音楽

2009年6月 6日 (土)

音楽8・・ミーナ

ミーナ

Minafotoミーナ・マッツィーニ 。イタリア、カンツォーネ歌手。

1940年、ロンバルディア州生まれ、クレモナ育ち。クラブ歌手からスタート、58年デビュー、59年に「ネッスーノ」をヒット、抜群のスタイルと美貌で一躍スターに。

クラシックの声楽を学んだ、華やかで力強い歌声である。ダリダの「甘い囁き」もこちらが本家であり、映画「太陽は一人ぼっち」の主題歌も彼女である。「月影のナポリ」「砂に消えた涙」もカバーされて有名だが、「別離(わかれ)」は秀逸。

63年に私生児を出産、一時期、テレビ・ラジオから追放されるが、その後再起し数々のヒットを飛ばす。74年以降はテレビやコンサート出演を止め、アルバム製作やライブ活動に専念。60年代には幾つかの日本語盤も出す。私生活は恋人や配偶者との離・死別を繰り返し、必ずしも恵まれたものではなかった。

http://www.youtube.com/watch?v=k6awD8mWRLY

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2008年7月17日 (木)

音楽7・・ボレロ

ボレロ(bolero)

ボレロは、スペイン起源のダンスまたは音楽。18世紀末に始まり、1780年頃に舞踊家セバスティアーノ・カレッソが創作。3拍子で、元来は歌にカスタネットやギターでリズムを付け、1人またはペアで踊る。19世紀にヨーロッパに広まる。

19世紀には舞曲として作られ、初期にはウェーバーの劇音楽「プレチオーザ」や、ショパンのピアノ独奏曲(ボレロ)が知られる。現在ボレロの名で有名なのは、20世紀に書かれたラヴェルのボレロである。

A0136626_23214828モーリス・ラヴェル(写真)の作曲したバレー音楽。オーケストラの魔術師と呼ばれる。基はスペインゆかりの民族舞踊。バレー演者のイダ・ルビンシュタインが、自分の為にラヴェルに依頼し作曲された。初演は1928年、パリのオペラ座で。その音楽は、同一のリズムの中で、2種類のメロディが繰り返されるもの。モーリス・ベジャールの「ボレロ」やクロード・ルルーシュの「愛と哀しみのボレロ」、その他CMなどにも使われる。先の2作品で演じたジョルジュ・ドンは、アルゼンチン生まれで、ヨーロッパ・バレー団を結成するものの、1992年エイズ死。

http://jp.youtube.com/watch?v=oEQnJ6x2iMw

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2008年5月22日 (木)

音楽6・・ダリダ

ダリダ

Img_210715_27545009_0イタリア移民のエジプト(カイロ)育ち。

デビューは1956年、ポルトガルのファドの女王アマリア・ロドリゲスの「暗いはしけ」で。その後「バンビーノ」を出す。1960年からジューク・ボックスの女王として、「大脱走のテーマ」など。1970年からポップ・ディスコの時代、アラン・ドロンと「パローレ・パローレ」を歌い、「恋するジジ」など。1980~87年バラードの時代、「雨のブリュッセル」など。

少し斜視気味で、それがミステリアスな眼差しを生んでいる。声質は良く通るいわゆる綺麗な声である。

4回の結婚をし、その内3人が自殺している。1987年、自らも「許して下さい、人生は辛すぎる」とウィスキーを呷り睡眠薬自殺した。

モンマルトルには、ダリダ広場がある。

 

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2008年4月10日 (木)

音楽5・・アルゼンチン・タンゴ

アルゼンチン・タンゴ

1880年、アルゼンチンのブエノスアイレスとウルグアイのモンテビデオに鋏まれるラプラタ河が大西洋に注ぐ河口地帯でタンゴが生まれた。多くの移民と様々な人種の中で男同士が荒々しく踊ったのが始まり。いつしか娼婦を相手に、その後男女で踊る。

51x2ymkz6bl1920年、ヨーロッパやアメリカに輸入されパリで流行ったのがコンチネンタルタンゴ。それがアルゼンチンに逆輸入。それ以前の1917年、タンゴの神様と言われたカルロス・ガルデルが「我が悲しみの夜」を歌い、人生の影の部分を描写し哀愁の調べに。1971年、映画「暗殺の森」で始めて映像化される(女性二人のダンス)。その後「ラストタンゴ・イン・パリ」、「ヴァレンチノ」(ヌレエフがガウチョスタイルで踊る)。

51xszc8fptl__sl500_aa300__21983年、タンゴダンスの「タンゴ・アルゼンチーノ」の公演が一世を風靡。その後の映画に「ネイキッド・タンゴ」、「エビータ」、「ムーランルージュ」など。アルゼンチン・タンゴではバンドネオンが使われ、コンチネンタル・タンゴはアコーディオンが使用される。

51tlvf32dtl_2 アドリアーナ・ヴァレイラ・・ハスキーボイスの持ち主で一度聞いたら忘れない。タンゴといえば何といっても「ラ・クンパルシータ」。時に本場のアルゼンチン・タンゴの歌とダンスに触れると、切ないほどの激しさと高揚に包まれる。

http://www.youtube.com/watch?v=bXhQNRsH3uc

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2008年2月12日 (火)

音楽4・・ボサノヴァ

ボサノヴァ(Bossa Nova)

22745819ボサノヴァには新しい感覚、傾向、才能などの意味があるそうだが、ブラジル音楽のジャンルの一つでサンバの一種である。1950年代後半、リオのコパカバーナやイパネマの海岸地区で生み出された。

その誕生の中心となったのが、作曲家のアントニオ・カルロス・ジョビン、詩人のヴィニシウス・ヂ・モライス、歌とギターのジョアン・ジルベルトの三人の「想いあふれて」。そしてジョアンの妻だったアストラッド・ジルベルト(写真)が、英語版で歌ったのが「イパネマの娘」。 その後、数多の歌手や歌が引き継がれ、セルジオ・メンデスへと。

ブラジルとフランス合作の「黒いオルフェ」などで、ボサノヴァが浸透し、一説によるとビートルズのロックがボサノヴァを殺したとも言われている。

おいしい水、マシュ・ケ・ナダ、メディテーション、コルコヴァード、ジンジ・・雨の日の昼下がり、ボサノヴァを聞きながら読書したり転寝するのは無常の贅沢。

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2007年12月 3日 (月)

音楽3・・ファド

ファド

Amalia_rodriguesFadoはポルトガルの民族音楽だが、「運命」とか「宿命」という意味が有るそう。そのメロディは人生の切なさ、儚さ、メランコリー、旅情、迫力等を感じさせる。イタリアのカンツォーネ、フランスのシャンソン、アルゼンチンのタンゴ、ブラジルのボサノヴァに比する。

遡ること大航海時代。ポルトガル人が植民地ブラジルへ連れて行ったアフリカ人奴隷の踊りがリスボンに逆輸入されたもので、悲しげな舞曲でありながら極めて官能的な踊りだったそう。その後、歌が強調されるようになって叙情的な歌謡に。19世紀、栄光の植民地時代が終わり、ポルトガルにとっては黄昏の時代へ。その暗い世相の中、最下層の下町の石畳に響くように安酒場や売春宿から歌いだされ、荒んだ生活や辛い暮らしの憂さを晴らすべく想いのたけを歌に迸らせる。歌い手をファディスタというが、これも「ならず者」とか「売春婦」だと。19世紀の伝説的な歌い手「マリア・セヴェーラ」も。

「アマリア・ロドリゲス」(写真)は国民的歌手でフランス映画にも使われ、ファド文化が頂点に。ブンチャ・ブンチャという2拍子がファドの命であるが、ポルトガルには国民感情として「サウダーデ」という言葉があって、これは「失われたものを愛おしみ、帰らぬものを悼む」という意味だそう。このような、ギターの音色と相俟って切々とした感情がファドの底流に流れていて、それがストレートに伝わって来る。

http://www.youtube.com/watch?v=JkXjoL7s948

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2007年11月10日 (土)

音楽2・・ヴィッキー・カー

ヴィッキー・カー(Vikki・Carr)

51rkguw95pl1941年、テキサス出身のメキシコ系歌手。58年の「南太平洋」などの10代での映画出演の方が早い。1956年頃からシングルで活動を始め、61年にボブ・ハリントン・グループ、62年からコーラスグループのブック・エンズで歌うが、ソロになった63年のデビュー・アルバム「カラー・ハー・グレート」で認められる。1960年代から第一線で歌い続け、そのハスキーで伸びやかな美声は、ボサノバに合う。

∇「How Can  You Mend A Bloken Heart?」

∇「Superstar」

∇「So Far Away」

∇「Adolo」

http://jp.youtube.com/watch?v=HipnxknaPyk&feature=related

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2007年9月25日 (火)

音楽1・・ホテル・カリフォルニア

ホテル・カリフォルニア(1976・イーグルス)

Hotelc1960年代、アメリカ。ハリウッド(アメリカン)ドリーム、ベトナム戦争、ヒッピー文化の終焉、夢と現実の落差、成功することが自由を奪う、ある日その入り口に立った時チェックインするかしないか・・歌詞に込められた意味について元来語られてこなかったようだが「自分の夢にどっぷり嵌って現実が見えなくなってしまうと、いずれ大きなツケを払う時が来る」と。

∇「思い出を心に刻もうと踊る者、全てを忘れるために踊る者」むしろ虚しく時代に踊らされているかのよう。∇「口実の許す限り、せいぜいお楽しみください」不本意ながらも自分に言い訳し。∇「誰もが自分の意思で囚われの身となったものばかり」思い込みの波に押され、突き動かされるように。∇「鋭いナイフを突き立てても、自身の内なる獣を殺せない」自分に対する、いきり立つ想いと忸怩たる想い。∇「元の場所に戻ろうと出口を求め・・自分の運命を受け入れなさい、チェックアウトは自由ですが立ち去ることは出来ません」逃れられない現実があり、堪らなく逃れたい閉塞感の狭間で、自由とは、人は・・

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