家の近くだった・・

留守勝ちな夫と話し相手にならないメイドのハンシーヌ、我侭と言えるほど性格の強いアスタは日記を書き出す。但し、周りの心象に無頓着な性格上、事実は潤色され虚構に満ちる。夫を愛した訳ではないが時代的に貞節は守り、長男の戦死を知らせに来たハリーとは死が分かつまでプラトニックな関係。

殺人事件は、薬剤師の夫が証拠不十分で無罪。浮気の子とされた1歳の娘イーディスは行方不明。メイドのフローレンスは体調不良で事件を目撃せず。

アンやハンシーヌの孫ポールが調べるうち、リジーの浮気相手がイーディスを連れ去るため彼女を殺したと結論。晩年のスワニーは自分をイーディスだと思い込んだが、恋人(ハリー)のいたフローレンスが産んだ娘で、死産したアスタが娘欲しさに、フローレンスと仲の良かったハンシーヌの手引きで自分の子にしたのだと。

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