2009年11月 5日 (木)

本98・・クリスマス12のミステリー

クリスマス12のミステリー・・アイザック・アシモフ編集

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☆「クリスマス・パーティー」レックス・スタウト著・・巨漢探偵ネロ・ウルフがサンタクロースに扮して出席したパーティーで、招待してくれた友人が殺され・・

☆「クラムリッシュ神父のクリスマス」アリス・スキャンラン・リーチ著・・小さな教区の神父である主人公の周りで起こる殺人事件において、慈悲深い神父は、殺人者の身に迫る深刻度で事件を推し量り解決していく。

☆「仮面舞踏会」S・S・ラファティ著・・探偵キャプテン・コークが、社交界の女帝(悲劇の)が開くパーティーの場で、上の娘が殺された事件を追う・・

☆「フランス皇太子の人形」エラリー・クイーン著・・父親が警視のエラリーが、裕福な女性が遺した「フランス皇太子の人形」を稀代の盗賊が盗み、そのトリックを暴いていく。

☆「尖塔の怪」エドワード・D・ホック著・・医師サム・ホーソーンが語る、小さな町の偽牧師殺人で、ジプシーが逮捕されリンチに発展しそうだった事件を、敢えて温情解決した。

☆「クリスマス・イヴの惨劇」スタンリー・エリン著・・子供の頃からその邸に魅了されていた主人公が、そこに住む姉弟の(邸内で起きた、弟の婚約者が殺される事件)愛憎と悲劇を語る。犯人は挙がらず、20年前の出来事であった。

☆「目隠し鬼」ジョン・ディクスン・カー著・・イギリス南部の古い邸を訪れた探偵夫婦。明かりは煌々と点いていたが人の気配がない。やっと出迎えた謎の女が、邸に纏わる未解決の事件(邸の妻が死に、数年後に、「目隠し鬼」をした女が死の元となった男を殺し姿を消す)について語り姿を消す。

・・その他、5編。

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2009年11月 2日 (月)

本97・・人間とは何か

人間とは何・・マーク・トウェイン著

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人間不信のペシミズムと決定論的人間観・・人間の意志と気質との問題、果たして人間は自由なのか・・意思的に動いているようでも、案外事実は外的要因によって動かされているのではないのか・・

人生に幻滅している老人は、青年に向かって、人間の自由意志を否定し、「人間が全く環境に支配されながら、自己中心の欲望で動く機械に過ぎない」ことを論証する。人間社会の理想と現実に存在する利己心とを対置させた、トウェイン晩年の対話体評論。

読後、以外に意外感が無いのはどういうわけか!?

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2009年10月30日 (金)

本96・・知られざる傑作

知られざる傑作・・オノレ・ド・バルザック著

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☆「ことづけ」・・主人公が乗り合い馬車でパリからムーランへ行く途中、同年輩の男と一緒になって気が合い、お互いにかなりの年上の恋人がいることがわかり話し込むが、馬車が転覆して、相手の男が下敷きになり不慮の死を迎える。彼から、愛人である伯爵夫人への「ことづけ」を頼まれ、はるばる彼の地を訪ない伝える。夫人からも、不如意を察しられて心尽くしを受けるという、優しいお話。

☆「恐怖時代の一挿話」・・ルイ16世の首があえなく打ち落とされた翌日、パリの冬の真夜中、生命の危険を冒して執り行われる追悼のミサ。しがなく屋根裏部屋に暮らす神父と二人の修道女の所へ、見知らぬ男がミサを依頼しに来る・・彼は首切り役人で、己の贖罪も兼ねていた。

☆「ざくろ屋敷」・・ロワーヌ河を見下ろす、トゥレーヌ州の「ざくろ屋敷」に、ヴィレムセンス夫人と二人の息子が移り住む。二人は母の言いつけを守る純真な子供たちであったが、病により日に日に死に向かう夫人は、上の息子ルイに遺言を・・自分の亡き後、二人には僅かな金しか残らず屋敷も出て行かなくてはならぬと。弟マリーを中学に入れ、古い家政婦に金を託し弟を見守ってもらい、自分は船に乗りいずれ出世して戻ると答えるルイ。母は、名家の出ながら心ならずも親元を離れ夫もなく、しめやかに葬られる。

☆「知られざる傑作」・・芸術の無限と人間性の限界との衝突。「芸術の使命は自然を模写する事ではなく、これを表現する事にある」という信念のもとに、一つの作品「美しき諍い女」に10年の精進をささげた老画家が、限りなき理想と限りある人間の力量との隔絶に絶望し、終に心血を注いだ画布を焼き捨てて自殺する経緯を描いている。

・・他2編

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2009年10月27日 (火)

本95・・サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇

サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇・・オスカー・ワイルド著

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☆「サロメ」・・月の妖しく美しい夜、ユダヤ王ヘロデの王宮に死を賭したサロメの乱舞。知の滴る生首の唇に女の淫蕩の血が滾る、怪奇と幻想と恐怖の世紀末を描く・・ヘロデは、自分の兄の前王を殺し妃を奪い今の座に就いたが、妃の娘である王女サロメに魅せられて、淫らな目を彼女に向ける。その視線から逃れるように、サロメは宴の席を外れ、預言者ヨカナーン(洗礼者ヨハネ)が閉じ込められている井戸に向かう。預言者は不吉な言葉を喚き散らすため、妃から嫌がられている。預言者との接触は王により禁じられているのだが、サロメは色仕掛けで見張り番であるシリアの青年(後に自害)に禁を破らせて、預言者を見てしまう。そして彼に一目で恋をするのだが、預言者は彼女の忌まわしい生い立ちを詰るばかりである。ヨナカーンの首と引き換えに、王の頼みで踊るサロメ。王は、生首を我が物にしたサロメを殺せと命ずる。

☆「ウィンダミア卿夫人の扇」・・夫の情婦といわれる女(アーリン夫人)が臆面も無く夫人の催す舞踏会に姿を現すが・・ダーリントン卿に仄めかされ、ベリック公爵夫人から夫ウィンダミア卿の情婦について聞かされ、不信感を持つようになる卿夫人(マーガレット)。夫は、真実を妻に告げられぬまま釈明するが聞き入れられない。そこへ、ダーリントンから告白を受けたマーガレットは、迷いながらも彼のもとへ。自分の二の舞をさすまいと、マーガレットを追うアーリン。アーリンは、ダーリントンの所に扇を置き忘れた事で、疑われるマーガレットを庇う。夫婦の危機が過ぎたところで、自分が母親であることは最後まで隠し、娘の扇と写真を胸に立ち去る。

☆「まじめが肝心」・・ワイルド劇の頂点といわれ、無垢の・無害の完全無欠な表現で、傷つけたり傷つけられたりすることの不可能な世界、ナンセンス(やり取りが如何にもな喜劇風)な世界を描く・・アルジャノンとジャックは友人で、お互いに秘密の(嘘の)弟を設定し、都合により街と田舎を行き来したり気ままに暮らしている。ジャックはアルジャノンの従妹のグウェンドレンに恋している。グウェンドレンとセシリー(ジャックが後見人)は、共にアーネスト(真面目な)という名前の男に恋している。アルジャノンはジャックを出し抜き、彼の領地を訪れセシリーに恋する。ジャックの出生は謎だったのだが、グウェンドレンを追ってきた母親のブラックネル卿夫人とセシリーの家庭教師が顔を合わせたことにより、その昔、家庭教師の手違いで捨て子のようになり、実は卿夫人の妹の息子(アルジャノンの兄)だと判明し、大団円へ。

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2009年10月19日 (月)

本94・・ナイン・ストーリーズ

ナイン・ストーリーズ・・D.J.サリンジャー著

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自己の儚い理想と暴虐過酷な現実との間に挟まれて、抜き差しならなくなった人々の自我の内奥を照らし切り込んだサリンジャー自薦の作品集。消化しきれぬ自意識の過剰を感覚的に捉えた「バナナフィッシュにうってつけの日」・・戦地帰りの彼を待っていた彼女とリゾート地に出かけ、ある日、彼女の寝顔を見ながら拳銃自殺する・・など、都会人好みのスマートで洒落た意匠の中に、象徴を駆使し、喚起力の強いイメージを散りばめながら、作者の鋭敏で繊細な感受性と緻密な計算とが作り上げた九つの物語。

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2009年10月16日 (金)

本93・・アドルフ

アドルフ・・バンジャマン・コンスタン著

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若くして倦怠に悩みながら田舎町に住むアドルフは、愛されたい、女を征服したいとの動機から、年上の貴族の情婦エレノールに恋心を抱くが、望みを果たしてみると、耐え難い重荷を感じて彼女と手を切ろうとするのだが・・情熱の解放を求めながらも、ひとたび愛を得ると冷却し、その負担に悩む男のエゴイズムを分析し追及したもの。

というより・・作者コンスタンの自伝的作品ということだが・・

焦燥を抑える力も無く、一時の悔恨で塞いでやった傷口を、また開けてしまうようなかりそめの憐憫。何とか説明がつけば、それで言い訳が立つというような自惚れ。自分の行った悪を語りながら、自身のことのみを気に掛け同情を勝ち得ると自負し、自分は無傷のまま人の破滅を見下ろし、後悔も無く自己分析するような虚栄。自身の無力を他人のせいにし、悪は周囲の中にあるのではなく己の中にあることの解らぬ弱さ。何一つ決まった道も辿らず、何一つ役に立つ職にも就かず、気紛れにずるずると引き摺られ、焦燥をただ一つの力として才能をすり減らし、場所を変えても自分が矯(た)め直されないので、いたずらに未練に後悔を加え、苦悩に過失を加えていく。本心を知った彼女はショックで死んでいくのだが、それでもなお惑い続ける。・・となると、う~ん・・

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2009年10月14日 (水)

本92・・愛と同じくらい孤独

愛と同じくらい孤独・・フランソワーズ・サガン著

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「念願は、十歳に戻ることです。大人でありたくないのです」というサガン。

処女作「悲しみよ こんにちは」を18歳で著し、世界の脚光を浴び、周囲が勝手に作った伝説を纏わされた彼女が、自らその仮面を剥ぎ取り、生い立ち、悪戯だった少女時代、結婚、息子ドニとの生活を優雅な饒舌で語る。愛について、孤独について・・その人生観を浮彫りにした作家サガンのポートレートである。

その作品の登場人物の背後には、実は優しく、また淡々とした淋しさが漂っている。思う存分好きなように人生を突っ走っていく姿勢の裏に、孤独が広がっている。それまでの、センチメンタルで生ぬるい女性文学をよそに、文学理論に拘泥することもなく、シンプルで鋭い文体で、直截に人間の持つ残忍さや孤独を、一見もの哀しいメロディーに包んで描く。

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2009年10月 9日 (金)

本90・・桜の園・三人姉妹

桜の園・三人姉妹・・アントン・チェーホフ著

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☆桜の園・・南ロシアの地主であるラネーフスカヤ夫人は夫と死別後、息子の死などもあり、愛人とパリで暮らしていたが、愛人に裏切られ、経済的にもいきづまって、古い領地に帰ってくる。だが、その領地も抵当に入っており、破産は目前である。美しい「桜の園」を舞台に、旧地主・貴族階級の没落とそれに取ってかわる新興ブルジョワジーの台頭。急変していく現実を理解せず華やかな昔の夢に溺れたため、先祖代々の土地を手放さざるを得なくなった、夕映えのごとく消えゆく貴族階級の哀愁が描かれている。

☆三人姉妹・・単調な田舎の生活の中で、モスクワに行くことを唯一の夢とする三人姉妹が、仕事の悩みや不幸な恋愛などを乗り越え、真に生きることの意味を理解するまでの過程を描く。人間の美しい夢が、俗悪な、日常的な現実の中で次第にしぼんで枯れ果てていくが、悲劇的な基調と、喜劇的な色彩の交錯した一種混合的な人生劇になっている。

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2009年10月 8日 (木)

本91・・トニオ・クレーゲル、ヴェニスに死す

トニオ・クレーゲル、ヴェニスに・・トーマス・マン著

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☆トニオ・クレーゲル・・憂鬱で思索型の一面と、優美で感性的な一面を持つ青年を主人公に、孤立ゆえの苦悩とそれに耐えつつ芸術性を頼りに生を支えてゆく姿を描く・・思索好きの読書家で内向的なトニオは、明るく社交的なハンスに対し愛情にも似た友情の念を持っていた。また、典型的なお嬢様気質で美人のインゲボルグに、気付いたときには恋をしていた。両親亡き後故郷を後にし、時が経ち、詩人として名を成した後、トニオは芸術とは何かに対する答えを求め、まず故郷を身分を明かさぬまま訪ね、その後デンマークへ旅行することになる。しかし、旅先のホテルで偶然にも、学生時代の憧れだったハンスとインゲボルグを目撃する。懐かしさと愛情とで話しかけたいトニオだが、彼らに映る「理性的(俗世的)」な華やかさを見るにつけ動揺する。自分の考えるように理性で隠さない感情というものを大切にすべきか、それとも芸術的高尚さを目指すべきか。そして、トニオは一人孤立しながらも自分の信じる芸術を頼りに生きねばならないと決意する。その反面、悔恨と郷愁に堪えられず、すすり泣いてしまう。

☆ヴェニスに死す・・死に魅惑されて没落する初老の芸術家の悲劇を描く・・20世紀初頭のミュンヘン。著名な作家グスタフ・フォン・アッシェンバハは、執筆に疲れて英国式庭園を散策した帰り、異国風の男の姿を見て旅への憧憬をかきたてられる。いったんアドリア海沿岸の保養地に出かけたが、嫌気がさしてヴェネツィアに足を向ける。ホテルには長期滞在している上流階級のポーランド人家族がおり、その十代初めと思われる息子タージオの美しさにアッシェンバハは魅せられてしまう。やがて海辺で遊ぶ少年の姿を見るだけでは満足できなくなり、後をつけたり家族の部屋をのぞきこんだりするようになる。様々な栄誉に包まれた「威厳ある」作家である彼は、こうして美少年への恋によって放埒な心情にのめりこんでいく。だが、ヴェネツィアにはコレラが迫っていた。滞在客たちが逃げ出し閑散とするなか、しかしアッシェンバハは美少年から離れたくないためにこの地を去ることができない。そして、少年とその家族がついにヴェネツィアを旅立つ日、アッシェンバハはコレラに感染して死を迎えるのであった。

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2009年10月 6日 (火)

本89・・星の王子さま

星の王子さま・・アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ著

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「大切なものは、目に見えない」・・生命とは、愛とはといった人生の重要な問題に答える指針。

操縦士の「ぼく」は、サハラ砂漠に不時着する。1週間分の水しかなく、周囲1000マイル以内に誰もいないであろう孤独で不安な夜を過ごした「ぼく」は、翌日、1人の少年と出会う。話すうちに、「ぼく」は少年がある小惑星からやってきた王子であることを知る。

子供の心を忘れてしまった大人に向けた示唆である。王子が訪れた小惑星で出会うのは、いずれも愚かさを風刺化された大人たちであるし、子供の心を持ち続けようとする「ぼく」も、飛行機の修理に夢中になるあまりに、王子の話をぞんざいに聞いてしまったりする。また、別の場面に登場する、何をするにつけても急ぎ、どこに行くかもよく理解しないまま特急列車であちこちに移動したり、時間を節約する事にあくせくして、節約した時間で何をするかを考えていなかったりという大人たちの姿も、作者による痛烈な批判である。

キツネとの対話は、この作品の重要な場面である。 あるものを他と違って愛しく思うことができるのはなぜなのか。自分の愛情の対象であった小惑星やバラへの自信を失って悩む王子に対して、キツネは「仲良くなる」とはどういうことかを通じて、友情、ひいては愛情(人間愛ではなく恋愛的な意味での愛情)についてを語る事になる。「大切なものは、目に見えない」という作品上の重要な台詞が登場するのもこの場面である。この台詞に基づく考えは後にも登場し、「砂漠が美しく見えるのは、そのどこかに井戸を隠しているから」、さらには「夜空が美しく見えるのは、そのどこかに王子が今もバラと暮らしているから」という考え方に繋がるのである。

「星の王子さま」の最後のシーンでは、「ぼく」の最後ははっきりとは描かれていない。そして、作者のサン=テグジュペリ自身は、敵軍の偵察に向かうため飛行機で基地を飛び立ったまま消息を絶ち、二度と戻って来なかったのである(享年44才)。

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2009年10月 4日 (日)

本88・・マルテの手記

マルテの手記・・ライナー・マリア・リルケ著

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リルケの唯一の長編小説。デンマーク出身の青年詩人マルテが、パリで孤独な生活を送りながら街や人々、芸術、自身の思い出などについての断片的な随想を書き連ねていくという形式で書かれているため、小説でありながら筋らしいものはほとんどない。主人公マルテのモデルとなっているのは、実際にパリで生活し、無名のまま若くして死んだデンマークの詩人オプストフェルダーである。

断片的な感想、過去の追憶、備忘ノート、散文詩の一節、折々の風景描写、日記、手紙などをまとめた手記体の作品。マルテという一青年作家を、パリのあらゆる不安、汚濁、恐怖、絶望などに取り巻かれた死の影が差す厳しい孤独の中に置き、その偽り無い生活や内部体験を通して「生」と「存在」との不安が描かれ、詩人リルケの魂の告白の書とされる。

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2009年10月 1日 (木)

本87・・知と愛

知と愛・・ヘルマン・ヘッセ著

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「君は母の胸に眠るが、ぼくは荒野にさめている。ぼくにとっては太陽が照るが、君にとっては月が照り、星が光る。君の夢は少女を夢みるが、ぼくの夢は少年を……」

精神の人になろうとして修道院に入った美少年ゴルトムントは、そこで出会った若い師ナルチスによって、自分は精神よりもむしろ芸術に奉仕すべき人間であることを教えられ、知を断念して愛に生きようと、愛欲と放浪の生活に入って行く・・

冒頭の言葉は、ナルチスがゴルトムントに言ったもので、原題は「ナルチスとゴルトムント」であり、少年ゴルトムントが修道院でナルチスと接触する期間の五章・女性を知った事で修道院を脱出し、恋愛遍歴と彫刻修行をする十章・修道院に戻り、木彫りの製作とナルチスとの友情に生きて死ぬまでの五章から成る。

「悪魔と魔人とを知らず、それらに対して絶えず戦うことをしないような、高貴な高められた生活は無い」とする知の人であり禁欲者であるナルチスは、愛欲の子ゴルトムントへの理解者であり、官能や悪と不断に戦いながら浄化と解放を美的行為に求め、ナルチスに憧れを持ち続けるゴルトムント。人間の最も根源的な欲求である「知」と「愛」が、反発しあいながら互いに慕い合う姿を描いた作品である。

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2009年9月28日 (月)

本86・・メリメ怪奇小説選

メリメ怪奇小説選・・プロスペル・メリメ著

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☆ドン・ファン異聞・・一生を放蕩無頼に送った例のドン・ファンとは別に、ある奇怪な出来事を転機に半生を烈しい改悛に生きたもう一人のドン・ファンがいたのだと語る本編。親の教育から離れた途端、破戒無残の不信者になっていたドン・ファンが、由緒正しい貴族の生まれでありながら、豪放洒脱な友人に薫陶され放蕩と不信心に傾いていくが・・夢現に、戦さで亡くした上官や友または無頼に手に掛けた人々が現れたり己の生々しい葬列を見ることで、送ってきた半生に慙愧し悔い改めるという筋書きである。両親亡き後の莫大な遺産を全て手放し修道院で生涯を閉じる。

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2009年9月22日 (火)

本85・・手紙

手紙・・サマセット・モーム著

01823343_2人種の坩堝のシンガポール。十中八九まで正当防衛と見られた殺人事件が、1通の手紙の発見によって新局面が展開されるが、結局1万ドルでそれを買い戻し、事件は闇へ葬られる。美人ではないが人を惹きつけるレズリーと呼ぶ女の恐ろしい罪とは・・ 熱帯に咲いた怪しい花、狂い咲きを強いられた憐れにも激しいイギリスの一輪の花。その「悪魔のような激情」「恐ろしい仮面」と、見た目とのギャップ。夫を欺き続け、嫉妬に狂い愛人を6発もの弾丸で射殺した後の正当防衛の主張。一見尋常そうな女の、恐るべき潜在性がしたたかに描かれる。

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2009年9月18日 (金)

本84・・テレーズ・デスケルウ

テレーズ・デスケルウ・・フランソワ・モーリアック著

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ランド地方ボルドー。酷熱の夏と秋冬の霖雨・・荒涼たる松林を吹きぬける烈風に唆されたように、何故? と問われても答えられぬ不思議な情熱に誘われて、テレーズは夫を殺して自由を得ようとするが果たせず、しかも夫に別離の願いを退けられる。情念の世界に生き、孤独と虚無の中で枯れ果ててゆく女テレーズを、モーリアック独特の精緻な文体で描き、無神の世界に生きる人の心を襲う底知れぬ不安が宗教的視野で綴られている・・体面のみを重要視する周囲に、自由無く、煙草の煙の中で虚無と向き合っていたテレーズは、やっとパリでの自由に漕ぎつける。テレーズは思う「私がだいじに思うのは、石造の建物ばかりの町でもなければ、講演会でも、美術館でもない。そこに動いている生きた林が、私にはたいせつなのだ。どんな嵐よりも猛威をふるう情熱が穴をあける林。夜のアルジューズの松林のうめきが私の心を動かしたのは、それが人間の“うめき”としか聞こえなかったからではないのか」と。

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2009年9月15日 (火)

本83・・肉体の悪魔

肉体の悪魔・・レイモン・ラディゲ著

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原題は「魔に憑かれて」

ラディゲは、1903~1923の20年で短い生涯を閉じている(腸チフスで病死)。

17才にして、少年期から青年期に移ろうとする、まだ固定した状態になっていない時期の魂を描き、外面的な自然描写は少なく内面的な心的風景を表現した。青年期の複雑な心理を、ロマンチシズムヘの耽溺を冷徹に拒否しつつ仮借なく解剖している。第一次大戦のさなか、賢くも、戦争のため放縦と無力に陥った少年と若き人妻との恋愛悲劇を、ダイヤモンドのように硬質で陰翳深い文体によっている。身ごもったマルトが出産後突然亡くなるなど、結末はともかく、自伝的要素の強い作品。年上の女性との恋愛、その場合の男性のエゴイズム、そのエゴイズムの犠牲となる女性の死・・

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2009年9月14日 (月)

本82・・人間ぎらい

人間ぎらい・・モリエール著

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劇作家でも役者でもあった作者の舞台劇。

主人公のアルセストは世間知らずの純真な青年貴族であり、虚偽に満ちた社交界に激しい憤りさえいだいているが、皮肉にも彼は社交界の悪風に染まったコケットな未亡人、セリメーヌを恋してしまう。誠実であろうとするがゆえに俗世間との調和を失い、恋にも破れて人間ぎらいになってゆくアルセストの悲劇を、涙と笑いの中に描いた、作者の性格喜劇の随一とされる作品で自らも演じている。他に「ドン・ジュアン」(ドン・ファンのことで、フランス語ではジュアン)など。

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2009年9月12日 (土)

本81・・愛の砂漠

愛の砂漠・・フランソワ・モーリアック著

41y49fywx8l__sl500_aa240_高名な医師ポール・クーレージュと、その18才になる息子サイモンが、同時に町の有力者の愛人である未亡人マリア・クロスの虜になる。モーリアックの生地でもある地方都市ボルドーの風土を舞台に、男と女を決定的に隔て、それぞれ孤立した人間の心の暗部を描いている。物語は、愛情の豊かな結実ではなく葛藤と崩壊のみがあり、まさに砂漠の場と化して混濁し続けている。

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2009年9月10日 (木)

本80・・車輪の下

車輪の下・・ヘルマン・ヘッセ著

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周りの人々から期待され、その期待に踏み潰されてしまった少年の姿を描く自伝的小説。日本では、ヘッセの作品の中で最も有名な作品である。題名の「車輪」は、主人公の少年を押しつぶす社会の仕組みを表現している。

天才的な才能を持ち育ったハンスという少年は、エリート養成学校である神学校に2位の成績で合格する。幼い頃に母を亡くし、父や町中の人々から将来を嘱望されるものの、神学校の仲間と触れ合ううちに、勉学一筋に生きてきた自らの生き方に疑問を感じる。そして周囲の期待に応えるために自らの欲望を押し殺してきた果てに、ハンスの細い心身は疲弊していく。勉強に対するやる気を失い、ついに神学校を退学する。その後機械工となり出直そうとするが、挫折感と、昔ともに学んだ同級生への劣等感から自暴自棄となり、慣れない酒に酔って川に落ち溺死してしまう。

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2009年9月 8日 (火)

本79・・狭き門

狭き門・・アンドレ・ポール・ギョーム・ジッド著

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題名の「狭き門」は、新約聖書のマタイ福音書第7章第13節にあらわれる、・・狭き門より入れ、滅にいたる門は大きく、その路は廣く、之より入る者おほし・・というキリストの言葉に由来する。

早く父を失ったジェロームは、少年時代から夏を叔父の下で過ごすが、そこで従姉のアリサを知り密かな愛を覚える。しかし、母親の不倫等の不幸な環境のために天上の愛を求めて生きるアリサは、ジェロームへの思慕を断ち切れず彼を愛しながらも、地上的な愛を拒み人知れず死んでいく。残された日記には、彼を思う気持ちと「狭き門」を通って神へ進む戦いとの苦悩が記されていた。

この作品において、アリサの自己犠牲の精神は美しく描かれている。しかしジッドはこの作品を通して、アリサのような自己犠牲に対する批判を行った。

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2009年9月 3日 (木)

本78・・北回帰線

北回帰線・・ヘンリー・ミラー著

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ミラーの処女作であり、自伝的小説でもある。1930年代のフランス(主にパリ)の日常を、過去と現在の視点で描いたもの。1961年にアメリカでも刊行されたが、作品内の性表現が法律に触れ、発禁になったが、1964年に連邦最高裁で「わいせつ文書ではない」とする判決がでる。

ジョージ・オーウェルは、「1930年代中頃の中で最も重要な本」としている。

ぼくはヴィラ・ボルゲーゼに住んでいる。塵ひとつ見あたらず、椅子ひとつ乱れていない。ぼくたちはみなここでは孤独であり、死んでいるも同然だ・・パリにあって住所不定、空腹の日々のうちに綴られた小説。性の解放への企てと虚飾を排した挑戦的な文体によって20世紀前半の英米小説において伝説にまでなった問題作。

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2009年8月29日 (土)

本77・・田園交響楽

田園交響楽・・アンドレ・ポール・ギョーム・ジッド著

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タイトルは、牧師がジェルトリュードに音楽会で初めて聴かせた曲。

身寄りもなく、無知で盲目だったジェルトリュードを牧師は純粋な慈悲の心から引き取ったつもりだったが、やがて牧師と牧師の妻と息子、ジェルトリュードを巡って愛憎劇が展開される。 数年後、彼女は視力回復手術を受けたが、視力を得た彼女は現実を見てしまった。 「もし盲目なりせば、罪なかりしならん」「罪は生き、我は死にたり」の聖書の言葉を受け、ジェルトリュードは自殺を図る。いずれ4人とも『盲人』に過ぎなかったのだ。「盲人もし盲人を手引きせば、二人とも穴に落ちん」

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2009年8月28日 (金)

本76・・一粒の麦もし死なずば

一粒の麦もし死なずば・・アンドレ・ポール・ギョーム・ジッド著

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表題は『ヨハネ伝』の第12章24節のキリストの言葉、「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」に由来する。

体質虚弱、神経過敏だった少年時代の悪夢のような日々、南の国アルジェリアで初めて知った背徳の快楽など、おのれの秘密をあまさず暴いた大胆な告白の書である。
幼年期から26歳で婚約するまでの回想で、彼の自己愛や同性愛趣味がいささかのためらいもなく語られていると同時に、彼の一生を通じて変わることのなかった美しいものや弱い者に対する共感や憐憫などが、その萌芽の状態において語られている。その点において、彼の複雑きわまりない精神や作品を研究するうえに絶対欠くことのできない作品である。ジッドはこの作品を云わば、贖罪のために書いたようなものだと語る。

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2009年8月24日 (月)

本75・・悲劇マリア・ストゥアルト

悲劇マリア・ストゥアルト・・フリードリヒ・フォン・シラー著

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通称メアリー・スチュアート、スコットランドのヤーコブ五世を父とし、生後一年で女王になり、その後フランスのフランツ皇太子妃となる。同時期に、ヘンリー八世の非婚子であったエリーザベット(処女王のエリザベス)がイギリスの王位を継いでいた。1559年フランツが王位に就くも翌年早世し、マリアはスコットランドに戻るが・・

16世紀イギリスの史実を背景に、人の相寄るところの真情の変化や性格の相打つところに発する愛憎・陰謀の火花という、純粋な現象を二人の女性の5幕の劇にしたもので、1587年、45歳で断頭の露となったマリアの処刑に至るまでの最後の3日間を描いている。

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2009年8月18日 (火)

本74・・くたばれ! ハリウッド

くたばれ! ハリウッド・・ロバート・エヴァンズ著

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「ローズマリーの赤ちゃん」「ゴッドファーザー」「ある愛の詩」など時代を画する作品を次々と送り出したロバート・エヴァンズの人生を、膨大なスチールと記録映像を交えて描いた自伝。

1956年、ビヴァリー・ヒルズ。兄と共同経営していたアパレル会社が成功を収め、若くして巨万の富を築いていたロバート・エヴァンズは、プールサイドでかつての大女優ノーマ・シアラーに見いだされ映画「千の顔を持つ男」に彼を起用。しかし彼が目指すのは俳優ではなく、映画のすべてを掌握できるプロデューサー。34歳の時、ニューヨーク・ポストに掲載された記事をきっかけに、彼はパラマウント映画の若き幹部に抜擢された。時代は古き良きハリウッドが終焉を迎え、新しい時代の行き先も定まらぬ混乱期。役者あがりの若造で、実績もないエヴァンズの抜擢は、世間からの猛烈なバッシングを招くが、パラマウントを買収した大企業家チャーリー・ブルードーン、アル・カポネの弁護士を務めたこともある法曹家シドニー・コーシャックといった大物たちの庇護を後ろ盾に、自らの勘と才能を頼りに、エヴァンズは映画製作というリスキーな仕事に向かってゆく。1967年、アイラ・レヴィンのベストセラー小説『ローズマリーの赤ちゃん』を映画化するにあたって、エヴァンズはポーランド出身の異才ロマン・ポランスキーを監督に起用する。幼いころユダヤ人としてナチスの迫害を受け、今また祖国の共産主義政権による圧迫を受けつつあったポランスキーと、エヴァンズはなぜかウマがあった。「ローズマリーの赤ちゃん」は大成功を収めるが、翌年、ポランスキーの留守宅をヒッピー集団が襲撃。彼の妻シャロン・テイトをはじめ、その場に居合わせた全員が無惨に虐殺される。エヴァンズ自身、この日ポランスキー邸に招かれていたが、編集作業が長引いたおかげで、九死に一生を得たのだ。新作「さよならコロンバス」のヒロインに抜擢したのは、長い黒髪が印象的なアリ・マッグロー、つづく「ある愛の詩」でも、2人は共に仕事をし、いつしか恋に落ち、1969年に結婚。1971年、2人の間に長男ジョシュアが誕生する。このころエヴァンズは、新作「ゴッドファーザー」に全力投球していた。出産直後の妻とほとんど顔を合わせることもなく、「ゴッドファーザー」の監督フランシス・フォード・コッポラと戦い続ける日々。やがて、アリは「ゲッタウェイ」で共演したスティーヴ・マックィーンのもとに去っていった多大な犠牲を払って完成した「ゴッドファーザー」は、アカデミー賞作品賞を受賞するという大成功を収める。以後も、「チャイナタウン」「マラソンマン」「ブラック・サンデー」と、話題作を作り続ける。しかし、公私ともに忙しい日々はエヴァンズを疲労させ、遂に彼はドラッグに手を出してしまい、1980年、エヴァンズの兄チャールズがコカイン購入の罪で逮捕。エヴァンズ自身も、コカイン所持の罪で有罪となる。それまで彼の後ろ盾となってきた、ブルードーン、コ-シャック、大物政治家ヘンリー・キッシンジャーらとの関係も気まずいものとなり、危うい立場に追い込まれるエヴァンズ。しかし、そんなさなかにも、彼は映画「コットンクラブ」の製作を発表する。監督を務めるのはエヴァンズ自身、「ゴッドファーザー」以来のコッポラが脚本に協力。しかし、主演のリチャード・ギアの希望により、監督はエヴァンズではなくコッポラが務めることに。しかも、脚本が仕上がる気配はまるでなし!多くの火種を抱えながらも、なんとかスタートラインにこぎ着け・・その後も、トラブルは続く(文筆中、現役なため)。

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2009年8月16日 (日)

本73・・ハムレット

ハムレット・・ウィリアム・シェイクスピア著

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シェイクスピアの四大悲劇のうちの一つ。

デンマーク王が急死する。王の弟クローディアスは王妃と結婚し、跡を継いでデンマーク王の座に就く。父王の死と母の早い再婚とで憂いに沈む王子ハムレットは、従臣から父の亡霊が夜な夜な城壁に現れることを知る。亡霊に会ったハムレットは、実は父の死はクローディアスによる毒殺だったと告げられる。

復讐を誓ったハムレットは狂気を装う。王と王妃はその変貌ぶりに憂慮するが、宰相ポローニアスは、その原因を娘オフィーリアへの実らぬ恋ゆえだと察する。父の命令で探りを入れるオフィーリアをハムレットは無下に扱う。やがて王が父を暗殺したという確かな証拠を掴んだハムレットだが、王と誤ってポローニアスを殺害する。オフィーリアは度重なる悲しみのあまり狂い、やがて溺死する。ポローニアスの息子レアティーズは父と妹の仇をとろうと怒りを燃やす。

ハムレットの存在に危険を感じた王はレアティーズと結託し、毒剣と毒入りの酒を用意してハムレットを剣術試合に招き、秘かに殺そうとする。しかし王妃が毒入りとは知らずに酒を飲んで死に、ハムレットとレアティーズ両者とも試合中に毒剣で傷を負う。死にゆくレアティーズから真相を聞かされたハムレットは、王を殺して復讐を果たした後、事の顛末を語り伝えてくれるよう親友ホレイショーに言い残し、死んでいく。

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2009年8月15日 (土)

本72・・ビッグ・アップル・ミステリー

ビッグ・アップル・ミステリー・・アイザック・アシモフ編

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アシモフが編集した、ニューヨークを舞台にした12のアンソロジー。

☆五番街の殺人(春爛漫のママ)・・ジェイムズ・ヤッフェ著

☆57丁目の殺人(緑の氷)・・スチュアート・パーマー著

☆グリニッジ・ヴィレッジの殺人(ジェリコとアトリエの殺人)・・ヒュー・ペンティコースト著

☆リヴァサイドの殺人(あの世から)・・クレイトン・ロースン著

☆西12丁目の殺人(殺人の“かたち”)・・ロックリッジ夫妻著

☆49丁目の盗難(一ペニー黒切手の冒険)・・エラリー・クイーン著

☆ニューヨーク港の事件(世紀の犯罪)・・R・L・スティーヴンズ著

☆西35丁目の殺人(殺人は笑いごとじゃない)・・レックス・スタウト著

☆パーク・アヴェニューの殺人(一場の殺人)・・Q・パトリック著

☆ブロードウェイの殺人(地下鉄の怪盗)・・コーネル・ウールリッチ著

☆5番街のコン・ゲーム(スペード4の盗難)・・エドワード・D・ホック著

☆ミッドタウンの殺人(よきサマリアびと)・・アイザック・アシモフ著

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2009年8月 9日 (日)

本71・・トパーズ

トパーズ・・村上龍著

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風俗産業に生きる女性たちを扱った、表題作を含む12編の短編集。

彼女達は自分達の明るさを持て余しているようで、女性や都市全体を象徴していて、捜しているものは具体的なものではなく、これからの人類に不可欠で二度と戻ってこないものではない、いずれ希望に変化するものだから勇気を持って闘っていくことを願う・・著者の後書きから。

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2009年8月 8日 (土)

本70・・限りなく透明に近いブルー

限りなく透明に近いブルー・・村上龍著

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福生の米軍基地に近い原色の街。ハウスを舞台に、日常的に繰り返される麻薬と性の宴。陶酔を求めて蠢く若者、黒人、女たちの、脆くて哀しいきずな。スキャンダラスにみえる青春の、奥に潜む深い亀裂を冷めた感性と詩的イメージで描いた鮮烈な文学・・だそうな。

最後の方に出てくる、たった一行の「限りなく透明に近いブルー」は、自身を傷つけたグラスの破片がそう見えたということ。タイトルがやけに好い。表紙の挿絵は、村上氏の手になるもので「リリー」さんだとか。

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2009年8月 2日 (日)

本69・・転落・追放と王国

転落・追放と王国・・アルバート・カミュ著

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☆転落・・パリで有能な弁護士であったクラマンスが、アムステルダムの酒場で出会った見知らぬ男に、5日間に渡って自分の過去を語る話。ふとした動機で世を拗ね、オランダの港町に身を潜めて暮らすクラマンス。過去という楽園から現在の地獄(悪夢に満ちたブルジョアの地獄)へと転落してきた「改悛した判事」(自分の悪徳に気付いた時から転落が始まる)であり、「悪徳の総合」(虚栄・偽善・放蕩・快楽であり、罪の意識無く自分を潔白と信じ平然と他人の最悪を裁く)の一員だと。

☆追放と王国・・不貞(夫の商用でアルジェリアに同行した妻。自分の中の欠けたものを自覚する妻は、かの地で砂漠の広がり・闇の中に響くしゃがれた犬の咆え声・頑なに沈黙を守るアラビア人・じっと見詰める痩せた駐屯兵の眼差しに心打たれ、それが彼女を駆り立てて逃亡へと誘い、耐え難い優しさで夜の流れが浸し始めたとき空と星に向かって己を解放するが、夫のベッドに戻って涙が止まらない)・・背教者(若い僧がアフリカに布教に赴くが、乾きと塩と恐怖の邦に捕らえられ、恐るべき試練を受ける。舌を切られ、物神に仕えさせられ、終には悪意の神をこの世の救い主と信じ、悪の支配への協力を誓い、新しく来る宣教師を自ら進んで撃ち殺そうとする)・・客(雪に閉ざされた北アフリカの高原に住む教師。憲兵がアラビア人の殺人者を連れて来、隣村の役所へ連れて行くよう言われるが断る。翌朝、残されたアラビア人を途中まで送り、弁当と金を与え役所への道と遊牧民のいる助かる道を教えるが、アラビア人は役所への道を選ぶ。戻ってみると黒板に「お前は己の兄弟を引き渡した。必ず報いがあるぞ」と。教師は、空や高原や海まで伸びる見えぬ土地を眺め、これほど愛する広い国に一人ぼっちでいた)・・ヨナ(才能ある画家のヨナは、友人・弟子・家族に囲まれ彼らを愛しているものの、優しさで仕事の妨げになる彼らを責められず、自分の成功が逆に彼を苦しめていき、やがて倒れる。カンヴァスに残された小さな文字は、「孤独」なのか「連帯」なのか判別できない)・・その他。

  

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2009年7月24日 (金)

本68・・幸福な死

幸福な死・・アルバート・カミュ著

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最初期に書かれ、生前には陽の目を見ることの無かった作品。「異邦人」等の資料になった原型である。青春時代のカミュの、様々な生の形が表現されている。

主人公マルソーは、貧苦からの脱出が「幸福な生」を約束するものでなければならず、死への恐怖は、死を意識の至福の状態に高揚することによって克服できると信じた。恋人マルトの元恋人のザグルーを殺して金を奪い、「世界をのぞむ家」で三人の女性と幸福な日々を過ごし、やがてチェヌーアに隠遁するその経過は巻末に訪れる「幸福な死」に備えたものである。メルソーが迎える「幸福な死」とは、世界と一体となる生の充足感に他ならないが、そのために彼は、「世界をのぞむ家」や親しい仲間たちと離れ人里離れた別荘で一人暮らしをするという、生きながらにして既に孤独な生に・死に馴染まなければならない。従って、幸福への意志や生は死への道行きに他ならぬというある種の矛盾があるのだが、それが生の不条理へという膨らみをみせることなく短絡されて収斂されてしまう。恋人のマルトやリュシエンヌとの心理的葛藤の罠に嵌るまいとし、自尊心と嫉妬に心乱され、頑なに愛を拒否し、アンパランス(外観)と呼ばれる。「異邦人」のムルソーもまた同じで、他人や世界の中に足を踏み入れることを怖れてい、自分を侵すことの無い「世界の優しい無関心」にだけ心を開く。

カミュ自身も、何かに束縛されそうになると野獣のように身を翻してしまった、と夫人が語ったそうな。

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2009年7月21日 (火)

本67・・デミアン

デミアン・・ヘルマン・ヘッセ著

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対戦前のヨーロッパの退廃的惰性的な文明や既成の社会倫理観や宗教観に根本的な批判を加えていたため、初めは匿名で発表した。

ヘッセの仮借なき自己追及の記録であるが、重傷を負った兵士の遺稿の形をとっている。

シンクレールという少年が、デミアンという年長の友人の手引きによって、真の自我を求めていく過程を描いている。・・全ての人間の生活は、自己自身への道である。真に自己自身になることは、最も容易なようで最も困難なことである。自己に忠実でないことがさまざまな不幸な源になっている。

シンクレールは、年上の不良少年に睨まれまいとして心にもない嘘を言ったことで、脅迫めいた付き纏いをされる。謎の少年デミアンによって救われ、成長と共に明暗の生活を始める。悪魔をも内包する神への憧れと観念は、放縦に身を持ち崩すも引き戻され、自己を求め始めた人間にとっては、自分の真の運命を生きる義務があると悟る。俗習を越えた孤独の中でデミアンを求め、巡り会ったデミアンの母は無意識に慕っていた母なる恋人であった。彼らは、文明の内的荒廃と共に世界の大きな運命が近づいてくるのを予感する。いまや世界が生まれ出るために崩壊しようとしているのを感ずる。デミアンもシンクレールも大きな運命の意志を認識し、古い世界の終りは新しい世界の始まりと悟り、甘んじて運命に身を委ねる。シンクレールは戦場で最後に、結局自分の指導者デミアンは自分の似姿に他ならず、自己を導くものはすなわち自己であることを知る。

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2009年7月12日 (日)

本66・・アトランティスのこころ

アトランティスのこころ・・スティーヴン・キング著

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「黄色いコートの下衆男たち」「アトランティスのハーツ」「盲のウィリー」「なぜ僕らはヴェトナムにいるのか」「天国のような夜が降ってくる」の、上下巻。

映画は、「黄色い・・」と「天国の・・」で成り立っている。

1960年、11才の誕生日を迎えた主人公ボビーが、母のリズと住む小さなアパートの上の階に、紙袋を提げて引っ越してきたテッドという不思議な力を持つ老人との関わりと、子供たちに様々なことが起きる夏の日々が描かれている。テッドは、自転車が欲しいボビーに新聞を読むバイトを持ちかけ、よそ者を見かけたら教えるように言う。父のいないボビーは、テッドを通して男親の頼もしさに包まれる幸せを知り、それが奪われる痛みに、人生の儘ならなさを知る。テッドに出会ったことで読書の素晴らしさを教えられ、友情を信じ、母親が言っていたのとは違う愛する父親の本当の姿を心に刻む喜びを知る。テッドがいなくなることを恐れ、異変や尋ね人の張り紙などに気付いても言い出せないボビー。幼馴染みのガールフレンドのキャロルが地元の高校生に襲われ、ボビーは彼女を抱いて歩きテッドの下へ。介抱するテッドを、傷ついて帰ってきた母親が誤解し謝礼金欲しさに通報したため、テッドが連れ去られることに。ボビーたちに少年時代の終りが訪れ、それぞれが別々の道を歩みだす。数年後、キャロルを通して、テッドからバラの花びらが届く・・テッドが、またどこかで自由になったことを知るが・・悪仲間の一人ウィリーが盗ったボビーのグローブが、遊び仲間だったサリーの元に現れ、サリーの死によってボビーの元に返ってくる。数十年ぶりに訪れた故郷でのサリーの葬儀に出、懐かしい場所へ。キャロルが現れ、グローブにあったテッドからの伝言を見せる・・過ぎ去った少年の日を思う気持ちが胸に沁み、暗い話の間を涼しい風が吹き抜けていくような清々しさのある悲しみや遣る瀬ない淋しさ・・人は多くのことを失いながら大人になる。アトランティスという幻の国のように・・

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2009年7月 8日 (水)

本65・・幸運の25セント硬貨

幸運の25セント硬貨・・スティーヴン・キング著

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☆なにもかもが究極的・・ピザの配達をしている19才の少年の生活が、ある日の電話で一変する。少年には不思議な力があり、奇妙な図形で直に接しなくても人を死に追いやれるのだ。週に70ドルを使い切る条件で、能力を活かすのが究極的でカッコイイと仕事を始めるが、次第に疑問を感じ・・案内人への、特別なラストのメールを送ることに・・

☆L・Tのペットに関する御高説・・L・Tが何度も仲間に語り、その友人が話の後を引き継ぐ。お互いへのプレゼントにペットを贈ったはずが、それを切っ掛けに夫婦仲に亀裂が生じ妻が家出。その妻が行方不明になり、生死をあれこれと類推していく・・

☆道路ウィルスは北にむかう・・ホラー作家が、ガレージセールで奇妙な絵に魅せられ買い取る。その画家は、他の絵を燃やし自殺していた。運ぶ途中、その絵の構図が変わっていき、絵の中の不気味な男が車で北に向かいながら殺戮を繰り返している事に気付く。崖の上から絵を投げ捨て家路を急ぐ。家に着くと、壁にその絵が・・暖炉で燃やし・・外に車のエンジン音が・・ベッドの上にその絵が・・絵の中では、家の前にエンジンをかけた車がドアを開けて・・「返品お断り」の商品だった・・

☆ゴーサム・カフェで昼食を・・ある日妻が家出し、離婚のためお互いに弁護士を立てることに。妻側の弁護士の選んだレストランで落ち合うが、そこの給仕頭がイカレていて突然殺戮を始める。妻を庇い何とか逃げ延びるが、妻からは感謝もされず・・

☆例のあの感覚、フランス語でしか言えないあの感覚・・銀婚の裕福な夫婦が二度目のハネムーンに出掛ける。妻は飛行機の中から悪夢のような感覚に捉われ、現実に戻ると飛行機の中・・それが何度も繰り返され・・デジャヴ・・

☆一四〇八号室・・各地の心霊現象が起こる場所での体験を書き儲けている作家が、古い由緒あるホテルに宿泊しようとするが、そこの支配人に止めるように諭されるも聞かず部屋へ・・その部屋は何人もの自殺者が出て、生還者もその後死亡したりしている・・何かが「居る」部屋で、様々な恐ろしい体験をし辛くも逃れるが滞在時間は70分だった・・作家生命は終り、悪夢は続く・・

☆幸運の25セント硬貨・・ホテルのメイドをしている女性に、客からの「幸運の25セント!」が残されていた。生活を背負う彼女は、大当たりの白昼夢の後、幼い息子に与えた25セントが大当たりを・・

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2009年7月 5日 (日)

本64・・生きるヒント2

生きるヒント2・・五木寛之著

7andy_19558586 ☆励ます・・モノが豊かだったら文化国家と呼べるかというのと同じで、健康と幸福は必ずしも同じことではない。医は否定から始まり、健康を強要し、健康が善で病気は悪=対冶。老いを否定できるか、病気も同じ、テロなどの社会問題も然り。静かに側に寄り添い一緒に涙することによって、その人の心の重荷を少しでも自分の方に引き受ける=同治。

☆感じる・・身体が変調のシグナルを発している時は、素直にその言葉を聴く耳を持ち、束の間の休息を。

☆乱れる・・規則正しい生活が気持ちよく出来るに越した事はないが、元来自然も人間も規則正しい存在とは限らず、そうあろうとして出来るとも限らない。変なところ、乱れたリズム、いい加減な仕組みなどを内包しているので、その乱れが消えると正常なリズムも上手く働けないのかも。

☆忘れる・・大きな希望を抱いた心の深いところには、重く暗い絶望の闇がある。笑うことが好きな人は人に見せない涙を隠しているかも知れず、美しい物語を求める人は恐ろしく醜い生の赤裸々な姿を見た者かもしれない。忘れないはずのことを思い出せないのは、忘れたくて忘れているのではないか。

☆教える・・メーテルリンクの「青い鳥」。通説では、探しても見つからず戻ってみるとすぐ側にとなっているが、実際は、青い鳥は飛び立ってしまい、様々な放浪の苦労の末に挫折して、やっと真実はここにあると気付く。人生に青い鳥などいない・・しかし人にはそれが必要だ(希望)。希望も夢も幸福も、予め準備されているものではなく、自分の手で作って行くしかない。

☆認める・・咲き誇る桜を見て憂うのは、散る事が前提で人の世も同じかとの諦念が無意識にあるから。人にとって自由になる事とならない事があり、強い意志さえあれば問題を克服出来るとは限らない。そもそも生まれてくる時から死を宿している存在で、若さの真っ只中に老いを抱えて生きて行くのであるから、不自由である不条理を認めるしかない・・かなりの勇気を要するが。

☆属する・・落葉帰根(何処にいようと元に戻って土に還る)。落葉帰土(その時いた場所で土に還る)。デラシネ(根無し草)、属すべき祖国や強い民族感情を持っていない。古来より、文化は異邦人の手によって作られ、彼らは帰るべき根を強く求めない。風のように見えない故郷を持ち、いま生きている所を母国と感じられたら。

☆愛する・・宗教や科学も、元々は雑然として怪しげなものだった。洗練され、形成され、削ぎ落とされ、貧しくなる。全ての文化の行き着くところである。修行して悟ったら籠るのではなく、俗世間に塗れて生きるのが究極の悟りである。愛するのはこちらの勝手であり、報われることを求めない。人は変わるのだから愛も変わる、親子もまた同じ。

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2009年7月 4日 (土)

本63・・生きるヒント1

生きるヒント1・・五木寛之著

Photo_2 ☆歓ぶ・・まず自分を歓ばせる必要がある。手の爪先から髪の毛までに言葉を掛け、励まし、感謝する。自ずと身体の方もその心の宿り主にお返ししようとする。

☆惑う・・登り坂では文化は生まれない。登りつめてゆっくり降り始める時に生まれるもの。降りてゆく自覚を持ち、惑い悩みながらの中に。孤独・・戸惑うと必ず孤立感を覚えるが、寧ろ孤独を求めて生きるもあり、少しずつ持ち物を減らし、付き合いを狭め、死ぬまでに綺麗に整理する。惑うのは人に与えられた凄い能力の一つで、その人にしか見えない大事なものもあるはず。

☆悲しむ・・朝顔は朝の光によって咲くにあらず、それに先だつ夜の時間の冷たさと闇の深さが不可欠である。深く悲しむ人ほど真の喜びに出合い、暗さのどん底に降りていく人こそ明るい希望に出合える。

☆買う・・買い物にも一期一会があり、そういう品物に出合った時はすぐ手に入れないと二度と廻り合えないこともある(縁があるかどうか)。どれを選ぶかは、その人の個性・生活環境・背景・思想など全てが滲み出るもの。

☆飾る・・装う気持ちや飾る気持ちは、その反対側の、内面をしっかり生き現実的に人間関係を処理していく事と、相反するのではなく両立する。

☆知る・・「知恵の悲しみ」あり、知ることは、逆にそれだけ悲しみが深くなったり憂鬱さが色濃く感じられるもので、諸刃の剣である。知識という言葉にも、人生の知恵とそれに伴う暗い裂け目がその底に潜んでいる。

☆想う・・人が年を重ねていくのは、必ずしも人格が大きく豊かになることではなく、失われていくものも多い。現実の中で避けてきたものと、いつかどこかで正面から向き合わねばならず、人生に希望は・・無い。何故といえば、この世に生まれてくる時その条件を何も選べず、生まれた瞬間から死に向かって近づいて行く存在であり、期限を越えられないため。どうすべきか・・生の問題を幼少から身近に考え、生きてあるうちに死を想うこと。諸々の重さを背負い、様々な不条理を跳ね返しながら、人生の変転の中で生きてある自身を肯定する。死を前提に生を受けた者たちであり・・人はみな泣きながら生まれてくる・・よく生きてきたね、と。

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2009年7月 2日 (木)

本61・・お伽草紙

お伽草紙・・太宰治著

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※盲人独笑・・盲人で筝曲家の葛原勾当の日記を、筆者が抜き書きして細工したもの。     

※清貧譚・・江戸の向島に住んでいた馬山再之助、菊を好み育て、美しい少年とその姉に出会い菊について学ぶも、意固地もあって上手く接しられない。その二人は人ではなく菊の精? 弟は煙となって苗を残すが、姉はそのまま再之助と添い遂げる。

※新釈諸国噺・・西鶴の噺を題材にして書き綴ったもの。現世の人間の底辺を見るリアリズム、遣り切れない可笑しさや悲しみを描く12編・・貧の意地、大力、猿塚、人魚の海、破産、裸川、義理、女賊、赤い太鼓、粋人、遊行戒、吉野山。

※竹青・・湘南の郡邑(ぐんゆう)に魚容という貧乏書生あり。伯父に押し付けられた結構でない嫁を置いて家を出、呉王廟へ。飛ぶ烏を羨み黒衣を掛けられ烏に。雌烏(竹青)に惹かれるも、矢に射られ人に戻る。故郷に帰るものの再び呉王廟に出かけ竹青に会うが、故郷に未練ありで帰ると、妻が大病の後悪いものが出て身も心も麗しく。

※お伽草紙・・①瘤取り(阿波の剣山に住む酒飲みで孤独な爺さん。婆さんも息子も相手にしてくれず瘤が友人で、薪拾いで酒を飲み眠ってしまい起きると鬼たちの酒宴が。踊って見せると良かれと瘤を取られる。近所の爺さん出かけるも、踊りがウケず瘤の追加。誰も悪くない悲喜劇) ②浦島さん(冒険心の無いおっとり長男の浦島は、気乗りもせず亀と竜宮城へ。乙姫が出迎えるがそれきりで、静かで質素な雰囲気。飽きて帰ることに。土産は2枚貝。故郷に帰るも何も無く、300才のままその後10年幸福な老人として暮らす) ③カチカチ山(河口湖畔。兎は少女、狸は兎に恋する醜男。少女は、ギリシャ神話の月の女神アルテミスと同じで残酷なもの。食いしん坊で好色で愚かな狸は兎に誑かされ、柴を背負って背中を火傷し唐辛子を塗られ泥舟で沈められてしまう。曰く「惚れたが悪いか」) ④舌切り雀(体が弱く無気力で世捨て人風の爺さん。雀と仲良くなりしゃべっている所を婆さんに聞きつけられ、雀は舌を毟り取られてしまう。爺さん竹薮を捜し回り、人となった雀に再会し会話無くとも心が通い、葛篭を断り簪の稲穂を土産。婆さん話を信ぜず出かけ、大きな葛篭を背に息絶え、葛篭には金貨。爺さん仕官し出世し雀大臣となる)

フォークロアを題材に、大胆に奔放に、告白・風刺・造形描写している。

              

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2009年6月23日 (火)

本60・・恋のからたち垣の巻

恋のからたち垣の巻・・田辺聖子著

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私本・源氏物語の続編第二弾。

恋のドキドキとスリルを味あわぬとオジンになってしまう。と、ウチの大将こと光源氏の君は以前にも増してマメマメしく、ご婦人がたの間を飛び歩く。男嫌いの姫君、うるさい貞女、色気より酒気の女房たちやりりしい男姿の女盗賊…。お供は人生キャリアたっぷりのヒゲの伴男で、今回は彼が狂言回し。大忙がしの主従コンビが平安中期の京の都でくりひろげる恋と笑いの大冒険。この巻は原作に即していないという面白源氏物語。

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2009年6月21日 (日)

本59・・春のめざめは紫の巻

春のめざめは紫の巻・・田辺聖子著

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「私本・源氏物語」の続編である。

登場人物・・紫の上、末摘花、玉蔓(夕顔の娘で孤児)、六条御息所とその娘、近江の君(父親は内大臣か源氏か?)、朝顔(桃園式部卿宮の娘で独身を通す)、空蝉(伊予介の妻)、女三宮(朱雀院の第三皇女で、柏木の子を産む)

須磨での流人生活から京に戻り政界最高の実力者となった源氏の君も、御齢30を過ぎてオジンの仲間入り。本人は色白で優美な都一の美男と自惚れて、相変わらずの恋まめ、色好みなのだが、新人類の姫君方には「もうそんなの旅行おくれの古いタイプ!」とすこしウケが悪い…。当代随一の源氏物語の読み手が、源氏にゆかりの女人側から見た光源氏を現代風に物語るパロディ。

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2009年6月18日 (木)

本58・・私本・源氏物語

私本・源氏物語・・田辺聖子著

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著者が創作した、光源氏の従者である伴男という中年のヒゲ男から見た、光源氏の恋愛遍歴や日常を描いたパロディである。登場するヒロインは夕顔、紫の上、末摘花、源典侍、朧月夜、花散里、六条御息所、明石の上の8人。他に、空蝉と葵上・藤壺も少々登場する。あらすじは「源氏物語」の原典にだいたい沿っているが、ヒロインたちの性格や行動はだいぶ違っている。紫の上、彼女は雀取りの大好きな乱暴でおてんばな女の子、おまけにすごくませていて、光源氏をたじたじにする。そして花散里は色気より食い気の当時としては変わった姫様、光源氏はおいしい物が食べたくなると彼女のもとを訪ねる。双子の妹である末摘花と明石の上の設定も変わっている。

夕顔という若くて素直な、器量良しの理想の娘をかわいがり過ぎて死なせてしまうが、原典では「死因はもののけのしわざ」としか書いてない。

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2009年6月16日 (火)

本57・・無罪と無実の間

無罪と無実の間・・ジェフリー・アーチャー著

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アーチャー、初の戯曲である。舞台は法廷と主人公の自宅のみ。イギリスの法曹に携わる人々の特異性が面白い。

アーチャーの人となり・・29才で国会議員→破産で辞職→ベストセラー作家→保守党副幹事長に抜擢→コールガールとのスキャンダルで辞任・・

勅撰弁護士サー・デーヴィッド・メトカーフは、妻殺害の容疑で起訴され、自らの手で自分を弁護する。対して、検事側の勅撰弁護士ブレア・ブースは、巧みな弁舌と幾つもの有力な証言を揃え、彼を追い詰めていく。投機に失敗し多額の借金を抱えた彼が、妻の遺産によって窮地を脱したこと。彼が毎晩のように酒を飲んで妻に暴力をふるい、実際に妻に薬を飲ませるところを見たという家政婦の証言。デーヴィッドの妻レディ・ミリセント・メトカーフは、不治の病に冒され、週に一度劇薬を服用していた。劇薬をデーヴィッドは本当にミリセントに飲ませたのか?飲ませたとすればそれは故意だったのか?陪審員の評決は無罪となる。第三者には決して測り知ることのできない夫婦間だけの愛と世界がそこにあり、ラスト・・デーヴィッドは同僚で友人のハミルトンを招き、妻に故意に薬を飲ませたと告白する。

裁判の結果「無罪」を勝ち取ることはあっても、それがすなわち「無実」の証明を勝ち取ったことにはならないというストーリー。

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2009年6月14日 (日)

本56・・復活

復活・・レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ著

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友人から見聞したエピソードであり、自身も似たような過去を持つため執筆に至る。単なるネフリュードフとカチューシャの物語ではなく、諸々の世俗的な権威(裁判所、元老院、官庁、刑務所・・)の仮面を剥ぎ、その偽善性を摘発し、上流と下層階級の相対性も描いている。

「あらすじ」・・青年貴族のネフリュードフは、恋の積りで叔母の小間使だったカチューシャと関係する・・ネフリュードフが去った後、妊娠したカチューシャはそれを理由に追い出され、子供も失い自ら娼婦となる・・10年後、客の商人を毒殺した咎で法廷に。奇しくもネフリュードフがこの裁判の陪審員に・・カチューシャは無罪だったが、不運な手違いで有罪となりシベリアへの徒刑に・・カチューシャに不幸をもたらした元であると自覚したネフリュードフは、贖罪のため、もしもの場合彼女と共に旅して彼女の更正に尽力する積りで、自身の生活を一変し判決を覆そうと奔走する・・過酷な旅に同行する中、様々な場面や人々に触れ思いを新たにしていくネフリュードフ・・下った判決に特赦が与えられる・・自由の身になったと知らされたカチューシャは、ネフリュードフを再び愛し始めていたが、自分によって彼の一生を台無しにしてしまうとの思いで、彼を解放するべく政治犯のシモンソンと共に行くことを告げる・・煩悶の後、ネフリュードフは自らの更正の道しるべを見出す・・人間精神の「復活」。

ネフリュードフの悟り・・罪の無い者はいない。従って、他人を罰したり矯正する事はできない。犯罪者を罰して、犯罪は絶滅したか? 逆に、判事・検事・看守等の犯罪者のために増大している。一般に、社会や秩序が存在しているのは、合法的犯罪者(裁いたり罰したりする者)がいるからではなく、むしろ、こうした堕落した現状の中で人々が互いに愛し合い憐れみ合っているからだ。悪人でありながら悪を正そうという、不可能な事をやろうとするために悪が絶えない矛盾がある。人々を苦しめている悪から救われる唯一の確実な方法は、常に自分を罪深い者として自覚し、他人を罰したり矯正する資格の無いことを認めればよい・・

権力の非人間的な行為と専制警察国家ロシアの現実を、余す所なく暴露し批判している。

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2009年6月 5日 (金)

本55・・イワン・イリイチの死

イワン・イリイチの死・・レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ著

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19世紀ロシアの一裁判官の死・・不条理な死が、精神の覚醒の切っ掛けとなる。

主人公はアレクサンドル2世時代の司法改革の尖兵として働き、人生の盛りで控訴院判事という要職に就くが、些細な事故(梯子から落ちわき腹を打つ)を切っ掛けに病を得(最後まで病名は不明)、3ヶ月ほどの闘病生活の後に死んでいく。1881年に死んだ実在の裁判官をモデルにしている。心理学者の描く、病や死の受容の諸段階(恐れ→拒絶→怒り→戦い→取引→絶望→鬱→受け入れ)を踏んでいる。死とは・・誰にも代わってもらえぬ固有な経験であり、他者との交渉が断絶する孤独な経験であり、その向こう側が見えない究極の可能性であり、絶対確実な可能性と共に時間的に規定できない未決定な可能性である。様々な価値が二極化(世俗的な価値が、精神的な価値によって相対化)される。

トルストイの世界では・・人格としての復活や来世の感覚は無く、死に直面して真実の価値に目覚める瞬間が新しい誕生で、人生を浄化してくれる恵みであるよう。

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2009年6月 1日 (月)

本54・・クロイツェル・ソナタ

クロイツェル・ソナタ・・レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ著

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社会的な地位のある地主貴族の主人公が、嫉妬が元で妻を刺し殺す・・

主人公の独特な思想・・夫婦の背信や嫉妬・憎しみは、個別の因果関係で説明するものではなく一般的な理由を持っている。合法的な性愛関係の形成・財産の維持・家系や種の存続といった多様な目的を持つ結婚制度と、キリスト教の説く純潔や隣人愛の精神とのズレが根本的な原因で、夫婦間に生ずる様々な問題はその結果に過ぎない。だから、ある日突然嫉妬から妻を殺したのではなく、その遥か以前に結婚という形の殺人を犯していた。結婚という幻想の破綻を味わい、殺人という行為によって決定的な真実に気付く。求婚とは女性という奴隷を巡る市場取引であり、妻は長期の売春婦、性交は暴力、結婚生活は憎しみと性欲の波の交代である。

男女間の愛の観念や、結婚制度そのものの欺瞞性を批判している。

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2009年5月26日 (火)

本53・・ヘミングウェイ全短編1

ヘミングウェイ全短編1・・アーネスト・ヘミングウェイ著

Photo_2☆われらの時代

☆男だけの世界

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2009年5月18日 (月)

本52・・老人と海

老人と海・・アーネスト・ヘミングウェイ著

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キューバの孤独な老漁師、サンチャゴ。少年は、自分を海の世界へと導いてくれた、老人サンチャゴが好きだった。ずっと不漁が続いていたため、父親の言いつけで少年は別の船に乗ることに。ある日サンチャゴは一人で、いつものようにメキシコ湾流に出漁した。諦めかけた頃、巨大なカジキマグロがかかり、4日間にも及ぶ駆け引きで睡眠不足と怪我でボロボロになりながら、カジキマグロに打ち勝ち仕留める。小舟のため船に引き上げられず、マグロを小舟の脇に括りつけ曳航するが、次々と、血の匂いに引き付けられたサメに襲撃される。マグロが喰い千切られていくのが忍びなく、遠出したのを悔いながら必死に撃退するものの、殆ど喰い尽くされてしまう。怪我と疲労で昏睡したように眠る老人を、泣きながら見守る少年。老人はライオンの夢を見ていた。アフリカの砂浜で、薄暮の中、子猫のように戯れるその姿を・・

この作品で、ヘミングウェイはピューリッツア賞とノーベル賞に輝いた。

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2009年5月14日 (木)

本51・・エデンの園

エデンの園・・アーネスト・ヘミングウェイ著

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1961年、心身ともに衰弱しきって、これ以上の創作活動も生活らしい生活も不可能と自らの命を絶った、ヘミングウェイの遺稿とされる「人が必ず失わざるを得ない楽園の幸福」をテーマにしたもので、没後、出版社の意向を受けた一編集者が推敲した(21万語に及び、二組の夫婦と一人の女性をモチーフにしたものを、7万語の三人の登場人物にした)。

1920年代半ば、南仏の小さな町に新婚旅行で訪れた夫婦(作家のデイヴィッドと、富裕で美しいキャスリン)。キャスリンのたっての希望で、夫婦の役割りを換え、姿形において相似形になろうとする。旅行先で出会ったマリータを巻き込み(同性愛含む)、三人の関係は正三角形に。受動的に愛するマリータと違い、積極的に愛そうとするキャスリン。夫から「悪魔」と呼ばれるキャスリンの言動は、次第に常軌を逸していく。夫の気の進まぬ無理難題をゴリ押し(愛しているのなら、~してくれる筈)するのも、彼の創作活動をスポイルしようとするのも、自身の崩壊するアイデンティティを守るため。終いには、彼の書き溜めた短編などを、勝手に焼き捨ててしまう。自身をコントロール出来なくなったキャスリンは、二人の下から旅立ってしまう。「愛なんて無駄な言葉」という悲痛な置き手紙を残して。女相続人として、キャスリンに代わりデイヴィッドの良き伴侶となり、慈母の役割も果たすマリータ。デイヴィッドは短編を書き直す。

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2009年5月13日 (水)

本50・・武器よさらば

武器よさらば・・アーネスト・ヘミングウェイ著

Photo_2 第一次大戦のイタリア戦線を背景に、戦場に芽生えた恋愛を描いている。絶望的で過酷な戦争、情熱的で生命力に満ちた恋、そしてキャサリンの妊娠。戦況の悪化、カポレットの退却に続く ヘンリーの脱走と生還。それによって、ヘンリーは戦争一般に纏わる大儀を捨て、単独講和する。戦争が彼岸の別世界のものとなり、二人はスイスへ逃れる。幸福は続かず、キャサリンの死産によって唐突に物語りは終りを告げる。ヘンリーは自己の重荷を背負い素手のまま世界の無意味さと愚劣さに耐え、その姿にヘンリーの存在理由があるかのようだ。冒頭の戦場の情景とカポレットの退却の描写はいかにも戦争小説のようだが、外部世界と孤立した人間との対立が軸になっている。ヘンリーと牧師、そして戦友のリナルディ。彼らは混乱に満ちた外部世界に対し、彼らなりの規律と節度を持って共感し、身を処している。戦争という暴力が、三人のささやかな結びつきさえ断ち切る。キャサリンとの仲も儚く打ち砕かれ、人間としての運命は次々と敗北する。この敗北に対し、弱音を吐かず黙って耐えるヘンリー。

雨・・雨の中で自分が死ぬところが見えると恐れるキャサリン。カポレットの退却、ヘンリーが脱走の貨車の中でキャサリンを想う時、二人で湖水を渡りスイス領へ脱出する時、キャサリンを喪って立ち去って行く時・・運命的な象徴として、雨が絡んでいる。

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2009年5月12日 (火)

本49・・日はまた昇る

日はまたアーネスト・ヘミングウェイ著

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ヘミングウェイは、ロスト・ジェネレーションの代表的作家と云われる。「ロスト・ジェネレーション」・・失われた世代。第一次世界大戦の体験によって、宗教も道徳も人間的な精神も押しつぶされ、希望を失い絶望と虚無に落ち込んだ戦後派作家に与えられた呼び名である。

表面的な喪失と内心での肯定との二つの相の交錯が、物語の語り手で、作家志望の新聞記者であるジェイク・バーンズによって表現されている。彼は戦傷のために性的不能に陥っている。一見奔放で美貌な、元イギリス貴族の女性ブレット(婚約者がありながら、ロメロとも恋愛)。感覚の世界の単なる道楽者で、ブレットを追い掛け回す若手作家のロバート・コーン。放蕩が哲学的意味を持つと考えるジェイクやブレット。ブレットと婚約しているマイク・キャンベル。ジェイクの親友で同じ作家志望のビル・ゴードン。スペインの若手闘牛士ペドロ・ロメロ。ジェイクの芸術家としての、人間性の嘘と誠を嗅ぎ分け、女性に対しても単に我がものとしようとするのではなく、女性の真実の姿に対する認識として見(ブレットに対しても同じである)、内面の掟に従って自己の行動を律することを尊ぶ有り方。後半に行くに従って、人物間の葛藤が劇的に高められていき、個人の情熱の高まりとフィエスタ(祝蔡)の集団的な情熱である興奮とが歩調を合わせている。

良かれ悪しかれ個人主義で、芸術至上主義であり、終生変わらぬヘミングウェイの姿勢が見える。

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2009年4月29日 (水)

本48・・ヘミングウェイ全短編3

ヘミングウェイ全短編3・・アーネスト・ヘミングウェイ著

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☆蝶々と戦車

☆何を見ても何かを思い出す

・・最後の良き故郷

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2009年4月28日 (火)

本47・・ヘミングウェイ全短編2

ヘミングウェイ全短編2・・アーネスト・ヘミングウェイ著

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☆勝者に報酬は無い

☆世界の首都

☆フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯

☆キリマンジャロの雪

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2009年4月25日 (土)

本46・・罪と罰

罪と罰・・フョードル・M・ドストエフスキー著

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頭脳明晰ではあるが貧しい元大学生のラスコーリニコフ。理論によって金貸しの強欲狡猾な老婆を殺すが、来合わせたその妹まで殺害してしまい、罪の意識が増長し心身共に病んで行く・・

その理論・・人類は凡人と非凡人に分かれ、大多数は凡人で現行秩序に従う義務があるが、選ばれた少数の非凡人は人類の進歩のために新しい秩序を作る人で、そのために現行秩序を踏み越える権利を持つというもの。この理論で、終局的に人類の福祉に貢献するなら虱のような金貸しの老婆を殺す事くらい罪ではない、自分にはその権利があると妄信する・・そこへ、彼を殺人に追い詰める要因(社会的貧困、病気、孤独、妹ドーニャの犠牲的結婚を知らせる母の手紙・・)が重なり、偶然もあって完全犯罪に近い殺人を犯す。スヴィドリガイロフ・・現在を否定し、未来に展望を持たぬ絶望的なニヒリスト。悪徳の化身のようなこの男に、自分の思想の反映を見て動揺するラスコーリニコフ。スヴィドリガイロフを救えるのはドーニャだけだったが、この愛に破れドーニャを解放した後、再び闇に閉ざされ自殺し、ニヒリズムの行き着く先が暗示される。貧しく家族のために身を堕としているソーニャの理論・・愛と犠牲によって、身近の人間を自分の道へ引き込み自分の周りに正義を広めるというもの。二人は逆方向から同じ目的を目指していた・・唯一人の道連れであるソーニャを失えない、ラスコーリニコフはソーニャの愛に負けて自白に至る。シベリアの流刑地で囚人達の間に身を置いて、ソーニャの信念に負けるのである。

人間の本性を忘れた理性だけによる改革が、人間を破滅させる事を説いている。

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2009年4月16日 (木)

本45・・アンナ・カレーニナ

アンナ・カレーニナ・・レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ著

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「幸福な家庭は皆同じように似ているが、不幸な家庭はそれぞれにその不幸の様を異にしている」

19世紀末のロシア・ペテルブルグ駅で列車事故に遭遇したことで、運命の悪戯のように出逢うアンナとヴロンスキー。この二人とリョーヴィン・キチイのカップルが基となる。男女の愛や情熱だけで無しに、それを取り巻く多くの家族や社会を絡ませたストーリー。

自身の領地で農事経営をするリョーヴィンは可憐なキチイに結婚を申し込むも、当時ヴロンスキー(伯爵で青年将校)に惹かれていたキチイは申し出を断る。ヴロンスキーのキチイへの思いは真剣なものではなく、偶然知り合ったアンナに心を奪われる。一年後、傷心していたキチイとリョーヴィンは再会し結婚する。アンナの夫カレーニンは貴族の高級官僚だが、既に彼女の心は夫に無くヴロンスキーと恋に落ちてしまう。ヴロンスキーの子を宿したアンナは夫に告白するも、夫と息子を捨てヴロンスキーの下に走る。出産時、生死の境をさまようアンナの元にカレーニンが駆けつけ、全てを許そうとする。それを知ったヴロンスキーは拳銃自殺を図る。全快したアンナとヴロンスキーはヨーロッパに旅立つ。当時の社交界では陰での不倫は認め合う風潮もあったものの、不貞を隠そうともしないアンナに周囲の視線は冷たく受け入れられない。思うように事が運ばないと自制心を失うアンナは、自らが離婚もせずヴロンスキーとの関係もそのままにしておきながら、神経をすり減らし二人の間の子さえ愛そうともせず嫉妬に狂う。ヴロンスキーも次第に持て余し距離を置くようになる。対照的に、夫の心を察し良く務めるキチイと、悩み(農事経営、信仰、政治、家族関係・・)ながらも成長していくリョーヴィンは幸せに暮らしていく。

ヴロンスキーの端正な冷淡さ、アンナの兄オブロンスキー(キチイの姉の夫でもある)の不実の陰にある良心、カレーニンの面子を貫く社会的倫理観・・追い詰められたアンナは列車に飛び込み自殺する。カレーニンはヴロンスキーとの子も引き取り育て、ヴロンスキーは戦地へ・・

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2009年3月29日 (日)

本44・・マーク・トウェイン短編集

マーク・トウェイン短編集・・マーク・トウェイン著

51h21ncbv6l__ss500__2・・ 1835~1910、アメリカ・ミズーリ州生まれ、「王子と乞食」「トム・ソーヤの冒険」「ハックルベリイ・フィンの冒険」・・

ペンネーム・・ミシシッピー川を蒸気船が下る、難所で水先案内人が水深を測り2尋(3.6m)を目安に叫んで伝える「マーク・トウェイン!!」(測量2尋!!)

☆私の懐中時計 ☆私が農業新聞をどんなふうに編集したか(何の根拠も無い出鱈目の記事を書き話題を集める話) ☆百万ポンド紙幣 ☆実話(黒人家政婦の苦労と幸せな話) ☆エスキモー娘のロマンス ☆噂になったキャラベス群の跳ぶ蛙 ☆ハドリバーグの町を腐敗させた男(善意の町の偽善を暴く皮肉な寓話)・・機知に富んだユーモア集。

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2009年3月22日 (日)

本43・・王妃マルゴ

王妃マルゴ・・アレクサンドル・デュマ著

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19世紀フランスのロマン派。「椿姫」は息子デュマ・フィス作。

16世紀フランス、サン・バルテルミ(聖バルテルミー)の虐殺と、実在の王妃マルグリット・ヴァロワ(マルゴ)の悲恋を絡めた歴史大作である。史実に基づいた事件を展開させながら、時代の一大壁画を壮大に描いている。カトリックとプロテスタント、新旧の宗教の対立。シャルル九世の時代だが、母后カトリーヌ・ド・メディシスが暗躍し弟アンジュー公とアランソン公も王位を狙い、妹のマルゴはプロテスタントの旗頭ナヴァール王アンリと政略結婚させられる。マルゴとラ・モル、ココナスとアンリエット、母后カトリーヌ、シャルル九世、アンリ・ド・ナヴァール、ギーズ公などの実在の人物と実際に起こった出来事をほぼそのまま配し、ヴァロワ王朝の実体とその時代の雰囲気と特徴が描かれている。このルネサンス期の地理や風景描写も極めて正確だが、宗教戦争に明け暮れたフランスとヴァロワ王家の内幕を描くための毒薬と悪魔適人物が印象的で、駆使される毒薬は飲み物・手袋の中・本の中・香料・唇に付ける軟膏などと暇が無い。史実の捉え方の正確さ、時代に対する史観の鋭さ、ヒロイン・マルゴの波瀾に富んだ圧倒的な存在感(時代的にアンリにもマルゴにも愛人がいるものの、夫婦としては団結し協力し合う)・・

その後のマルゴ(史実)・・シャルル九世の死後、アンリはガスコーニュ地方へ逃れ、アンジュー公がアンリ三世となり、マルゴは王廷関係から白眼視され後にアンリのもとへ行くことを許されるが、お互いに新しい愛人が出来パリに召還される。アンリ三世からの圧迫は続きその後再度夫のもとに帰るが、ナヴァール王のプロテスタント軍とアンリ三世・ギーズ公のカトリック軍の闘いに巻き込まれ、カトリック軍に捕らえられたマルゴはオーヴェルニュ地方の孤城に18年間幽閉される(35歳から53歳まで)。その間に元夫アンリは四世となり、王妃はマリ・ド・メディシスであった。ルーブル宮の対岸に邸を与えられたマルゴは、夜毎懐かしいルーブル宮の灯火を見詰めていたそうな・・

Margot

Catherine

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2009年3月10日 (火)

本42・・永遠の夫

永遠の夫・・フョードル・M・ドストエフスキー著

Photo_2永遠の夫というより、万年寝取られ亭主の話である。妻ナターリャに次々と浮気をされるが、その妻にしがみついているしか能が無く、彼女の死までその事実に気付かない亭主トルソーツキー。かたや、ペテルブルグで訴訟の明け暮れで神経をすり減らしているヴェリチャーニノフ。

そのヴェリチャーニノフに、帽子に喪章をつけた男が影のように付き纏い、ある日とうとう彼を訪ねてくる。その男が9年前まで親交のあったトルソーツキーであり、かつてその妻と関係があったことを思い出し、その夫から彼女の死を告げられる。ヴェリチャーニノフは請いを受け、ある時トルソーツキーのもとを訪ねると、娘だという少女リーザに対する虐待まがいの行動に、もしや自分の娘ではと思い里親に預けるよう進言し実行するも、リーザが死亡する。その間もトルソーツキーは飲酒と女遊びに現を抜かし、知り合いの15歳の娘と結婚するなどと言い出すも、その尊大さと卑屈さで皆から嫌われる。

妻の死後、手紙によりその不貞を知った男が屈辱感と復讐心に揺れ動き、不可解な行動をするトルソーツキー。彼とヴェリチャーニノフは、お互いに核心を突くことなく腹の探り合いをし牽制し合いながら関わり合っていく、不可思議な心理描写がされている。

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2009年3月 6日 (金)

本41・・貧しき人びと

貧しき人びと・・フョードル・M ・ドストエフスキー著

41h6ylnuknl__sl500_aa240__4 ドストエフスキーの処女作であり「カラマーゾフの兄弟」へと続く、深刻で複雑な思想を異常に醗酵させて・・

1844年、「ネワ河の幻影」と名付けた心的体験から書き出したものである。・・暗い貸間、正直で心の清らかな九等官、辱しめられた不幸な乙女。その主人公たちの心理的ドラマの生活環境を、正確なリズムで再現している。そこには社会的矛盾があり、ペテルブルグの民衆の貧困を背景にしている。世間から侮蔑の目で見られている小心で善良な小役人のマカール・ジェーブシキンと薄幸なワーレンカの生活が、ヒューマニスティックな心情で描かれている。往復書簡で成り立っており、社会的に疎外された人びとへの人間回復のアピールともとれる。社会の吹き溜まりに住む人びとの孤独と屈辱を訴え、人間的自負と社会的卑屈さの心理的葛藤が現れている。

薄幸で不幸な彼女を金銭的に援助し続けるも、彼もまた不如意極まりなく・・彼女が、他の地主の元へ嫁ごうとするところで物語は終わる。

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2009年2月27日 (金)

本40・・ドリアン・グレイの肖像

ドリアン・グレイの肖像・・オスカー・ワイルド著

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ワイルドはデカダン派の唯美主義者か、グレイは世紀末の小型ファウストか・・

画家のバジル・ホールウォードは、ドリアン・グレイの輝く美貌に惚れ込み彼の肖像画を描く。ドリアンはバジルの紹介でヘンリー・ウォットン卿と知り合い、その多大な影響力で背徳や退廃に染まっていく。肖像画が出来上がり対面したドリアンは、自分の若さはこのままで絵の方が老い込んでいくのならどんな代償も厭わない、魂だってくれてやると・・。ドリアンは小さな劇場で可憐な女優シビル・ヴェインを知り婚約を交わすまでになるが、彼女が彼との現実の恋により舞台上の演技に生気を失ったため関係の終りを告げる。彼女は絶望し自殺するが、ドリアンには改悛の情もない。以来、ドリアンの悪徳の度に絵に変化が現れ始める。彼は誰の目にも触れさせないため寝室の奥の屋根裏部屋に絵を隠すが、その絵はドリアンに影のように纏い付き(ドリアンの良心とも云える)逃れることが出来ない。ある日、絵を観たがって訪れたバジルを逆恨みして殺してしまい、弱みを握っているアラン・キャムベルにその始末をさせ、アランはその後自殺。

誰にも咎められることなく・・しかし現在の自分を恨めしく思うあまり、絵と対峙して絵の中の自分にナイフを(良心と刺し違える)突き刺す・・元通り美しいドリアンの肖像画の前で、醜く変貌したドリアンが胸にナイフを刺したまま事切れている。

生身のドリアンとその肖像は、現実と芸術・実生活と虚構の世界を表し、現実が芸術を支配するのではなく、作られた第二の自我が生身の人間を引きずり破滅に導びいていく。

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2009年2月25日 (水)

本39・・詩「雪」

レミ・ド・グールモン作

シモオン 雪はお前の襟足のように白い
シモオン 雪はお前の膝のように白い

シモオン お前の手は雪のように冷たい
シモオン お前の心は雪のように冷たい

雪を溶すには 火の接
お前の心を解くには 別れの接吻

雪はさびしげに 松の枝の上
お前のひたいはさびしげに 黒かみのかげ

シモオン お前の妹 雪は庭に眠つている
シモオン お前は私の雪 そうして私の恋人

堀口大学訳

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2009年2月24日 (火)

本38・・辞世の句さまざま

辞世の句さまざま

願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月の頃・・西行

ちりぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ・・細川ガラシャ

あはれなりわが身の果てや浅縁つひには野辺の霞と思えば・・小野小町

大ていは地に任せて肌骨好し紅粉を塗らず自ら風流・・武田信玄

極楽も地獄も先は有明の月の心に懸かる雲なし・・上杉謙信

是非に及ばず・・織田信長

曇りなき心の月を先だてて浮世の闇を照らしてぞ行く・・伊達政宗

動かねば闇にへだつや花と水・・沖田総司

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2009年2月22日 (日)

本37・・ドストエフスキーについて

フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー

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1821年、父親は医師で次男として生まれる。15歳で母親が病死。2年後、父親が殺害される(アルコール障碍からの癇癪持ちで、辛く当ったため農奴達の恨みでとされている)。ドストエフスキーは父が殺されたことから癲癇を発病したと云われているが、疑問視もされている。その頃から、罪の意識と浪費・賭博に捉われる。44年、川のほとりで幻視に見舞われ「貧しき人々」を書く。46年、ユートピア社会主義のサークルに参加し始める。49年、会合でベリンスキーがゴーゴリに宛てた手紙を朗読し、ロシア正教会への批判と政府転覆の可能性があるとしてメンバーと共に逮捕される。銃殺刑が下るも、ニコライ一世の恩赦(若いことと、実行されなかったことで)により、シベリア送りとなる。この経験が「死の家の記録」となる。4年後、兵役に付く。改心を公にするも、その後もずっと皇帝権力の監視下に。59年、ペテルブルグに戻る。その頃ロシアはクリミア戦争で屈辱的な敗北を喫すが、帝政ロシアの弱体振りと後進性が理由と云われている。社会は、農奴解放への歴史的予感に湧き出す。ドストエフスキーは、恋敵のいる奪われる予感の中でしか愛せないマゾヒストであった。64年、苦痛が快楽であるという「地下室の手記」を書き、これは転向の書とも云われている。ある種の理論が人間の意識や行動に及ぼす影響力により、社会の犠牲者や意識的な復讐者が生まれるとし、66年「罪と罰」を発表。68年「白痴」、71年「悪霊」と続き、78年、未完の書と云われる「カラマーゾフの兄弟」へ。81年、持病の肺気腫による喉からの出血で死亡。享年60歳。

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2009年2月14日 (土)

本36・・カラマーゾフの兄弟

カラマーゾフの兄弟・・フョードル・M・ドストエフスキー著

31tv5adq12l__sl500_aa171__3主な登場人物・・フョードル・カラマーゾフ(55歳、好色で老獪な道化・冒瀆の田舎紳士)、ドミトリー(長男28歳、豪放磊落だが激情的で哀しいほどに傷つきやすさと高潔さを持つ)、イワン(次男24歳、無神論で知性派)、アレクセイ(三男20歳アリョーシャ、 敬虔な修道僧)、スメルジャコフ(下男でシニカルな人嫌い、フョードルの私生児か?)、グリゴーリー(真面目な従僕 、妻はマルファ)、カテリーナ(モスクワ出身の知性派、ドミトリーと婚約中)、グルーシェニカ(奔放な?女、フョードルとドミトリーの争いの種にも)。

イワンがアリョーシャに、自分の世界観について語る。ヨーロッパやロシアの幼児虐待に触れ、「神が創ったこの世界は認められない」と。物語詩「大審問官」を引用し・・大審問官に捕縛されたキリストに、審問官が問う。キリストの言う自由「人はパンのみにて生くるにあらず」と現実の歴史との間にある矛盾を突き、地上のパンを与える自分達は悪魔の側についているのだと・・イワンは、ゾシマ=アリョーシャの永久調和に対し、神の世界の不合理により調和はないと告げる。

臨終のゾシマ長老が弟子たちに説く・・幼い頃、17歳で死んだ兄から教えられた「人間は全ての人に対して罪がある」を受け、改心し全ての傲慢を捨てよと。ゾシマ長老の死と、それに纏わる腐臭や周りの動揺に衝撃を受ける、アリョーシャの内面の変化。

グルーシェニカがアリョーシャに話す「一本の葱」・・小話「カルマ」の挿話・・意地の悪い女が死に、悪魔達が女を火の海に投げ込む。彼女の守護天使が、その女が一本の葱を乞食女に与えたと訴える。神が、一本の葱で女を引き上げたら天国へと。引き上げ始めると他の罪人達が女にしがみつき、女が蹴り落としたところで葱が切れる。

アリョーシャは、長老の棺の前で祈るうちに福音書に書かれた夢を見、心に再び豊かな蘇りが起き大地に口付ける。

ドミトリーには己の恥辱と、グルーシェニカには過去の恋との葛藤が。彼はグルーシェニカとの生活を夢見、金策に奔走し彼女の元へ走るが、その間にフョードルが殺され父殺しで逮捕される。父親の3000ルーブルの行方など、状況証拠は圧倒的に不利。イワンとスメルジャコフ・・スメルジャコフが、仮病を使いフョードルを殺し金を奪ったと告白。イワンの暗黙の了解(神がなければ全てが許される)の下での事だと。優秀な弁護・・父殺しを否定するドミトリー・・イワンがスメルジャコフの犯行だと証言するも幻覚症状と片付けられ・・陪審が有罪の評決を出す。

エピローグ・・アリョーシャが気に掛けていたイリューシャ少年の死。社会主義だと憚らないコーチャ少年。ドミトリーの脱獄計画を立てるイワン・・

ドストエフスキーは第二の本編(主人公達の13年後)を目指していたが、死亡により最後の未完作と云われている。

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2009年1月28日 (水)

本35・・ライ麦畑でつかまえて

ライ麦畑でつかまえて(J・D・サリンジャー著)

Rye 1951年の発表作品。現在精神病院にいる主人公が当時を振り返るように語られている。対戦後間もないアメリカ。主人公ホールデン・コールフィールドが、三校目のボーディング・スクール(名門寄宿学校)を成績不良(怠惰と反抗)で退学させられ、クリスマス休暇の前に寮を飛び出し実家に帰るまでの、N・Yを彷徨する3日間のストーリー。落ち零れや疎外感に苛まれ、家に戻り妹に問い詰められて語った夢がテーマである。「自分は、広いライ麦畑で遊んでいる子供達が、気付かずに崖っぷちから落ちそうになった時に、捕まえてあげるような、そんな人間になりたい・・」と。子供の頃は、世界が自分を受け入れない存在とは知らずにいた。ここへの道程としての彷徨が、ストーリーを積み重ねていく。単に世間知らずの若者が、大人への通過儀礼としての葛藤を描いたものではなく、理想と現実のアンビバレンスを未熟さゆえに消化出来ず・・様々なものが偽物に見えたり(インチキくさい)、とりとめのない良ささえ独断的な言い回しで主張していく様・・若者の目的の喪失感や世の中の矛盾など含め・・が、現代的な孤高のヒーロー感を得る若い読者を惹き付ける。

ジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマンは、本書の陰に銃を隠し・・ジョンは既に汚れてしまったと。

サリンジャーはその後、隠遁者として暮らした。

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2009年1月18日 (日)

本34・・悪霊

悪霊・・フョードル・M・ドストエフスキー著

201017_21873年出版。無政府主義・無神論・ニヒリズム・信仰・社会主義革命・・☆ネチャーエフ事件・・1869年、スイスの世界革命運動の大立者バクーニンに取り入り、70年までにロシアに大暴動を起こし専制国家を覆滅せよという「ジュネーブ指令」(架空)を携えて帰国し、そのロシア支部を名乗った狂信的な青年革命家であり、事件は彼が学生の間に組織した5人組(斧の会)のイワノフをスパイ容疑の転向者として惨殺したもの。 因ってネチャーエフに心酔していた晩年のニーチェは「悪霊」を反動的とし、作中のキリーロフの人神思想に注目した。☆キリーロフの人神思想・・神に従わず我意を貫いた時、神は存在せず自分が神となり、完全な我意は自殺である」。キリーロフは成り行きでは有るものの、一身に組織の罪を負い自殺。

ドストエフスキーは、西欧から移入された無神論革命思想を聖書にある「悪霊」に見立て、それに憑かれたネチャーエフ(ピョートル)その他は湖に溺れ死に、悪霊が離れて病癒えた男・即ちロシアは、イエスの足元に坐しているとした。その後疑問が生じ、土着ロシアの怨念の化身・イワン皇子になぞらえる。始め、主人公をピョートルとしようとするも半ば喜劇性を帯びさせ、病癒えた男としてスタヴローギンを当てはめる。「悪霊」の真の悲劇性は、イワン皇子が終に出現せず僭称者として破滅した事。退屈と無為により、明晰な意識を持って自殺の道を選ぶスタヴローギン。

☆ニコライ・スタヴローギン・・美貌と知力・体力を持つ、徹底したニヒリスト。図らずも、主要登場人物に影響を及ぼす。☆カルマジーノフ・・文豪気取りの俗物作家。ツルゲーネフがモデル。☆G(アントン・ラヴレンチェヴィチ)・・新聞記者であり、語り手である。☆スタヴローギンの告白・・文中の「少女を陵辱して自殺に追いやり・・」などの表現により、当時新聞掲載を拒否され原稿も不明になる。1921年頃、発見され出版。

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2009年1月17日 (土)

本33・・虐げられた人びと

虐げられた人びと・・フョードル・M・ドストエフスキー著

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時代混淆(アナクロニズム)、60年代始め、40年代風。死で始まり死で終わる。感傷と叙情に覆われた、義絶と献身・裏切りの物語。ペテルブルグの裏町・・影のような老人スミス(ネリーの祖父)と老犬の死。そこから連鎖的に、義絶と裏切りに苦しむ過去と現在の二人の女の悲劇が重なり、少女ネリーの死で終わる。人道主義の語り手ワーニャは、瀕死の床でこの手記を綴る。死により、二重・三重に縁取られ虐げられた死。アリョーシャ・・意志薄弱、嘘つき、弁明、裏切り、残酷な事態を引き起こし、誰にも憎まれない。イフメーネフ夫妻・・本来的なロシア精神の持ち主で、ナターシャの両親。ナターシャ・・矛盾に引き裂かれやすく傷つきやすい、アリョーシャに振り回される。ネリー・・ディケンズ小説からの借り物? この作品の泣かせどころ。ワルコフスキー公爵・・貴族主義(社会体制の中で、政治的反動との結びつき)で金権の非人道(金と快楽)、その目的はそれを得るための前提としての地位(ステイタス)、アリョーシャの父親。マスロボーエフ・・金権思想が政治的反動とは結びついていない。虐げる方にも、られる方にも属さず。

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2009年1月16日 (金)

本32・・「クリスティーナ・ローゼンタール」

十二の意外な結末・クリスティーナ・ローゼンタール・・ジェフリー・アーチャー著

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ラビは手紙を読んでいた・・モントリオールの息子ベンジャミンからの手紙である・・ベンジャミンは高校でマラソンの選手であった・・ユダヤ人!と野次るクリスティーナ・・大学でもランニングを・・応援するクリスティーナ・・彼女と付き合うようになる・・彼女の両親が反対・・ただ一度のことで彼女が妊娠・・彼女がいなくなる・・一年が過ぎ、彼女が夫と息子を連れて戻ってくるが会えない・・ロー・スクールに進学・・トロントで就職・・彼女とその息子を見かける・・ラビは思う(弁護士になった息子を誇りに思っていたのに、何故和解しなかったのか。周りの噂に惑わされ、自分の偏狭な精神と先見の欠如・・正統派ユダヤ教徒といえども、戒律を守ることが息子を失うことを意味するのなら避けて通るべきだった。自分の寛容の精神などその程度のもの・・)・・ベンジャミンはクリスティーナに最後の手紙を・・躊躇いながらも二人は再燃・・再び彼女が妊娠・・彼女は離婚し二人は結婚するも、息子は前夫の元に・・出産で彼女が死亡(二度目は危ないという医師の警告にも係わらず、彼には告げず全てを失う覚悟で出産)・・娘も死亡する・・父親のラビが駆けつける・・彼女の両親も許しを請う・・ラビへの最後の手紙(妻と娘の、夫・父親として葬られ記憶されたいと)・・老いたるラビは机の上に手紙を置く・・彼は10年間、一日も欠かさず息子の手紙を読み続けてきたのだった・・

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2009年1月15日 (木)

本31・・「ブルフロッグ大佐」

十二の意外な結末「ブルフロッグ大佐」・・ジェフリー・アーチャー著

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1943年トンチャンにて、イギリス人のリチャード・ムーア大佐が意識を取り戻すと、連合軍としての日本の捕虜になっていた。収容所長のサカタ少佐・ワリバシ(腕が細い)は、大佐をイギリスのブルフロッグ(ウシガエル)と名付ける。残虐行為を欲しいままにする捕虜の扱いが無残な中、少佐と酢豚の酸っぱい方・サワー(ツジ伍長)がいた。戦争が終結し、大佐に指揮権が移り、日本の戦争裁判でイギリス代表に。乱暴極まる裁判の中、無実の軍人達を助ける為に奔走。戦争の現実と平和の偽善を経験し、48年リンカシャーに帰還。2年経ち、聖職に就きサフォークの小村で司祭に。ワリバシとサワーが訪れ、同じエレクトロニクスで働き数年の内にそれぞれ出世。リンカーン大聖堂の主任司祭になったムーアの所に、サカタから改修費の小切手が届く。次々と必要な度に行われ、気を遣ったムーアは改修費について触れなくなり、献金を募ることに。ムーアが心臓発作で他界。会長となっていたサカタが現れ、大主教はムーアから彼らの恩義について聞いていたと告げる。サカタは自分の親友で現社長のサワーを紹介。再び補える多額の小切手を。サワー・・ムーアとは友人である特権に浴さなかったが、40年以上前にムーアの信義を全うする行為へのお返しだと。

・・「かつて一度も全国的規模の寄付を募る必要に迫られなかった聖堂が、イングランドにひとつだけ存在する」

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2008年12月18日 (木)

本30・・バスク、真夏の死

バスク、真夏の死・・トレヴェニアン著

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<今回は、読後のあらすじを纏め難く戸惑い、解説の「香納諒一」さんの文を一部引用させて頂く>

この話は全てが過去の中に存在し・・出逢い、ロマンス、ヒロイン(カーチャ)の家族の謎、その結末・・を主人公(モンジャン)が語っている。

人の訪れることの無い屋敷に、カーチャと双子の弟ポール・変わり者の学者の父親が住み、庭には時折りカーチャの眼の端をよぎる妖精が。

モンジャンはある秋の朝、ふと自分が45歳を迎えたことに気付き、20年前に過ごしたバスク地方のサリーという小さな町を訪ね、回想する。青臭く鈍感な、自信過剰で自己中心的な25歳の若者だったと、今、苦い思いで噛みしめる。全てのことは何処へ消えてしまったのか、結局それは何だったのか・・

モンジャンはバスクの出身で、パリで医学を勉強し、ある挫折(マドモアゼル・Mへの精神的な治療の失敗)によって、サリーの小さな診療所で働き出す。カーチャ家族はパリ住まいだったものの、何故か突然サリーに移り住んできたのである。

ある過去を負っているヒロインとの出逢いから別れに至る数日間の出来事を、時間が経過した後で語られる話とは・・人は流れる時間の中で、どのようにして自分で有り続けるのか・・どのように悲しみや痛みを引き受け、今という時間を生き続けていくのか・・そのヒロインの痛みを抱え、その後の20年を生きた男の人生とは・・彼が抱えている痛みとはどれほどのものなのか。足下が崩れ去っていくような不安と、底知れぬ闇を覗き込んだような悲しさが、カーチャの家族のものであり、主人公のものであり、そして、彼らと同じように過去の続きの上に今を生きていくしかない我々自身のものであると気付かされる。主人公が言う「私は彼女を抱え、腕の中で身体を優しく揺すってやった・・涙の一しずくが私の口の端に落ちてきた・・その温かく塩辛い味を、今でも舌に感じることが出来る」と。

自分でいられなくなった少女がカーチャとなり・・再び・・

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2008年12月15日 (月)

本29・・地下室の手記

地下室の手記・・フョードル・M・ドストエフスキー著

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ジッド云わく「ドストエフスキーの全作品を解く鍵」。

20世紀初頭(これが書かれた頃)、ドストエフスキーに訪れた突然の転機・・人道主義から実存主義へ。その思想弾圧により、転向を余儀なくされた知識人に深刻な影響を与えた。チェルヌイシェフスキーの「何をなすべきか?」・・女性解放、革命家のモラル、ユートピア的な未来社会を描き、各人が自分の合理的な欲望を追求することによって調和と幸福が得られる・・への、反論として書かれたといわれる。

主人公は、この西欧合理主義・空想的社会主義を仇敵として愚弄する。ドストエフスキーの言う「ロシア人の大多数である人間を描き、その醜悪で悲劇的な面を暴露した」を、醜悪さを自覚した地下室の逆説家が、その哲学の重みを体現している。現実の苦痛の叫びが、逆説のテーゼで快楽に変わりうると。自身の本性に反した理想(他人への愛と犠牲)を追求するものの、それが不可だと苦悩し、この状態を「罪」と名付ける。苦悩と犠牲との釣り合いが、地上的な均衡を生み出すのだと。絶望の中でもなお「生」を営み、「生」を享楽しようとする人間の業とは。主人公云わく・・病んだ人間であり、意地悪く人好きもせず、中等の役人で生活の糧を得るためだけに働いたが、遠戚が残してくれた遺産で仕事を辞め、地下室に篭城。自意識のみ強く、精神的な腐敗・あるべき環境の欠如・生きた生活との絶縁。地下室で養われた虚栄に満ちた敵意・・いかに人生を無駄に葬ったか・・

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2008年12月 8日 (月)

本28・・国境の南、太陽の西

国境の南、太陽の西・・村上春樹著

219e4cs2nvl__sl500_aa140__4 典型的な中産階級の一人っ子として生まれたハジメは5年生の時、同じ一人っ子の島本さんと親しくなった。彼女は左足を少し引きずる転校生で、タフで自覚的な女の子だった。よく彼女の家で レコードを聴いた。ナット・キング・コールの「プリテンド」・・辛い時には幸せなフリをしよう、それはそんなに難しいことじゃない。そして「国境の南」。中学から別々になる。高校2年でイズミというガールフレンドが出来たが、彼女に心を開けなかった。イズミの従姉の大学生と出会い、激しく惹かれあい2ヶ月間愛しているのでもなくひたすら抱き合った。イズミに知られ後悔はするものの、必要に応じて身勝手で残酷になれるのは自身の傾向ではないかと思った。大学から出版社に就職し、努力はしたが退屈であった。30歳になるまでの12年間を、失望と孤独と沈黙のうちに過ごす。28歳、島本さんに良く似た女性を見かけ追いかける。30歳の時、旅先で知り合った有紀子と結婚。ジャズを流すバーを開き順調に。イズミから従姉の死亡通知が来る。古い同級生から、変わってしまったイズミの消息を聞く。秋の終りの雨の夜、店に島本さんが現れる。足は手術し治り、働いた事はないと。海に流れ込む綺麗な川を訊ね、2人で川へ。去年亡くしたという女の子の灰を流す。空港へ戻る途中、彼女が急病になり落ち着くものの訳は訊くなと。ハジメは今までの年月の空白を埋めたいと願い、彼女はその歳月を空白にしてしまいたいと言う。彼女が現れなくなり、人生が再び失われたと思う。半年後の同じ雨の夜現れた時、ハジメは告げる。「しばらく・・と言うが、待っている方には長さが計れない。たぶん・・と言うが、重さが量れない言葉だ」と。レコードをプレゼントされ、2人で別荘へ。「国境の南」を聴く。彼女が「太陽の西」について語る・・シベリアの農夫が荒野に一人で住み、そこには東西南北に地平線がある。ある日彼の中で何かが死んでしまう。畑を耕す事を止め何も考えず、西に向かって憑かれたように歩き続け、やがて倒れ死んでしまうのだと。求める彼に、全部取るか何も取らないかで中間はないのだと言う。全ての秘密を教えてくれと頼むと、明日話すと言う。翌朝、彼女は消えていた。痕跡も無く、レコードさえも。別荘への道中、彼女が死ぬ積りでいた事に気付く。そして彼女は、全てを呑み込んだまま姿を消したのだと・・国境の南には「たぶん」が存在するかもしれないが、太陽の西には存在しないのだ。時間と共に不在と存在が曖昧になり、現実感が遠のいて行った。そんなある日、島本さんに似た人を見かけるが見失う。眩暈に襲われ眼を上げると、タクシーの窓にイズミの顔があった。その顔には、果てしない空白が。自身の周りを取り囲んでいた島本さんの幻影と残響が、そして自分の中の何かが、音も無く決定的に途絶えてしまった。自分の中の致命的な欠落が、飢えと渇きをもたらし、今までもこれからもそれに苛まれ続けていく・・

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2008年12月 1日 (月)

本27・・Blues(ブルース)

Blues(ブルース)・・リシャール・ボーランジェ著

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略歴・・1942年フランス・ムラン生まれ。俳優・脚本家・映画監督・歌手。「ディーバ」「フランスの思い出」「コックと泥棒、その妻と愛人」・・「野生の夜に」のロマーヌは娘である。その幼少時代、アルコールとヘロイン、フランスの国民的人気俳優のエッセイ。自伝でも小説でもない一つの軌跡。

バーの奥で飲んでいた時、思い出が暗がりから出てきて短刀のように突く。希望もなく心は引き裂かれ、バーにしがみついていた。誰もいない朝、冬は朝でもまだ夜だった。

ある種の人間には決して解からない事・・心の傷や、クレッソンが生えている流水溝、空が暗くなる時の青い影。太陽が沈む時、線路の土手に座り列車を待つ。ズタズタにされて頭から死の花が咲き出し・・

雨が降っているとあまり不幸ではない。過去の匂い、全てが無駄に終わる孤独な日。また人生に立ち戻れるのだろうか。脱色されたような生活、黄金の日々を思い出す、震える影を。

血の色をした鳥、憎しみの影が背中に喰らいつき、脳が血しぶきを上げ、サタンをも震えさせるほどの笑い声を上げて。妄想と恐怖、精神を貪り食って。

同じブルースを分かち合った仲間達、絶望が今は失望だったことを知っている。失望は生活をブルーにする。

退屈しのぎではなく、いつも情熱に駆られて飲んだ。寝るとき目覚める時、お前の一撃を喰らうと頭のゼンマイが辺りに散らばる。本能とその合図・法則・多様性に取り組み、とんでもない皮肉がもたらされる。

人生とは海辺の淫売屋だ。記憶と、もがきながら復活する夜。ネオン煌く青い花の夜、砕け散る夜。人生は粘土、未完成の彫刻だ。

詩人達が何故不幸なのか解かる気がする。彼らは見えないものを文にするのが仕事だからだ。彼らの恋愛の仕方は神秘的で、上手くいかないことがしばしばだからだ。彼らは、その運命の痕跡から人類の敗北のサインを嗅ぎ取る。その動きを加速して、自ら破滅の道を辿る。悲しみの速度より速く生きようと。

苦しみは、神経の流れに沿って走るカヌーのようなもの・・

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2008年11月24日 (月)

本26・・ノルウェイの森

ノルウェイの森・・村上春樹著

41fhc2rxdnl__sl500_aa240__237歳の主人公ワタナベは、ハンブルク空港に着陸しようとしている飛行機 の中で、流れ始めたビートルズの「ノルウェイの森」を聞き激しく混乱する。これまでに失ってきた時間・去って行った人々・戻ることのない想いを振り返る。

18年前、草原の風景、井戸の話をする直子。穴が口を開いているだけの、深く暗い井戸。彼女は、自分の事を忘れないで欲しいと訴える。愛してさえいなかったはずなのに。

高校2年の春、友人のキズキの恋人であった直子と出会う。いつも3人で遊んでいた。1年後の5月、二人でビリヤードをした後キズキが車の中で排気ガス自殺。直子とは別々の大学に進み、キズキの死後1年ぶりに電車の中で再会。その後二人は日曜毎に会う。学生寮で同室の几帳面な突撃隊。2歳年長の永沢。その恋人のハツミ。直子の20歳の誕生日、ケーキを買って彼女のアパートを訪れる。とめどなく話し、泣く直子。その夜、ワタナベは直子を抱く。いなくなる直子。同学の緑と出会い彼女の家に遊びに行く。直子が精神療養所にいることが分かり会いに行く。直子と同室の、ピアニストを目指していたレイコ。部屋でギターを弾くレイコ。「ノルウェイの森」は直子のお気に入り。直子は、キズキと自分は無人島で裸で育った子供のようなもので、社会とのリンクになっていたのがワタナベだったと語る。直子の姉も自殺をしていて、発見したのが直子だった。寮に戻り、緑の父を見舞うが数日後死亡。頭は良いが特異な性格の永沢を愛して入るものの、自分を理解しようとしない彼に苛立つハツミ。永沢とハツミは就職後別れ、彼女は別の男と結婚するも2年後に手首を切って自殺。落ち込む緑を、抱いて寝かしつけるワタナベ。再び直子を訪ね、寮を出て二人で暮らしたいと伝える。20歳になり、お互いに寮を出る永沢から、自分に同情するのは下劣な人間のすることだと言われる。連絡を怠っていたため緑が疎遠に。直子の病気が悪化。会っても上の空のワタナベに傷つけられる緑。緑と姉はアパート暮らしを。レイコへの手紙に、直子を愛しているが緑に心を動かされると書く。レイコから、ベストを尽くしても人は傷つくこともあるし、幸せになれるのならそれを掴むようにとの返事。直子が首吊り自殺をする。緑に訳も話せず待ってくれと言い、当てのない旅に出る。キズキの死で学んだこと「死は生の対極にあるのではなく、生の内に潜んでいる」。その真理さえも、直子を喪った哀しみを癒せない。1ヶ月後戻るものの、緑に電話も出来ず部屋に閉じこもる。レイコが訪ねてくる。直子がいなくなったので、療養所を出て旭川の友人のところで音楽教室を手伝うことに。レイコは、立ち直れないワタナベと直子の葬式をやり直すためギターを弾き、二人で飲む。レイコと寝る。

翌日、レイコを見送った後、緑に電話をする。二人でやり直したいと。今何処にいるのかと問われ、周りを見回すが自分が何処にいるのか分からない・・

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2008年11月20日 (木)

本25・・存在の耐えられない軽さ

存在の耐えられない軽・・ミラン・クンデラ著

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永劫回帰(人生が限りなく繰り返される)の世界では、我々の動き一つ一つに耐え難い責任の重さがある。ニーチェがその考え方を最も重い荷物と呼んだ理由がそこにある。もしそれが最大の重荷であるとしたら、人生というものはその状況の下では素晴らしい軽さとして現れる。重い荷物は我々を粉々にし、その下敷きにし地面にと押さえつけるが、それは同時に最も充実した人生の姿でもある。何故なら、いっそう現実的となりより真実味を帯びてくるからである。その重みが欠けていると、人間は空気より軽くなり地面や地上から遠ざかり、半ば現実感を失い動きは自由であるが無意味となる。古代ギリシャの哲学者パルメニデースは、全世界が二つの極に二分されていると考え、軽さが肯定的であり重さが否定的であると言った。軽さと重さの対立は、もっともミステリアスで多義的である。

ソ連が占領し始めたプラハ。優秀な外科医トマーシュを出張先の片田舎で出会ったテレザが訪ねて来、その後彼女の不安と苦しみを和らげるために結婚する。彼は、自立した奔放な絵描きのサビナを始め数々の女性遍歴を繰り返す。多くの女性を追いかける男には二つのカテゴリーがある。その一つは・・どの女にも自分固有の夢を探し求め、理想を追い裏切られることの繰り返し(叙情的)。もう一つは・・客観的な女の世界の無限の多様性を得たいという、単に興味の対象で失望がないため救いがなくマニアックになる(叙事的)。トマーシュは後者に当る。

トマーシュは、体制の矛盾(無実の人々を告発し処刑し・・)をオイディプス(通じた女が母と知り、罪を意識し自罰した)の例になぞらえ新聞に投稿し、それを撤回しなかったためプラハの大病院から田舎の診療所へと。ラスト近く・・テレザは自責の念に締め付けられる。彼を、先へ行けば行くほど低いところへおびき寄せ引きずり回してきたことに気付いたのである。二人はもうこの村から出て行けない、外国へ出て行くことは許されず、プラハへ戻る道も見つからず、そこでは誰も二人に仕事を与えられない。今までずっと彼に対し自分の弱みを悪用してきたと。人は皆、力を罪と見做し弱さを罪無き犠牲と見做す傾向があるが、彼女の弱さは攻撃的で、彼を絶えざる降伏へと強制し不実だとなじり続け、終にはその強さをも奪ったのである。

たった一回限りの人生の限りない軽さは、本当に耐え難いものなのだろうか・・

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2008年11月10日 (月)

本24・・西行の歌・・

西行の歌・・

西行(1118~1190)旧2/16、新3/29 

僧侶で歌人である。23歳で出家。その後は心の趣くまま諸所に草庵をいとなみ、諸国をめぐり、漂泊の旅に出、多くの和歌を残す。「吾妻鏡」に途次に源頼朝に面会したことが記されている。73歳で没。

願わくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ(山家集)

☆しみじみと人の命の儚さを秋訪れて思う夕暮れ

☆春風の花を散らすと見る夢は覚めても胸のさわぐなりけり

☆にわかにも風の涼しくなりぬるか秋たつ日とはむべもいいける

☆風にたなびく富士の煙の空にきえて行方もしらぬわが思ひかな

☆梢うつ雨にしをれて散る花の惜しき心を何にたとえむ

☆風に散る花の行方は知らねども惜しむ心は見にとまりけり

☆散るを見て帰る心や桜花むかしに変わるしるしなるらむ

☆いざ今年散れと桜を語らはむ中々さらば風や惜しむと

☆惑ひきて悟り得べくもなかりつる心を知るは心なりけり

☆雲にまがふ花の下にて眺むれば朧に月は見ゆるなりけり

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2008年8月11日 (月)

本23・・ネオン・レイン

ネオン・レイン(ジェイムズ・リー・バーク著)

Neonrain_2 ルイジアナ州、ニュー・オーリンズ。殺人課刑事デイヴ・ロビショーは、バイユー(米南部の沼や入り江)で黒人娼婦の死体を発見。真相を隠そうとする一団から次々と命を狙われ、警察を停職させられてまでも 巨悪を追求する為に孤独な闘いをする。高潔で知性があり、正義の怒りを持ち、同情心と悔恨を忘れない・・

デイヴ・・元アル中、妻に逃げられ、ベトナム帰り、競馬狂。オールド・ジャズのファンで、湖に浮かべたハウスボートで暮らすケイジャン(カナダからルイジアナに入植したフランス人の子孫で、ミシシッピ河口からテキサス州境に住む人々)である。あだ名は、ストリーク(縞頭)、頭髪に縞が走っている。

ニュー・オーリンズ・・ジャズと欲望の街といわれ、ジャズの発祥の地であり「欲望という名の電車」が撮られた所である。雨の街でもあり、アメリカのヨーロッパとも言われるほど美しい街でもあるとか。それでも、中南米系のマフィアの進出や麻薬の蔓延、メキシコ湾から吹き上げる風がバイユー・カントリー(湖沼地帯)を湿らせる。

作者が文学出だとかでその要素が強く、リリシズム・緻密な人物造形やプロット・ローカル色が高い。狂気と背中合わせの全ての関係者にひとり関わり、裏切りや狎れ合いの中一つずつ決まりを付けていく様子が一人称で語られる・・中には良き上司もいて優秀な警官として認められもするが、苦い結末の後、職を退き恋人と貸しボート屋を始める・・「バイユーの水面に囁きのように落ちる紅葉、自然のサイクルに合わせて生き、季節のなすがままに任せるのは罪ではない。秋の空はマッチを擦れそうなほど硬い青をし、黄色い陽光は樫の樽に寝かされていたように柔らかい・・」

詩情豊かなハードボイルド。後の「シマロン・ローズ」も読んでみたい。

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2008年6月26日 (木)

本22・・殺人図像学

殺人図像学(マルコス・M・ビジャトーロ著)

31934123_2 「褐色の街角」の続編。テネシー州・州都のナッシュビル署殺人課刑事ロミリアは、28歳のシングルマザーで息子セルヒオ(3歳)がいる。白人優位の中でラティーナであり「レディ・イン・レッド」(セクシーな美女を指すが、セクハラにもなる)と呼ばれもする。前作で活躍するが頸部に重傷を負い、療養中に否応無くパソコンをあてがわれ、シリアル・キラーについて調べ始める・・7年前姉がウィスパラー(ささやき魔)に殺され、殺人課刑事になったのである。その頃3件の事件が・・6年後、メンフィスで新事件が・・共通点が無い様に思われたがFBIは同一犯と・・情報を非公開にしている為アクセス出来ず・・テクン・ウマン(グアテマラ出身の麻薬ディーラーで、前作で辛くもロミリアに命を救われ・・)が事件資料をハッキング・コピーした物を彼女の元に・・ロミリアには物証に封じ込められた情報を見抜く観察眼があり、ウィスパラーの犯行メッセージを古典文学趣味を生かし解き出す・・ウィスパラーも「文学的殺人者」であった・・FBIと共にウィスパラーを追い詰めていくが、彼のとっさの策略で彼女が襲われ・・テクン・ウマンが現れて彼女の助太刀を・・テクン・ウマン の人物造形が丁寧に描かれ(ナッシュビル進出の野望をロミリアに阻まれ、逃亡中の身でありながら彼女の便宜を図ろうとし・・プロの犯罪者として孤独な境遇に生きる事を好むが、危険を冒して母親に会おうとし・・敵や裏切り者には自ら手を下して報復をし・・)、ウィスパラーは(父親が姉に乱暴を→姉は自殺)、「ダンテの地獄篇」をカンバス上に現代風に解釈した物を元に、罪ある者を地獄へ導く「ミノス」としての使命(犯行現場と犠牲者に奇妙な装飾を施し)を果たし行く・・

街の描写、ミステリー性、ロミリアの復讐の炎・・一気に読み終えた。

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2008年5月15日 (木)

本21・・殺人者の烙印

殺人者の烙印(パトリシア・ハイスミス)

00415912 原題・慈悲の猶予

売れない作家シドニー。時折諍いをする妻アリシアが再び家を出た。その翌朝早く、シドニーはかねてからの空想(妻を殺して・・)をシュミレーションすべく、古い絨毯を丸めて担ぎ出し森に埋めに行く。妻の死体を包んだ積りで重そうに運び、隣家のリリバンクス夫人が見ているかもしれないのも承知であった。普段からの妻への鬱屈した感情のはけ口と、作家としての好奇心を押さえられずで、ちょっとした悪戯の積りである。執筆する作品が悉く鳴かず飛ばずであり、作品にリアリティを出す為の言動が次第に不審を買い、警察に目をつけられ、妻の両親や友人たち、理解ある隣人にも疑われだす。新聞にも掲載され、まるで殺人者扱いであった。その頃妻は、一人でのんびりしていたのだが、その内以前知り合った男とロンドンの郊外で半同棲を始めていた。アイディアが溢れ出すようになり仕事も順調になるシドニー。妻の不在が長くなるにつれ、やっと周りの目も気になりだしたシドニーは妻の行方を捜さざるを得なくなり・・妻を見つけ出すのだが、友人や警察にも知らせない。事の成り行きを見てみたい、本に生かしたい、妻が自分で名乗り出るべきでは・・などの思いで。共作の友人は利益を独り占めにしようとし、隣人も警察へ・・妻とその愛人も次第に追い詰められていき・・ここへきて、やっとシドニーは妻に手紙や電報を出す。浮気をしても自分に有利に離婚したいやら、両親に気兼ねして連絡もしない妻・・妻の死によってシドニーの疑いは晴れるが、それを知らない隣人が死亡・・男のところへ乗り込み無理やり睡眠薬を飲ませるシドニー・・

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2008年4月14日 (月)

本20・・検察側の証人

検察側の証人・・アガサ・クリスティ著

Photo_2 元々は戯曲として書かれた物だそうだが、法廷での弁論の緊張感が 読んでいてこちらにも伝わってくるようだ。そして、その事実と真実とは・・。ある金持ちの未亡人である情婦を殺したとして、主人公の夫が逮捕されるところから物語が始まる。夫と仲違いしているとはいえ、妻は検察側の証人として出廷する・・。1959年、ビリー・ワイルダー監督、マレーネ・ディートリッヒ主演で「情婦」として映画化された。そのキャッチコピーが、あの有名な「この結末は誰にも・・」である。

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2008年3月31日 (月)

本19・・見知らぬ乗客

見知らぬ乗客・・パトリシア・ハイスミス著

04251802_2 新進の建築家・ガイは 妻と離婚するため故郷へ向かう列車の中で、見知らぬ男・チャールズに出会う。富豪ではあるが父親を嫌悪していると言うチャールズに、ガイは妻とのトラブルについて語り・・チャールズは交換殺人を持ちかける・・その心理と行動は・・。チャールズは実行し、ガイに返礼殺人を迫る・・

ヒッチコックが映画化している。

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2008年3月13日 (木)

本18・・シャーロック・ホームズ

シャーロック・ホームズ・・アーサー・コナン・ドイル

          朝靄の中を駆け抜けて行く馬車・・51hv7jmkn7l__aa240_・ホームズといえば、洞察力・合理性・正義感を持ち人嫌いであり、コカインを常用し、ヘビースモーカーであり、バイオリンを奏で、今も多くのシャーロキアンが後を絶たない。

ホームズシリーズの役者、ジェレミー・ブレット。秀でた額を持ち思索に沈む表情や、両手のひらを顔の前で合わせたり人差し指を唇に当てる仕草は殊に印象的である。

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2008年2月22日 (金)

本17・・ジャッカルの日

ジャッカルの日・・フレデリック・フォーサイス

199999253701 1954年、泥沼のアルジェリア紛争(アルジェリア民族の解放と自決)。1958年、シャルル・ドゴールにより第5共和制なる。1962年、戦争終結し、アルジェリアでの破壊活動(秘密の軍事組織)やドゴール暗殺計画など起こるが、悉く失敗・・ここまでが史実である。

組織外のプロの暗殺者をと・・イギリス人の男、コードネーム「ジャッカル」。ジャッカルは決行日・決行地点・特注の狙撃銃・出入国経路など、綿密に計画準備する。フランス官警はそれを察知し徹底的な捜査をするが、追い詰めるに至らず・・当日まで縺れ込み・・

原作者は60年代にフランスに特派員として駐在し、実在の組織や人物を書いている。1973年、映画化(フレッド・ジンネマン監督、エドワード・フォックス主演)されたが、フォックスのクールさが際立つ。

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2008年1月24日 (木)

本16・・アンデスの聖餐

アンデスの聖餐・・クレイ・ブレア・Jr著

Andes ブラジルやアメリカで何度か映画化されているドキュメンタリーである。

1972年10月、ウルグアイの大学ラグビーチームの一行45名がチリに向かう途中、その小型飛行機が雪のアンデス山中に墜落。この時点では32名生存。負傷者も多く雪が深いため脱出は無理だった。残った胴体部の整備をし、少しでも寒さを凌ごうとするが次々と凍死し・・互いに団結し励ましあうが、やがて食料が底を付き始め・・このままでは皆共倒れに・・死んでいった人々の脳や肉に手を・・地獄のような日々・・捜索が打ち切られ、雪崩に遭い・・19名生存。2ヶ月が経ち、最後の望みとしてその内の2名が過酷な脱出の旅へと・・10日後、チリの牧童に発見され・・16名が生還する。

その後、カニバリズムではとすっぱ抜かれ、会見告白へ。「キリストが人類救済のためにその肉体と血を与えたように・・仲間の人々はその肉体と血で我々を救った・・」

・・想像を絶していて、一概に感想を述べられるような事ではないので・・

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2008年1月16日 (水)

本15・・そして誰もいなくなった

そして誰もいなくなった・・・アガサ・クリスティ

Photo イギリス・デヴォン州沖の孤島であるインディアン島に、お互い見知らぬ男女10人が、ある人物によって招待され集まる。主人も居らず、晩餐が始まったが・・。晩餐の最中、レコーダーに吹き込まれたそれぞれの過去を暴く声がし、童謡「10人のインディアン」(マザー・グース)に載せた連続殺人が始まる。一人殺され、一つの人形が減り(同じ殺され方)・・。

巧みなトリックと人物描写、深まる疑心暗鬼、息詰まる緊張感・・。孤島で10人しかいない・・10人が殺されてしまった・・犯人は・・・

クリスティ作品の中で、ストーリー展開の面白さではこれが一番だと思う。

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2007年12月13日 (木)

本14・・ホワイト・ジャズ

ホワイト・ジャズ・・ジェームズ・エルロイ

515wbenrxgl_aa240_ 暗黒のLA四部作の最終章(1937~1958)。タイトルになっているのはい白人達(マフィア、富豪、ハリウッドの人間は言うに及ばず、ここでの主役は悪徳の司法行政関係者達)の狂乱のジャズ。エルロイについては過去2回記しているのでここでは多少省くが、情念と暴力の作家と言われ、権威の名の下に悪事を働く白人どもを描きたかったそうな。ドキュメンタリータッチに一人の警官の目で語られ、事件は目まぐるしく果てしなく続く。彼は、周りを狂おしく巻き込み巻き込まれ、凄まじく破滅への道を転がり落ちていく。語られる陰謀と肝計、血を血で洗う暴力、裏切り、賄賂、でっち上げ、捻じ曲げ、隠蔽・・などなど。「秩序、モラルなど*****、そもそもアメリカが清らかだった事など無い、人間が善良だった事も。この世は歪んでいる」・・とか。やっと読み終えて、正直かなり疲れてしまった。人によっては結構落ち込むかも。

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2007年12月 9日 (日)

本13・・名言大語録

名言大語録(今泉正顕著)その1

4837972861 「愛すべし、狎れしむべからず。愛さるべし、狎るるなかれ」

北野隆春さんの「私の選んだ格言」の中にある言葉です。本来誰の言葉だったのかが非常に興味の尽きないところですが、これがかの清水の次郎長だとか。驚きです!そうかぁ・・フ~ン・・ということで俄然、清水次郎長を身近に感じられるようで不思議ですね。義侠の世界にいて、こんなことも想っていたんだぁ・・ネ。勝手に解釈すると、愛しても愛されてもそれに慣れて狎れ狎れしくするな、ですかね。きっと男女の仲に限らず、人との距離の取りよう、対する節度の必要性を説いたものなのでしょうね。ウ~~ン、深い。

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2007年10月24日 (水)

本12・・モンテ・クリスト伯

モンテ・クリスト伯・・アレクサンドル・デュマ

Photo_3 商船の若き一等航海士エドモン・ダンテスは人望も厚く親思いの青年で、船長の亡きあと後任を託され美しいメルセデスと婚約。しかし、それを恨み貶めようとする会計係や横恋慕する仲間、奸計を弄する検事補らにより政治犯として無実の罪(偶然流れ着いたエルバ島で、ナポレオンから「帰還」に関する手紙を託され・・手紙の内容は知らず、宛先は検事補の父親)で逮捕され、マルセイユ港外の石の牢獄へ。

石壁に「神は私に正義を与えてくださる」などと彫りながらも、絶望の中9年が過ぎる頃、同牢のある司祭によって自分の事件の真相を知る。司祭からあらゆる知識や剣術などの教えを受け、諭され、信頼関係を築いていく。司祭亡き後授かった地図により入獄から14年後脱獄し(司祭の死体に成り代り)、一人の仲間を得て財宝を手に入れる。入獄中に父親が、息子の無実を信じ続け餓死していた事も知る。財宝を手に入れてから時が満ちた10年後、復讐を実行し始める。イギリス商人やイタリア神父などを経、モンテ・クリストとしてヨーロッパ社交界へ。メルセデスは裏切りの友の妻に。ダンテスが死刑になったと聞かされていたとはいえ、メルセデスは自分の罪は背負うが息子だけは助けてくれと。その息子は・・。

ダンテスは過去に決着をつけ、凍った心を溶かし、再び人として生きて行こうと決心する。「人生は果てしない自分探しの航海だ」とし、娘のように思う不幸な女性と再び旅立って行く。終わりの一節・・「待て、而して希望せよ」

・・私の最愛の書。

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2007年10月 2日 (火)

本11・・緋文字

緋文字(スカーレット・レター)ナサニエル・ホーソーン著

Photo ヘスタは地味な粗衣をまとい、人の群れを離れ海辺の茅屋に住み、苦行七年の贖罪の日々を送る。「暗い色の紋地に赤い文字A」・・ラストの言葉であるが、解釈はさまざまの様。17世紀新天地を求めアメリカ大陸に渡った人々。その初期ニューイングランド、戒律の厳しいピューリタニズム。暗い真紅の文字は罪の色、地獄の火の色、娘パールはその化身。緋色A・・adultery

原作は、ヘスタが胸にその文字を記して曝し台に立つところから始まる。七年後、牧師は罪の告白にふさわしいところで懺悔したと信じ死に、元夫は懺悔も告白も無く救いの無い地獄へ。牧師と元夫の死後、ヘスタは娘とその地を離れるが、娘の自立とともに再び彼の地へ戻り懺悔の日々を送りながら少しずつ人格を磨いていく。報われなかった想い、時が過ぎ、死後も遺骨を交えることなく・・原作のホーソーンは、判事だった祖父が魔女裁判のように巫女の血を流した・・という罪意識が元となり、一度犯した罪は魂の穢れとして永久に消えない、と信じていたそうだ。

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2007年9月20日 (木)

本10・・昨日の記憶

Photo 昨日の記憶・・高橋克彦著

前世の記憶の内のラストの話です。30年ぶりにあの子からの電話。たまたまその前に、懐かしい音楽を聞いていて。友人がいよいよ危ないと。父の転勤で昔いたあの故郷へ。あの子はその友人と結婚し、昔は彼女が自分に気があると・・たいてい友人も一緒で・・彼は30年も目覚めず、あの子が昔からその友人を好きだったと今気がつき、友人が曖昧で、あの子は自分と付き合うふり、彼女は事故の責任が自分にあると(別れの手紙)、実は自分に責任が(彼女とのテープだと聴かせ)。友人は老けていず、彼に詰め寄る、何故自分を信じた・・嘘ばっかりだったのに。二人にとって自分は死神のような、友人はとっくに死んだものと思い、その後のうのうと暮らしてきた。あの頃が目の前に・・映画館の席に二人がいて、仲良く。二人に近づこうと自分が扉のところに・・今、邪魔をして二人に近づかせず・・せめてもの二人への詫び。気が付くと林の中に、二人ともいず、足元に病院の間取りのような礎石が。たぶん二人はとっくに死んで・・または二人との出会いを遮ったことで、二人は別の人生を。自分だけが別の世界に放り出され・・それでもかまわない。

・・人が、思い出したくないものを記憶の奥底にしまったまま、意識の上では無かったことのように生きられるものだとしたら・・というより、それが出来ないと・・キツイ、かも。

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2007年9月13日 (木)

本9・・凍った記憶

凍った記憶・・高橋克彦著

何年かぶりに故郷へ。昔(小学校の頃)父の転勤でその地に数年いた。時代に取り残された町がそのまま辿れるようだ。思い出の映画館、初恋の相手。四年で転校のはずが・・三年で? 小学校が火事になり・・ 好きだった女の子の家が・・その子の母親に嫌われて? 小学校の教室、板塀の節穴。その女の子の父親はひき逃げされて死に・・ そのすぐ後の集合写真に自分が写っている。記憶が一挙に解けてあふれ・・ 父が女とあの子の父親をひき逃げし、小学校を火事に(消防車などの轍で、事故の痕跡が消える)・・ 自分はそのストレスで(いつ発覚?)二ヶ月入院し、新校舎が出来てからの転校と間違え・・ その後も父の女遊びは止まず・・ 穴からメモが・・ユリちゃん、ごめんね(父の罪を背負おう)いつかきっと幸せにするね・・。 ・・彼女を探して謝ろう。

・・無意識のどこかに、こんな凍った記憶があって、不意に蘇えったとしたら・・

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2007年9月 6日 (木)

本8・・知らない記憶

知らない記憶・・高橋克彦著

昔お気に入りだった番組のシリーズコレクションが出て購入。狂喜して見たが、一つも思い出せない(記憶とは何なのか・・それを支えに生きて・・核の部分さえ印象が薄くなるなど酷いし悲しすぎる)。気分転換に、久しぶりに故郷へ。一番仲の良かった友人の消息を聞くが、ひどい話ばかり。高校時代、一緒に下宿していて(そんな奴ではなかったはず)。その友人には恋人がいて。

数年前、私の父に生前世話になったと匿名で金を返してきた。彼の家(店)へ。父を強請っていたのか(最低の男)。最低の男にしたのはお前の父(その差し金で、退学・・子供を堕ろさされ・・不妊に)だと。父の不倫相手が政敵の妾で、その政敵は殺され、それを知った友人が邪魔で・・。それ以来状況がどんどん悪くなり、魔が差して保釈金をと手紙を出した(復讐)。今回返した金は、その後店を出すために貯めたもの。会いたかった、お前があの当時そばにいてくれたら、きっと頑張れた・・.と。やはり一番大切な友だった。これからはそばにいる。

・・知らなかったとはいえ、長年のこんな複雑な行き違いはホント悲しい・・

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2007年8月23日 (木)

本7・・匂いの記憶

匂いの記憶・・高橋克彦著

友人から知り合いの小父さんが亡くなったと聞き、火葬に立ち会う事に。子供の時その小父さんに絵を習って・・。父の蒸発小父さんの引越し母の再婚夢の中で、ある匂いが・・幸せな匂い、鮮やかな原色の光景(空、山、草花)、父と母と・・父の匂い?子供の時の絵が出てきて・・父の後自分も行方不明になり、三日後に小父さんの土蔵から、昔母は小父さんの家のお手伝いを、絵を見た次の日父が失踪、その絵は夢の中の懐かしい光景で(夢の中の父は小父さん)。

現実の中であの匂いが・・吐き気が・・思い出す。父が小父さんの土蔵に隠れて、母が父の傍についていろと、土蔵に鍵をされ、父から甘酸っぱい匂いが、父が天井を開け上へと、自分も一緒に・・母に引き戻され(母の僅かな親心)。事件の発覚を恐れ小父さんは引越し、母は再婚。その後、小父さんはボケ症状で隠していた事をポロポロと・・あの匂いは、亡き父の時の経過によるそれで・・恐ろしくも大切な匂・・

・・自分が鼻だけ効くせいか、匂いによる記憶の揺り戻しが一番強烈な気がする。どちらにしても現在は情報が豊富で迅速なだけのこと、今も昔もいろいろで・・

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2007年8月14日 (火)

本6・・熱い記憶

熱い記憶・・高橋克彦著

夢の中で妻が喫茶店で働き、自分は文学を。自分は惰性で生きている(死んでいるも同じ)。5年毎のクラス会。夢に出てきた友人とは、その北の地で会っていた。不思議なので調べてみることに。昔の雑誌が・・応募していた・・(記憶が・・)北の地である女と暮・・夢の友人と自分が一緒に海で行方不明に・・誤解からの嫉妬でその友人を・・自分は戻るつもりが溺れ、記憶を失い生き延び・・女と暮らした場所へ。彼女は別の世界に・・自分にも熱い時代・・悔いはない、彼女が待っている・・

・・記憶を全て失う、なんて傍から見ると如何にもドラマチックですが・・

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2007年8月 9日 (木)

本5・・傷の記憶

傷の記憶・・高橋克彦著

40年ぶりに法事で友人達と故郷へ(5歳以来)。前夜温泉で語り合い、それぞれの古い傷の話。自分の肩甲骨の大きな傷。今は亡き父から、釘でかぎ裂きになったと聞いていた。医者の友人は、槍のような物で刺した傷だと。その夜、され・・火事のサイレンの音、山の上の方が赤く・・肩の傷が痛み吐き気が。実の母の妹がまだこの地に居ると聞き、叔母から父が大の釣り好きだったと(聞いたこともなかった)。母の墓参りへ、夕焼けが・・吐き気が襲う。向こうの見覚えのある病院、夕焼けで火事のよう。母は聞かされていた結核でなく、火事で死に(自分の怪我で母が付き添って)・・昔のアルバム、釣りをしている父の写真、右手に黒い鉤を持ち(魚を刺して引き上げる物)・・。この鉤を振り上げる父の姿が、母の頭を狙って、それが母が抱いていた自分の肩に。自分まで殺そうと・・自分は助けられたが母は殺され、火事を起こし・・。 たかが不倫(妻の)、好きにさせよう、恥をかくのは少しの間。殺せば父と同じ顔に、母が私の殺意を思い留まらせたのか、肩の痛みは消・・

・・古い傷は、時折何かの拍子に痛むような気がします。

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2007年7月29日 (日)

本4・・針の記憶

針の記憶・・高橋克彦著

久しぶりに友人と会い、耳で聞いた昔の音の話をしたことで思い出の一部が・・レコードの。どの歌だったかが分かり、聞く。4歳頃・・田舎の大きな家での様子(事情があり預けられ)、音のするほうへ誘われ・・ある部屋でお姉さんとお兄さんがその歌でダンスを(かくれんぼをしているとか)・・何日か遊んでもらって(寂しさを救ってくれた)。

家に戻り・・やがて忘れた。あのお姉さんたちは誰だったのか・・。叔母さんとその恋人・・あの頃は既に・・。あの本家を訪れ、その部屋(昔から開かずの間)・・無残に荒れ・・涙が・・蓄音機だけが古びてもいず埃もせずに・・触るとレコード盤が回り・・あの曲が・・(今も聞いているんだね)。

・・昔の縁のある家を思い出す。

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2007年7月26日 (木)

本3・・前世の記憶

前世の記憶・・高橋克彦著

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母の入院で、その会社で副社長をするようになってから頭痛が・・友人に薬を処方され、ストレスなら専門家へ、と。医師から父親のことがストレスでは、と催眠術を。過去にさかのぼり、小学校の遠足(友人たちの顔は知っているが、自分の記憶ではない)、不安。地名など皆存在し(前世の?)。前後を考えると前世で三年で死に、その悔しさが前世の記憶を留めさせ(無念さ)、次に生まれ変わった時にそれが蘇える(三歳までに訴える)。オキシトシンという陣痛を起こすホルモンが安産だと少ないので前世が残る。

その町に行ってみる。前世の恩師に会い、三年の時母と祖母と一緒に殺されたと。古いアルバム、父親の顔、頭痛が・・豆っこが・・(豆っこの子供として生まれ変わり)、自分を殺そうとする父を母がすりこぎで・・。電話が鳴っている・・母が死んだのか・・もう謝れない・・

・・三歳以降は現生活に馴染んでいくそうな。

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2007年7月15日 (日)

本2・・乱調文学大辞典

乱調文学大辞典・・筒井康隆著Photo

随分昔に読んだのですが、久しぶりにパラパラと拾い読みしてみると・・。やっぱり、ふふふ、へへへ、クククッ、と ひとり笑いしてしまうのです。たとえば、「アイロニー」・・昔ジョージ・アイロンという詩人がいて、無知なためさまざまな間違った言辞を弄し、これまた無知な読者が間違いと思わず優れた反語・皮肉だと絶賛。ここからこの言葉が生まれ、現在でもそういう文が書かれている場合その作家の無知による間違いであることが多い。など・・たくさんあるのですが(それに吉行淳之介さん解説が・・ククッ)、ちょっと疲れていたり落ち込んでいたりしていてもこういう文を目にすると、フフッ・と気分が軽くなって肩の力が抜けるんですねぇ。とても有り難いです。筒井さんの本はけっこう読ませていただいていますが、また随時他の本の感想も書きたいと思います。

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2007年7月 5日 (木)

本1・・真実の行方

「真実の行方」 原題・・Primal fear(根源的な恐怖) 原作・・ウィリアム・ディテール

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まず大司教殺害という事件が起き、その従者だった少年(?)が現行犯逮捕される。その少年が事件の記憶を失った純真な被疑者となり、そこへ偽善的で売名家の弁護士が現れ少年の弁護を無償で引き受ける。法廷劇でもあるらしいが、司教の宅地開発絡みや悪魔祓いと称する罪があってもなお、揃った証拠や現行犯であることなどからどう見ても不利であったが、裁判が始まると弁護側で精神医を指定し二重人格であるということで無罪を主張する。そして・・というのがあらすじです。

1996年に映画にもなっていて・・弁護士がリチャード・ギア、少年がエドワード・ノートンでしたが先に原作を読んでいたせいで映画のほうはちょっとがっかりでした。よく有りがちな話ですが・・原作を先に読むということは、既に登場人物達のイメージが出来上がっているんですよね。そのつもりで映画を見ればいろいろ不満が出てもいたしかたありません。それに見る人によって感想もそれぞれでしょうし。ただ、そして少年は・・弁護士と精神医のヒロイズムは・・映像はともかく話としてのラストは・・鳥肌ものです。ここで原題の意味を悟る仕組みになっているんですねぇ。一気に読んでしまう、かなり唸れるストーリーです。

Photo_1 この花、ノウゼンカズラ・・でしたっけ? 記事とは関係ありませんけどきれいだったので。

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