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2019年5月12日 (日)

本324・・幸福な死

幸福な死・・カミュ著

処女作であった本書は、カミュが当時遭遇し或いは体験したあらゆる出来事を書き込もうとしたもので、彼にとって切実な問題であった貧苦と死が「幸福な生への希求」というテーマをかたち作り、「幸福な死」は「幸福な生」に因ってのみ可能であった。貧苦からの脱出は「幸福な生」を約束するもので、死への恐怖は、死を意識の至福の状態に高揚し初めて克服できるとの認識である。

主人公メルソーの生の軌跡を眺めると、ザグルー(金持ちであるが、車椅子生活)を殺して金を奪い、「世界をのぞむ家」で幸福な日々を過ごし、やがてチェヌーアに隠遁する経過は、「幸福な死」に備えたものである。それは世界と一体となる生の充足感に他ならないのだが、そのため彼は、「世界をのぞむ家」やカトリーヌ等と離れ、人里離れたチェヌーアの別荘で一人暮らしをするという、生きながらにして既に孤独な生に、孤独な死に馴染まなければならない。そして幸福への意思や生は、死への道行きに他ならぬという或る種の矛盾に逢着する・・

メルソーの自尊心(或いは虚栄心)の所在を如実に物語るもの。彼が頑なに愛を拒否し、ひたすら相手を「アパランス」(外観)に、或いは目の喜びに止めようとする裏には、傷つき易い自尊心の存在が見逃せない。それはカミュにとっての自由への愛であったのか。自尊心が傷付けられることを怖れ続けた微妙な心理の介在があったことも否めない。他人や世界の中に足を踏み込むことを怖れ、決して自分を侵すことのない「世界の優しい無関心」にだけ心を開く。それが、たえず世界と距離を置こうとする態度に発展して行く。

・・カミュが自身で公表しなかったこの作品は、長期に渡って手を加えられながらも完成に至らなかったものである。

 

 

 

 

 

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